第4話 好物はコロッケ
時は進み夕刻。
逆井家では家族全員で食卓を囲んでいた。
父母とひよりに加え、食べ盛りな高3の兄「夕夜」と小6の弟「朝日」の5人家族だ。
テーブル中央の大皿には、手のひらサイズの小判型コロッケが山積みにされ、各々で箸を伸ばす。
兄弟の食欲は留まるところを知らず、瞬く間に大皿上のコロッケは3個を残すのみとなった。
「キッチンにまだ残ってるから、遠慮せずに食べなさい」
「おー、なら遠慮なく!」
「ぼくもー!」
「ほら、ひよりも」
「う、うん」
母親はひよりの取り皿に最後のコロッケを乗せ、キッチンへと大皿を持ち運ぶ。
それを流し見た朝日は不思議そうに聞いた。
「コロッケ大量だったけど、なんかあったの?」
「今日はひよりの能力診断だったんだよ。こないだ母さんがひよりの食いたい物、聞いてただろ?」
「へぇそうだったんだ?ひよ姉おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
家族達から発せられた祝福の言葉に、ひよりは照れ臭くなる。
2224年現在、能力発露は一種の祝い事として根付いており、一般家庭では普段よりほんの少し豪華な食事をするのだ。
親としては外食でも良かったのだが「お母さんのコロッケ好きだから…」との希望が山盛りコロッケの真相である。
母親がキッチンから2皿目の山盛りコロッケを運んできたタイミングで、父親がひよりに尋ねる。
「それで能力が『仙人』だったんだろ?能力開発局のマイページにある教育進路案内は確認したのか?」
「うん、教育は異界留学のみで、受け入れ先の人と面接して、問題なければオッケーみたい。場所も国内ゲートからで異界パスだけで済むって書いてた」
「ひよ姉、異界留学すんの?!いいなあ!」
異界留学とは、地球での教育が難しい能力発露者に限り、該当異界のみではあるが本来必要な往来資格を免除し、技術文化交流を名目に留学を許可する制度だ。
異界の中には、いわゆる剣と魔法のファンタジー的な世界もあり、子供たちの憧れである。
そんな朝日の期待を他所に、ひよりはブレホを操作し該当世界の現実を伝える。
「仙界って呼ばれる場所で、ほらっこれが現地の映像」
「ハズレじゃん!」
「名前的にそんな気がしてた」
「……山奥の秘境って感じだな」
「上下水道通ってるのかしら?」
「どうなんだろ?1か月の体験留学制度もあるみたいだから、一度体験してから決めたいなあ」
「やめといたほうがいいと思うが、ひより自身の将来のことだしな……」
「新鮮な食い物は期待できそうだよね」
「知らないのか?異界間の動植物の移動は条約で制限されてるんだぞ」
「ダメダメじゃん!」
家族の微妙な反応に苦笑しつつ、コロッケを口に運ぶ。
パン粉も塗していない、じゃがいもにミックスベジタブルを混ぜただけのシンプルな具材だが、ひよりはこの味が好きだった。
もしも異界留学が決まったら、母の作るこの味もお預けになるのかと、頭によぎり寂しい気持ちになる。
食後に父母と日程を相談し、受け入れ先との面談申請を終わらせたひよりは、ベッドに寝転がってブレホをいじっていた。
麗奈と夏海から、仙人のでてくる漫画やアニメの娯楽作品が送られてきており、メッセージを返しながらチラ見しみする。
なつ:これすごくね?!人類滅亡してるぜ
れな:ここまでいくとギャグの領域ね
ひよ:仙人なのこれ?
なつ:ネタばれすると宇宙人らしい
れな:悲報ひよ氏宇宙人の疑い
ひよ:100%地球人だよー!
なつ:後頭部伸びるのが宇宙人の証拠
れな:論破完了
ひよ:のびてないからー!!
「もうっ…!」
友人二人の悪ノリに腹をたてつつも仙人について考える。
(漫画やアニメだけじゃくて、公式映像も自然いっぱいだったなあ。龍脈?だとか自然エネルギーとかよくわかんないけど、修行方法もおんなじようなこと書いてるし、明日は、おためしで近くの山でやってみよう!)
地図アプリを開きルート検索する。
自宅から登山道まで自転車で約1時間、そこから山頂まで徒歩で2時間。
(お昼からだとー日が暮れちゃうかな?それなら朝から行くとして、水筒とキッチンの菓子パンでも持ってけばいいかな?)
ひよりは翌日の修行が失敗するなどとは欠片も考えていなかった。
(ふむふむ、転んで怪我するかもしれないから長袖長ズボンが推奨ね)
たしかに彼女にとっての失敗はありえないのかもしれない。
(あっ!レジャーシートも欲しいかも)
だがそれは周囲から見た成功になるとは限らないのである。
(よーし!今日はもう寝よっと)
メッセージで「おやすみ」とペンギンのスタンプを送り、部屋の電気を消す。
布団を被り、修行に胸を膨らます。いつしか思考は闇に消え、夢の中へと落ちていった。
「それじゃ、いってきまーす!お昼いらないから!」
「いってらっしゃい、気を付けてねー」
翌日ひよりは、荷物を詰めた鞄を自転車の前かごに乗せ、山の麓へとペダルをこぎだした。
母には遊びに行くとだけ伝えた。山へ行くのを隠す意図はなく、伝える必要性を感じなかっただけだ。
鼻歌を歌いながら、それは楽しそうに自転車に乗っていた。
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