第14話 葬列

 今晩の宿を決めた二人は、夕食までの時間潰しに町に繰り出すことにした。多くの街道に面するウグイスは商業の交差点でもあり、多くの商人が行き交っている、各地の珍しい品を集めた露店は見応え十分だ。井戸水が効いたのか、鵺もすっかり落ち着きを取り戻し、人混みで逸れないようにとサラサの手を握り、しっかりと導いてくれた。


「都会というのはこんなにも活気に溢れているのですね」

「ウグイスはせいぜい中規模の町だ。王都を始めとする大都市の人波はここの比ではないぞ」

「ここで中規模なのですか? 話が大きすぎて想像がつきません」

「習うより慣れろだ。今度もっと大きな町にも連れて行ってあげよう」

「ぜひお願いします」


 気持ちの良いぐらい真っ直ぐな反応に、鵺も表情を綻ばせる。


「とはいえ、人混みにはあまり慣れないだろう。眼のこともあるし、疲れたなら早めに切り上げるぞ」

「確かに人混みに酔いそうな感覚はありますが大丈夫です。今は町をもっと見て回りたい好奇心の方が勝っています」

「そう言ってもらえると、旅に連れて来た甲斐があるというものだ。せっかくだから露店でも見ていこうか」

「はい!」


 無邪気に声を上げて、サラサは手を引く鵺に続いた。


「わあ、どれも綺麗ですね」


 最初に訪れた露店では、鼈甲べっこう細工を数多く取り扱っており、精巧に彫られた首飾りや、女性向けの櫛やかんざしなどが並んでいる。眼を輝かせるサラサはその中でも、鼈甲の光沢が美しい簪に目を奪われていた。その美しさはどことなく鵺に似ていたから。


「何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「い、いえ。見ているだけで楽しいので」


 一点物とあって、簪はそれなりに値が張る。遠慮が勝りサラサは鼈甲細工の露店を前からそそくさと移動した。


「……いきなり遠慮をするなというのも、それはそれで難題か」


 隣の露店へと移ったサラサの背中を鵺が寂しそうに見つめる。遠慮以前に、サラサは誰かに甘える余裕など無い過酷な半生を送って来たのだ。体に染みついたその感覚を、出会って一カ月で完全にほぐすことは難しい。信頼関係を築いた上で、時間をかけて慣らしていく他ないだろう。


「サラサにとても似合おうと思うのだがな」


 サラサが見つめていた鼈甲の簪は、鵺も一目見た時から気に入っていた。これを差したサラサを見てみたいと、純粋にそう思ったからだ。名残惜しいが、サラサと逸れるわけにはいかないので、鵺もサラサの隣へと移動した。


「鵺様、少し気になることが」

「どうしたのだ?」


 しばらく二人で露店を見て回っていると、サラサがおもむろに鵺の袖を引いた。編笠越しだが、サラサの緊張が伝わって来る。


「人混みの中に、小豆色あずきいろの着物を着た小柄な男性がいらっしゃると思うのですが、あの方だけが周りの方々とは異なり、魂の色が淀んでいるのです」


 魂の色とは場の空気感にも影響されやすい。露店通りは活気に満ち溢れ、それに比例して商人や買い物客の魂も快活で明るい色をしているのだが、その中にあって小豆色の着物の男だけは魂の色が淀んでいた。小柄な体格もあって視覚的には目立ちにくいのだが、真紅眼を持つサラサの前では異様に浮いていた。


「あの仕草。なるほどな」


 鵺は小豆色の着物の男の正体に感づき苦笑した。幸いにも自分たちに害を成す存在ではなさそうだが、サラサの目に淀んだ色を移し続けるのは忍びないので、鵺は一計を案じることにした。


「サラサ、少し待っていろ」


 そう言って鵺は雑踏の中の小豆色の着物の男へと近づいていき、何気なくすれ違った。次の瞬間。


「あだっ!」


 小豆色の男が短い悲鳴を上げて飛び退くと、弾みで着物の袖からバラバラと多数の財布が滑り落ちた。男の正体はスリ師だったのである。活気に満ちた通りで人様の財布を盗む機会を伺う。そんなよこしまな感情から魂の色が淀んでいたのだ。


