第28話 覚悟と希望

「……お、お取り込み中失礼する。そろそろ俺も会話に加わっていいだろうか」


 ずっと二人のやり取りを見守っていたシンクロウが気まずそうに挙手をした。二人が絆を深め合ったのは何よりだったが、部外者感があってシンクロウは気まずくなっていた。


「し、失礼しました。シンクロウ様」

「ひ、人前ですることはでなかったな」


 シンクロウの前だということを二人はすっかり忘れていた。急に恥ずかしくなり、お互いに落ち着きなくその場を行ったり来たりする。


「それにしてもシンクロウ。お前の素性にこそ驚いたぞ」

「別に隠すつもりもなかったのだが、俺にも色々と複雑な事情があってな」

「公にされている王の子は、二男二女の四人兄弟のはず。だがお前の名乗った肩書は第三王子。確かに事情は複雑そうだな」


 黎明ノ国を治める四季王には、第一王子ハルアキラ。第一王女ナツノヒメ。第二王女チアキヒメ。第二王子フユノジョウの四人の子供がいるとされてきた。第五子の存在は公にはされていない。また、王家の子は代々季節を冠した名前を与えられるのが慣習とされるが、第五子に与えられた名は季節とは無関係な上、黎明ノ国では忌み嫌われる真紅の名を冠していることも異質だ。


「四季を尊ぶ黎明ノ国では、王の子は四人が望ましいと代々伝わっている。第五子である俺は王家にとって忌み子。しかも俺は母上の命と引き換えに生まれ落ちた存在だ。母上を溺愛していた父王にとって、俺は二重の意味での忌み子となったのだろう。母上の考えていてくれた名前を破棄し、俺にこの国では忌み嫌われている真紅の名を与えた。国民に存在さえも知られぬ望まれぬ王子。おまけに真紅の忌み名。仮にも王子だし、表立って嘲笑してくる者こそいなかったが、周囲からの視線はいつだって冷ややかだったよ」


「……シンクロウ様も、真紅に苦しめられたお一人なのですね」


「そうなるな。もちろん君に比べたら俺の境遇などぬるま湯だろうが、生まれ持った物に振り回される理不尽は人並み以上に理解出来るつもりだ」


 生まれも境遇も異なるが、目と名、それぞれに真紅を持ち、周囲から批難の眼差しを向けられ続けた存在。サラサにはシンクロウの心境が痛い程理解出来た。


「軍に入隊できる年齢になってからは、俺は率先して軍属となったよ。居心地の悪い王宮で暮らすよりも、軍属となって戦場を駆け巡った方がいっそ清々しいだろうと考えてな。周囲も俺を止めはしなかった。いっそどこかで討ち死にすれば、とでも思っていたのかもな」


「お前の人生もなかなかに苛烈だな」


「それでも、軍属となってからのこの数年が一番人間らしい人生を送れたよ。将校連中は俺の素性を知っているから距離があったが、俺の素性を知らぬ現場の兵士たちとは、一人の人間として正面から向き合えていたと思っている。もっとも、任務をこなしていく内に、今度はお二人に語ったような、妖を狩るという任務に正義があるのかと、自問自答を繰り返すことになったわけだが」


「ひょっとしてお前は、死地を求めていたのか?」


「死に場所を求めていたわけではないが、あわよくば程度に思ったことはある。囮となって鬼熊となったのは仲間を救いたいと思ったのはもちろんだが、俺自身が自分の生への執着が薄かったことの方が理由としては大きい」


「だが、運命はお前は生かしたということか」

「真紅の持ち主は世界に愛されている。故に世界は決してその者を見捨てはしないだろう。ですね」

「サラサ殿、その言葉は?」


「鵺様からの受け売りで、古より伝わる言葉だそうです。真紅の名を持つシンクロウ様がここで命を落とすことを、世界は良しとしなかった。きっとそういうことではないでしょうか」


 目を覚ました自分に鵺がかけてくれた優しい言葉。あの言葉は真紅眼ではなく真紅と伝わっている。シンクロウが命を拾ったのもきっとそういうことなのだとサラサは思った。


「そうか、そんな言葉が。この場所で二度も命を救われた。二人の存在が妖と人間が再び共存出来る希望を俺に抱かせてくれた。他ならぬ俺自身が己の価値を見限っていたが、案外とまだまだ捨てたものではないかもしれないな」


