第2話 能力診断2
乗車すると左から「こちらにどうぞ」と声がした。
ひよりが反射的に振り向くと、半開きになった黒いカーテンの先で中年の女性職員がニコニコしながら手を振っていた。
「面倒だけど、規則だからカーテンは閉めてね」との言葉に従ってから、ひよりは彼女の前に用意された丸椅子にうながされるまま着席した。
「本日担当する能力診断員の大山です。短い間だけどよろしくね」
「出席番号8番の逆井 ひよりです。よろしくおねがいします」
事前に説明された通りの挨拶から始まった。
「暖房効いてるから暑かったら脱いでも大丈夫よ」
「あ、このままで大丈夫です」
「そう?それじゃぁ手を…」
大山の指示に従いながら器具を取り付け易いように両手を前に出す。
ひよりの緊張を和らげるためか、大山は他愛のない世間話を挟みながら準備を進めていく。
「私は今年で45なんだけど、先週同窓会で会った子が20代にしか見えなくて嫉妬しちゃったわ。あの子はきっと『若作り』の能力持ちね」
「そんな能力もあるんですか?」
「個人情報だから聞かなかったんだけど多分ね……よし!これで準備完了。それではこれより能力診断開始します」
「あ、はい。おねがいします」
大山は、器具から延びる配線の大本にある機械を操作する。
授業では、異界技術の応用で人体の可能性を発露させる装置だと教科書には載ってたが、そんな凄そうなものが車に乗っかる程度の大きさで済むなんて凄い、とひよりは考えつつ様子を見守っていた。
何のために付いているのか分からないランプやメーター。
ひときわ大きい針が左から右へと動いている。
(あれ?何かが体の中を流れるような…?)
今まで感じたことのない感覚。
それに意識を向け――
「はい!結果はこちらの封筒内の用紙に記載されています。進路に関係することもあるので、御家族とよくよく話し合ってくださいね。」
取り付けられていた器具は、いつの間にやら全て外されていた。
目の前でニコニコしている大山に肩を叩かれ、思わず用紙を受け取る。
「あ、は、はい!ありがとうございました」
「どういたしまして、それじゃ次の子と交代ね」
そのまま降車すると夏海が「ちょっと待っててくれよ」とすれ違いで乗り込んでいく。
彼女を見送り車前で待つひよりに、名簿を持った男性職員が話しかけた。
「ちょっといいかな?」
「はい」
「さっきの子は桜井 夏海さんで間違いないかな?」
「あ、はい。間違いないです。」
「ありがとう。本当は確認してから乗車してもらうことになってたんだけど」
髪をかいて苦笑する男性職員に「あははは」とひよりは乾いた声を返した。
「それと、分かっているとは思うけど、能力は個人情報だから、周りに言いふらしたり、ネットやSNSに書き込んじゃ駄目だよ。安易に書き込んだせいで未だにネットの玩具にされてる人もいて――」
暇つぶしがてら、ひよりに話しかける男性職員ではあるが、話しかけられている彼女は頷きながらも聞き流し、別のことを考えていた。
(風の…流れ?あれ、でも地面からも…?)
大山の言葉を聞き逃したひよりは、自身の能力を知らない。
しかし、発露した能力は、自然と彼女の目覚めを促していた。
たらればの話をするのならば、大山の言葉を聞き逃さなければ違う未来も存在したのだろう。
比較的素直なひよりは、大山の言葉によって能力へ苦手意識を持ち、才能を発揮しない未来があったかもしれない。
だが、既に知ってしまった彼女は止まることはない。
流れを感じていたひよりの肩を夏海が叩き、意識が浮上する。
「おう、お待たせ!行くぞひよりー」
「さっきも言ったけど忘れないでね」
「個人情報ですよね、大丈夫です!それじゃあざっしたー」
男性職員の小言を軽く流した夏海に連れられ、速足で校舎へと移動する。
「それで、ひよりの能力なんだった?オレは『消臭』だったぜ、トイレの芳香剤かよ!」
「ハハハ!」と笑う夏海に対し、両眉を下げて返答する。
「判定結果聞き逃しちゃって、分からないの。」
「いやいやいや、流石にそこは聞き直しなって」
「うんでも地面とか風の流れ?みたいのが分かるようになったんだよ」
「能力わかんないのに使いこなしてんの?すごいじゃん!」
「えへへ、そうかな?ありがとう」
「てか、よくよく考えたら紙に結果書いてるんだからさ、封筒空けりゃいいんだよ」
「確かに!」と開封しようとするひよりだが、それを夏海が左手で制し。
「待つんだひより」
「えっ?」
「能力よりも大事なことがある…」
「な、なにが?」
夏海はとてもいい笑顔で
右手の親指で後ろを指差しながら言った。
「もう我慢できない」
「あ、うん」
ひよりは改めて夏海を見た。
太ももをこすり合わせながらモジモジしている。
よくみると笑顔もどこか引き攣っている。
そしてなにより、親指の先には女子トイレがある。
有無を言わさず掴んだ夏海の左手に引かれ、乙女の聖域へと旅立つのであった。
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