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来客を告げる鈴が鳴る。



音も気配も無く入って来た人物に、目を三日月型にして笑う。






「やあ、久しぶりだね」


「‥‥」


「呼んでくれたら、僕の方から会いに行ったのに」



いつの間にか雨が降り出したようで、夜闇の中から現れた長身の男がフードを脱ぎ、濡れた金色の髪を鬱陶しそうにはらった。






「雨宿りのついでだ」




素っ気なく呟いた男の態度は相変わらずだった。






「名も無き集団ーー、いや〝DEMISE〟の幹部である君の頼みとあれば、例え雨の中風の中、地球の裏側だろうとすぐに駆けつけるのに」


「‥‥」


「それなりに長い付き合いだっていうのに、相変わらずだね、君は」




やれやれとおちゃらけたように首を左右に振るが、腕を組んで扉に背を預けた男は全くの無反応だった。



どことなく獅子を想起させるような端正な風貌に、影のある雰囲気。



少し目にかかり気味な前髪から覗いた空色の瞳は、透き通ったガラス玉のような美しさを持ちその全貌が見えないことを惜しむ者も少なくはない。



気品と才能を兼ね備えた佇まいは、貴公子然としている。






「御託はいい。お前と無駄話をする気ない」



冷たく突き放すような物言いに自然と口角が上がる。



容姿だけならどこの貴族のような男ではあるが、口を開けば悪態しか付かないのがいただけない。



親の仇の如く嫌われているせいでもあるだろうが、こうも会話をぶった切られては話にならないというのに。



来客者は一体どちらなのかと問いただしたいところではあるが、相手が相手だけに大人しく引き下がるしかないのだ。



それに、邪険に扱われるようなったのには自分に非があると認めていた。



出会った当初、興味本位でいつもの如く色々とけしかけたのが全ての元凶なのだから。



それが情報屋故の性分だから仕方がないと言えばそれまでだが、後に男が大出世することを見抜けなかったのは己の未熟さだろう。



「単刀直入に言う。ジャンヌダルクについて知っている情報を全て吐け」


「ジャンヌダルク?あの、神の啓示を受け、百年戦争において劣勢だった軍を勝利に導いたっていう聖女?」


「誰が歴史の話をしろと言った」


「前から思っていたけど君って結構教養があるよね。実はいいところのお坊ちゃんだったりするの?」


「‥‥」


「無視っと。ーー近頃、彼らのアジトを襲い悪行を妨害して回っている大剣使いのことでしょう?」


「そうだ」


「残念ながらどれも信憑性のない噂にしかすぎず、裏付けできるようなものはなかったよ」


「1つもか?」


「うん、売れる情報は何も」


「‥‥」


「今、情報屋の癖に使えないって思ったでしょ」




否定もしなければ肯定もしない男に少し笑うと、カマをかけてみるかと思考を巡らせる。






「どうして急にそんなことを?上から何か言われた?」


「いや、上はまだ処遇を決めかねているようだ」


「敵でもなければ味方でもない。例え標的が同じでも、得体が知れなければ障害にもなりうる可能性が高いからね」


「どちらにせよ時間の問題だ。いずれは排除することになるだろう」


「まあ、そうだろうね。仲間内でもあんな殺伐としてるのに、他者にくれてやる慈悲なんて持ち合わせてはいないだろ」



見せつけるように耳朶に触れるが、男は何の反応も起こさなかった。





「ーーそれよりも、だ。何事にも無関心で無頓着な君が、大嫌いな僕の元にまで来た理由が気になるね〜」


「‥‥」


「障害となる前に排除するため、は考え難いかな。君なら、ある程度は根拠を見つけてから動く。雲を切るような状況で率先して動くとは、あまりに君らしかぬ行動だ」


「お前が俺の何を知ってる」


「後継者を決める決闘ーーいや死闘にて、唯一〝彼〟に対抗できた強者。それに、彼は殺陣兵器としての機能以外が極端に欠落しているから、結局のところ君が組織の将来を担っていると言っても過言ではないくらいの重要人物さ」


「‥‥」


「まあ、この程度はあくまで表面上の情報に過ぎないか。組織の重鎮なら誰でも知っている。いざ挙げてみると、少ないね。というか、内面的な意味ではデータが皆無だ。強いて言うなら、僕のことが大嫌いでなことくらいかな」


「‥‥上役を詮索する暇があるなら仕事をしろ。ジャンヌダルクの情報の一つくらい仕入れてみろ、この役立たずが」


「ははっ、相変わらず辛辣だな」




用無しだとでも言いたげに立ち去ろうとする男に、口角を上げ声を掛ける。









「ーー探し人は、見つかった?」




その瞬間、男の纏う空気が変貌した。

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