 シンクロウの表情から険しさが消え、年頃の青年らしく朗らかに笑った。肉親の前では決してこんな表情を見せることはない。確かな絆を感じた妖の鵺と、真紅眼を持つサラサの前だからこそこんな表情も出来る。王子という立場を利用して何かを成し遂げたこともこれが初めてだった。そうしてでも、争いを止めたいと思った。己の中に芽生えたこの感情をはきっと意味あるものなのだ。


「あらゆる妖を討伐しようとする今の黎明ノ国は間違っている。今回の一件を経て俺はそう確信した。これから自分がどうするべきかもな」


「人間の世界に嫌気がさしたのなら、妖の里を紹介するぞ。皆も歓迎してくれるだろう」


「とても魅力的な提案だが、今は一緒には行けない。長年距離を置いていたが、俺は父王や兄弟たちのいる王宮へ戻ろうと思う。そこで今一度、王子としての己の立場と向き合ってみるつもりだ。黎明ノ国の妖に対する意識を変えていくためには、国の内部から改革していく他ない。存在を疎まれる逸れ者ではあるが、それでも俺が四季王の血を引く王位継承権第三位の王子であることは紛れもない事実。この立場だからこそ出来ることもあるだろう」


荊棘けいきょくの道だぞ?」


「それでも、人生を懸けるに値する命題だ。実現は困難かもしれないが、俺は少しずつでもこの国を変えていく。それが俺が運命に生かされた意味だと今はそう思う。きっと、俺の意志に賛同してくれる者もいるはずだ」


 迷いを払い、確かな至心を宿した気高き様は、上に立つ者としての確かな風格を感じさせた。シンクロウは今、生まれではなく、生き方で王子としての存在を示して見せたのだ。


「お前は私とサラサに希望を見たと言ってくれたが、それは私も同じだ。人間の世界にお前のような者がいてくれるのなら、かつてのような妖と人間が共存する世界も決して夢物語ではないのだと、希望を持つことが出来る」


「私もです。鵺様との旅の中で、妖様や真紅眼を持つ私に偏見を持たずに接してくれる方々とも出会うことが出来た。シンクロウ様だってそうです。この世界はまだまだ捨てたものじゃない。私も希望を持てました。応援していますね、シンクロウ様」


「ありがとう。鵺殿、サラサ殿」


 シンクロウは二人に深々と頭を下げた。


「騒動に収集を点けねばならぬし、俺はそろそろトキイロの町へと戻ることにするよ。名残惜しいがお二人とはここでお別れだ」


 トキイロの町に戻った部隊も不満を溜めこんでいる可能性がある。再び火種とならぬように、鵺とサラサがこの場を離れるまで部隊にしっかり目を光らせていないといけない。


「達者でな。シンクロウ」

「ああ、鵺殿も」

「シンクロウ様、またいつか会えますよね」

「そう願っているよ。二人の挙式でもあれば、是非とも招待状でも送ってくれ」


 最後に笑顔でそう言い残すと、シンクロウは力強い足取りでその場を去っていった。


「挙式の招待状か。シンクロウも言ってくれる」

「送るにしても、どこに送れば良いのでしょうか?」

「そこなのか、サラサ?」


 挙式そのものは引っ掛かっておらず、宛先の心配をする。ちょっとズレたサラサであった。


「本来の旅の日程はまだ残っているが、王国軍と対峙してしまったし、予定を繰り上げて今すぐ母君のお墓参りに向かい、そこから彼者誰ノ里へ直帰しよう。焦らずとも、旅などこれから幾らでも出来るからな」


「それがいいですね」


 王国軍と接触した今、一刻も早くこの場を離れ、彼者誰ノ里へ戻るべきだ。それでもお墓参りの時間を取ってくれた鵺は優しい。予定を繰り上げての旅の終わりとなってしまったが、意義ある出会いに恵まれた実りある旅であったことは間違いない。


「シンクロウの眼を盗んで王国軍が我々を尾行するかもしれない。今の内にさっさとこの場を去ることにしよう。サラサ、私に身を委ねろ。ここから空を飛んで寺へと向かう」


「以前は気絶していましたから、意識がある状態で空を飛ぶのは初めてですね」

「怖いか?」


「少しだけ。だけど鵺様と一緒なら大丈夫です。鵺様の腕の中はこの世界で最も安全。そうでしょう?」


「無論だ。さあ、しっかりと掴まれ」


 サラサの体をしっかりと抱きかかえると、鵺の草履の足裏に電気が走り、途端に河原から浮遊し上昇を始めた。


「サラサを幻想的な空の旅に招待しよう」

「はい」


 空を飛ぶ鵺の腕の中で景色を堪能しながら、二人は目的地であるお寺を目指した。

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