第1話

 冒険家、漫画家、作家、映画監督、芸術家…。子供の頃の夢や希望はどこへやら。市役所に勤めて今年でついに5年目。 



「は?」

 私の目の前には、事務椅子に座って青筋を浮かべる小男…いや、上司・塚山透がいる。


 私の頭には、4つの回答選択肢が浮かんだ。

「1.いい歳したおっさんが『は?』って恥ずかしくないですか?」

「2.黙れ、チビ」

「3.教えてもらっていないことで怒られるのは納得がいきません」

「4.すみません。確認します」

  

 私が選んだのは当たり前に「4」。

「2」を選んで、乱闘という展開にストーリーを進める度胸はない。塚山係長への殺意をかみ殺し、デスクに戻った。

  

 デスクの上の書類を整理しようとしていたら、突然ヒラヒラと落ちてくる書類。

 見上げると、向かいの席に座る独身37歳、ワンサイズ小さいパンツに年相応の尻を押し込んだ結婚願望の塊、鷲平由里香の手。


 また4つの選択肢が浮かんだ。

「1.嫌いなのを態度に丸出しにするアラフォー女、イタイですよ」

「2.上司に甘えた声出して庇ってもらえるのも、後3年が限界じゃないですか?」

「3.後輩虐めて楽しんでるような性格のやつに幸せは絶対訪れないですよ」

「4.ありがとうございます」

  

 ここでも私が選んだのは無難な「4」。

 書類を投げてよこした鷲平先輩は私の「ありがとう」を無視して、塚山係長のそばに近づいた。

「もー何から手をつけていいかわからないんですぅー」。

 肩に手を置いて言う鷲平先輩にデレデレした塚山係長が「そうかー。じゃあ、これは免除でもいいよ、他に頼むし」。

  

 発狂しそうな気持ちを抑えて、静かにパソコンを立ち上げた。このパソコンがもし、デスノートだったら、迷わずあいつらの名前を打ち込むのに。


 昼時間を知らせるチャイムが鳴ると同時に、デスクの引き出しからお弁当を取り出し、執務室を出た。廊下を走り、屋上への階段を駆け上がる。

 

 ドアを開けると、青空…とこの世の終わりのような顔をした喫煙者たち。

  

 タバコの煙をかわし、コソッと貯水槽の裏に回ると、いつもの2人がいた。


「お疲れー。田中課長に隕石でも直撃してくれたらいいのに」

「俺は昨日、ゲームのゾンビを石川先輩に見立てて、脳天撃ち抜いてた」


 第一声から邪悪な発言が溢れる愛しの「チーム闇属性」。


「コンノさん、私らって、ほんと闇よね」 

 私の首に手を絡める佐々木梨花。1年後輩だが、なぜかタメ口。部署は違うが、職場の知り合いに誘われた飲み会で偶然出会い、仲良くなった。笑顔が可愛く人懐っこい性格で、一見すると誰からも好かれそうだ。

 光希と少し似ているが、ササキさんは生粋の闇属性。人の欠点を的確に分析し、嫌いという感情を巧みに言葉で表現する。


 本人曰く、嫌いな人間には愛想笑いもしないので、日本社会では生きにくい性格らしく、敵も多いらしい。私も似たような性格なので、すぐに意気投合した。

 社会人になってからできた初めての親友だった。

  

「闇属性は悪じゃないからね。分析眼が鋭いせいで人の嫌なところに気が付きやすい繊細

さんなんだよ。後ちょっと、信頼できる仲間内で毒を吐きがちなだけ」コンビニで買ったちょっと高い「イクラおにぎり」を頬張りながら話す神田健斗。

 私の同期で、雰囲気イケメンのスポーツマン。高校までサッカーをやっていて、私とはかけ離れた世界に生きてきたはずの神田も生粋の闇属性だった。



「神田は立ち回り上手いし出世コースに乗ってるのに、私らとつるんでる変人よね」朝少し失敗して焦がしてしまった卵焼きを口に放り込みながら、モゴモゴ言った。


 それを聞いた神田がニコーっと無言で笑顔を作った。ああ、多くの人がこれで騙されるんだろう。


「俺は昔から光属性を装って上手く生きてきただけ。光属性なんてそもそも存在しないでしょ」


「いや、装えてないし滲み出てるよ、邪悪な闇が」ササキさんが神田を小突いた。


「…加藤先輩は光属性かな」自分の周りで光の世界を生きる人間を探してみた。加藤祐樹。28歳。自他ともに認めるイケメンで、身長は188センチ。仕事もでき、性格は明るく、男女関係なく上司からも、先輩後輩も関係なく好かれている。笑いのセンスも良く、時には身体を張った宴会芸もこなす。光属性たる所以は、その立場でいることに全くプレッシャーを感じていないところだ。


「…いや、なんか闇あるだろ、加藤先輩にも」神田は負けたくないのか、対抗心を見せる。

  

「『ま、男は身長よ』くらいの発言は聞いたことあるけど、闇、そんくらいちゃう?」


「加藤先輩には嫌味やいじめが通じないからね。たとえ仕事押し付けられても『あー俺がの助けが必要ならやってやるしかねえか⭐︎』って、全部『俺スーパーマン』理論で自尊心逆に上げていくから」ササキさんが的確な人間分析を披露した。


「怪物じゃん」神田が面白くなさそうな顔をした。


「あーそろそろ地獄の後半が始まる」後5分でチャイムが鳴り、戻らないといけない。


「コンノさん、今日は彼氏と会うんでしょ。いいじゃん、頑張れるじゃん」ササキさんがチュッパチャップスの皮を剥き、口に咥えた。

 

「葉緑体くん、ね」神田が笑って立ち上がり、スーツのホコリをはらった。

 

 近くに落ちていた緑の葉っぱが目に留まり、ため息が出た。

「そう、葉緑体…」

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