第2話 ミドリムシ
来た。緑のカバン、緑のカーゴパンツ、緑のジャケット、緑のスニーカー。今日も全身緑。
今付き合っているミドリムシ…ではなく彼氏・真崎竜司。
「お待たせー、何食べる?」
「…お好み焼き?」ちょっとお洒落な居酒屋、洋食屋など、数ある選択肢の中から、竜司くんの格好でも、痛い視線を浴びなさそうなジャンルを考えた。
大学卒業後、5年間彼氏がいない自分に慌ててこの春初めてアプリを使って付き合ったのが龍司くん。もうすぐ2ヶ月になる。
出会った日はスーツ姿だったから、ミドリムシだったことに気が付かなかった。
悪い人ではないし、きっと好きになれると言い聞かせて週に1度デートをこなしている。
竜司くんがお好み焼きに青のりを大量にふってくれている。緑一色になった。
「仕事どう?」
「異動したてなのに、私の指導担当の先輩に嫌われてて、仕事教えてもらえず意地悪ばかりされてる」
「………そっか」
竜司くんは話下手だ。
そもそもこんな楽しくない邪悪な話聞かされても…というところかもしれないが、二人で話していて盛り上がった試しが無い。
「すみません、ビールおかわり」沈黙に耐えかねて、とにかく飲んで食べた。
アプリの出会いで結婚した友達は何人かいるが、今のところ、そこまで好きになれそうと思える人には出会わなかった。
語尾が絶えず「…ですかな?」だった予備校の先生。マスクを取ったら前歯が無かった職業不詳。待ち合わせの場所で「あの人じゃありませんように」と100回は唱えた、真冬にタンクトップ男。
全部些細な問題なのかもしれないが、ただでさえ、人目を気にしてしまう闇属性の私には無理だった。
竜司くんは同い年で、168センチある私より少し背は高い。髪は良く言えばスッキリ、悪く言えば角刈り。好きな色は緑。本人に聞いたことは無いが、これは間違いない。
これまでのデートで楽しかったのは映画。観終わった後に龍司くんからの感想は無かったけど。
竜司くんの良いところは、私の好きなものを好きになろうと努力してくれる点。悪いのは、服装にこだわりがあり、未来永劫、葉緑体を纏い光合成を続ける可能性が高いところ。
ササキさんが数ヶ月前、アプリで出会って付き合い、一瞬で冷めて別れた外国人の彼氏の話を思い出した。「短パンのニコラス」。
ワンピースの登場人物のような通り名の由来は、主人公のルフィしか履くことを許されないようなデニムの短パンを履いて現れたからだ。
ササキさんがとあるデートで本屋を訪れ、棚の下の方の本をとろうとしゃがんだ時、短パンに食い込むむっちりとしたニコラスの太腿が目の前にあった。ササキさんはその翌日、別れを告げたという。恋愛は些細なことで終わる。
竜司くんと大した話も無いまま、店を後にした。
「おいしかったねー」竜司くんが夜道に紛れて、手を握ろうとしてくるのをかわした。
「そうだね。ミヤ子ちゃん家ちょっと寄っていこうかな」
「今日は洗濯物いっぱいやし、明日朝早くから実家に帰ろうかと思ってるから」
金曜日の夜に会うと必ずこの攻防を繰り広げるが、明日、実家に帰るのは嘘じゃない。おばあちゃんの墓参りをしたいからだ。
子供の頃から、嫌なことがあるとおばあちゃんに話を聞いてもらっていた。大学生の頃に亡くなったが、今も悩んだときは、おばあちゃんの墓に相談にいく。
「おやすみ」
家の下まで送ってくれた竜司くんに、軽くハグされて別れた。
マンションの6階に上がるエレベーターの窓にうつった自分の歯に青ノリが大量に付着しているのに気がついた。
「選り好みできる立場ちゃうな」と心の中でつぶやいた。
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