「あっ! 私の財布」

「俺のもだ。こいつの仕業か!」

「あっ……いや……これは……」


 悲鳴と落下した財布の音で注目を浴びたスリ師に、財布を盗まれていたことに気付いた周囲の人々が詰め寄る。現行犯では言い逃れも出来ず、スリ師は情けなくその場で背中を丸めるばかりだった。


「捕り物をして目立つわけにはいかないからな。すれ違いざまに少し痺れさせるに留めた」

「凄いです、鵺様!」


 鵺がスッとサラサの隣へと舞い戻った。鵺の電撃の扱いは巧みで、最小限の痛みでスリ師の醜態を晒すことに成功した。鵺の早業に感服し、サラサは惜しみない拍手を送る。


「お手柄なのはサラサの方だ。動きでスリ師と分かったが、サラサの指摘が無ければそもそも存在に気付けなかった」


 言葉には出さなかったが、サラサとの出会いがなければ、こうして人助けのようなことをする機会も無かったかもしれない。


「騒ぎで人が集まって来た。場所を移ろうか」


 人目を避けるに越したことは無い。二人は人の流れに逆行し、露店通りを後にした。


 ※※※


「葬列か」


 人混みを避けて居住地の方へとやってきた二人は遠目に、棺と共に墓地の方へと向かう葬列を捉えた。見ず知らずの相手とはいえ、こういった場面に遭遇すると哀傷を

覚える。鵺は立ち止まり静かに目を伏せた。


「……鵺様。あの棺からは何だか嫌な気配を感じます」


 隣のサラサは不安気に鵺の袖を握り、額には冷や汗が浮かんでいた。今彼女の真紅眼が何かを捉えている。


「何が見えた?」

「……棺の中に薄らと、黒い残滓ざんしのような物が見えるのです。それはまるで、首を括る縄のような形をしていて。これまでにも葬列と出会ったことがありますが、こんなことは初めてです。これまでは棺からは魂の色は見えたことはありませんでしたから」


 死者の魂の色を見ることは真紅眼にも出来ない。故に真紅眼には本来、棺は棺としか見えない筈なのだ。それなのに棺の中に歪な形が見えてしまう。サラサにはそれが恐ろしく仕方がなかった。


「禍津獣のものか? しかし棺からは禍々しい気配は感じられない。遺体はあくまでも遺体のままだ。だとすれば、禍津獣に襲われた恐怖の残滓か」


 震えるサラサの体を抱き寄せながら鵺は思案する。禍津獣の残滓だとしても、形が括り縄というのが不可解だ。禍津獣による被害は一般的に、噛み痕や引っ掻き傷などの獣害に近い形態が多く、このような町中でというのも珍しい。


「また葬列なんて、本当にどうなっているのかしら。今回も大木で首をくくっていたんでしょう?」

「今月だけでもう三人目よ。亡くなったお嬢さんも婚姻を間近に控えて嬉しそうだったのに、どうしてあんな真似を」


 遠目に葬列の様子を伺っていた近所の女性達のやり取りが聞こえて来た。残滓が縄の形をしていたのは死因に関係しているようだが、うら若き女性がどうして幸せの絶頂で首を括らなければいけなかったのか。しかも亡くなったのは他にも多数存在するようだ。だとすれば、ある種類の禍津獣の関与が強く疑われる。


「まさか、妖の仕業じゃないでしょうね?」

「嫌だわ。もしそうだったなら恐ろしくて外も歩けない」

「それは――」

「止めておけ。サラサ」

「ですがあのような言い方は……」


 女性たちのやり取りに物申そうとしたサラサを引き留め、鵺が首を横に振った。妖を悪く言う女性たちにいきどおるサラサの気持ちは嬉しく思うが、それでサラサの立場を悪くするのは不本意だ。妖が悪者扱いされる風潮には慣れているし、態々自分たちからいさかいの種を撒く必要はない。恋愛が絡むと初心な少年のように不器用な鵺ではあるが、長命の妖として長年世界中を旅してきた経験から、こういった場面では冷静で達観している。


「顔色が優れない。一度宿に戻ろう」


 この場に長居してはサラサに気を揉ませてしまうだけだ。鵺はサラサの手を引き帰路へとついた。

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