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「おかりなさ〜い!カナセさんっ!」
忠犬の如く、部屋の入り口でタオルを持って出迎える紫紺の瞳の青年の姿に大きな溜息を吐く。
「‥‥いつから」
「気配がしたので!」
「‥‥」
「雨酷かったでしょう?雨も滴るカナセさんもいいですが、風邪を引かれるわけにもいかないので」
「‥‥」
「ていうか、何かありましたか?いつもは右足から入ってくるのに、今日は左足ですね。もしかして利き足変えました?」
何故勝手に部屋に入っているのかと追い出したいところではあるが、生憎と男は天敵と対面したこともあり頭痛に苛まれていた。
青年の無垢な瞳とあの忌々しい男の髪色が重なることもあり、今は存在そのものを無視することを決めタオルを受け取って風呂場へと進む。
「勿論、お風呂はバッチリ準備してますからね!」
数週間前より一回り小さくなった体でえへんと胸を張る青年に対して、男は全くの無反応だった。
それでも青年に気にした様子がないことから、元々返答には期待していなかったことが見て取れる。
「カナセさーん」
「‥‥」
「もう寝ちゃったですか?」
「‥‥」
「‥‥はぁ」
貴公子然とした容姿の男ではあるが、寝顔はどこぞのお姫様のようだ。
仕事のない日は途端に姿を消し、任務地で合流する事が殆どで、こうして同じ空間にいられるだけで特別だったりする。
男に拾われて数年経つが、未だに生態は謎に包まれている。
好きなもの、嫌いなものは愚か、どこで生まれてどうやって生きてきたのか、何故こんな暗殺集団のような組織に属しているのか、何一つとして知らない。
男の生態を観察することしか趣味がなく、長いこと行動を共にして感じたことは、まるで他人の人生を遠くから眺めてるように全てに対して無関心だということだ。
戦っている時も、青年が機関銃のように話しかけている時も、男の意識は全く別のところに向いている。
「ーー俺は」
いつの間にかぶかぶかになってしまった服の袖を捲ると、不健康な細い腕が露わになる。
何かに力を込めるように目を閉じると、やがて指先から肘までに鎖の刻印が現れて皮膚を覆い尽くした。
「後どのくらい、側にいられるのかな」
この刻印が心臓に到達すれば最期。
首から下げたロケットの中から、ビニールに包まれた一切れの紙を取り出す。
〝
男から与えられたその名は、青年には相応しすぎたのだ。
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