第6話 二人の長

「ここで最後だ」


 鵺が最後に案内したのは里の最奥。長い石段を上った先にある、大きな鳥居が特徴的な神社であった。


「荘厳な雰囲気ですね。里の皆さんで管理を?」

「今はそうなるな。元々この神社は、彼者誰ノ里が出来る以前からこの場所に存在していたそうだ。人々から忘れさられて寂れていたが、この土地に住まわせてもらうにあたり、移住する妖全員で清掃や修繕を行い、現在も維持管理を続けている。そういった経緯もあり、里の者たちにとってこの神社は大切な憩いの場だ。近年は季節の節目に祭なども開催していてな。里の者達で露店を出して、交流のある他の里の妖を招いたりもしている」

「素敵なお話しですね。お祭りもとても楽しそうです」

「時期が来れば共に回ろう――等と言っているうちに、サラサに紹介したかった者たちが到着したようだぞ」


 神社の解説も程々に、二人の妖が神社の石段を上って来た。一人は作務衣を着た灰色の髪の美男子で、縷紅同様に額に一本の角が生えている。外見は人間でいえば二十代半ばといったところだ。もう一人は山伏のような装束を着た眼光鋭い長髪の男性で、口元を黒い布で覆っている。こちらは人間でいえば三十代前半ぐらいに見える。


「二人とも、魂の色がとても力強いです」


 サラサの真紅願に二人の魂の色は、鵺に負けず劣らずの存在感を放っていた。作務衣の男性は猛々しくも温かみのある赤銅色をしており、山伏装束の男性は山の恵みと生命力を感じさせるような萌黄色をしている。大自然を目の当たりにしたかのような圧倒される感覚こそあったが、それは神々しさに近く、決して畏怖の念ではない。


「二人はこの里の長を務める妖だ」


 鵺の紹介に預かり、最初に灰色の髪の青年が口を開いた。


「俺は彼者誰ノ里の長の一人、鬼の石蕗つわぶきだ。君のことは鵺から聞かされている。こうして会えてうれしいぞ。体調も回復したようで何よりだ」


 石蕗は人懐っこそうな満面の笑みを浮かべた。厳格な里の長というよりも、気さくな近所のお兄さんのような雰囲気を持っている。整った顔立ちと表情豊かで愛嬌ある雰囲気の組み合わせは強烈で、仮に人里にでも下りたら、多くの女性を虜にしてしまいそうだ。


「我も同じく彼者誰ノ里の長の一人、鴉天狗からすてんぐみぎりと申す。以後お見知りおきを」


 砌は仏頂面だが声色がとても優しい。眼光が鋭いのは生まれつきであり、内面は温厚で物腰柔らかい好人物だ。落ち着き払った印象で、こちらは里の長としての姿が想像しやすい。


「サラサと申します。石蕗様、砌様、里の長様にご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。この度は療養をさせて頂き、誠にありがとうございました」

「そう畏まることも、謝る必要もない。挨拶が遅れてしまったのはむしろ俺たちの、いやこれは鵺のせいだな。本当は顔合わせも兼ねて君の見舞いに伺おうかと思ったのだが、鵺に断られてしまったよ。まったく独占欲の強い男め」

「茶化すな石蕗。サラサが本気にするだろう」


 石蕗は鵺の方に右腕を回し、頬を左手の指で突いてみせた。友人同士としての二人の距離感はとても近い。縷紅や美墨なども鵺には気さくに接していたが、ここまで距離感が近いのは石蕗ぐらいのものだ。


「えっと、どういうことなのでしょうか?」


 サラサの疑問には冷静沈着な砌が答えてくれた。


「鵺はそなたの身を案じたのだ。真紅眼を持つそなたには魂の色が見える。病み上がりのそなたの眼には、我と石蕗の魂の色は強すぎると考えたのだ。実際、一度そうなったようだしな」

「もしかしてそれは、私が鵺様と初めてお会いした時の」

「肉体的な疲労や緊張の糸が切れたことが一番の原因だろうが、私の魂の色を見続けた影響も少なからずあるだろう。平時では何ともなくとも、疲弊した体で強い魂の色を見るのは体力を使うということだ。私一人ならばともかく、強い妖が三人も集まればサラサの回復に差し支えるかと思い、二人には遠慮してもらったのだ」

「おいおい、聖人ぶるのは止めておけ。本音ではサラサの寝顔を独り占めしたかったんだろう?」

「……強くは否定出来ん」

「もう、鵺様ったら」


 照れ臭そうにサラサは笑うが、そんなところでも鵺が健康を気遣ってくれていたことが嬉しかった。それに合わせてくれた長二人の優しさも実感した。多くの妖たちの支えがあって今サラサはこの場にいられるのだ。


「挨拶も済んだところで、長としてあらためて君を彼者誰ノ里に歓迎するよ。この里に堅苦しい取決めはないが、唯一『来る者を拒まず、出る者を追わず』の精神は大切にしている。それが俺達が彼者誰ノ里を開いた際に決めた理念だ」

「あらゆる種族の妖だけではなく、人間に対してもこれは同様だ。我らは人間が里を訪れることを拒まない。今でこそ妖は禍津獣と混同され、人間から畏怖される存在となってしまっているが、いつの日か再び妖と人間が手を取り合っていける世界が来ることを、我らは切に願っている」

「人間と妖が共存していた時代のお話しは母から聞かされています。そんな世界の再来を私も望んでいます。彼者誰ノ里の方々の優しさに触れたことはもちろんのこと、私のような真紅願を持って生まれた人間にも居場所が生まれますから」


 妖と人間が共存する未来を願う二人の長の理念には、サラサも大いに共感した。この里にやってきて、多くの妖の優しさに触れた。酷い迫害を受けてきた身として人間の世界には複雑な感情はあるが、それでも自分だって人間だし、深い愛情を持って育ててくれた母や、偏見を持たずに優しく接してくれる人だって中にはいることは知っている。簡単なことではないが、もし人間と妖のわだかまりが解けていくのなら、きっと全てが良い方向に進んでいくはずだ。


「サラサ。私は君の居場所となれるように、一層精進するぞ」

「ありがとうございます。鵺様」


 サラサの言葉に思うところがあったようで、鵺がサラサの肩を優しく抱き寄せた。


「天下の鵺が惚気とはな。俺達の知ってる鵺との差で背中がむず痒いぞ砌」

「……柄にもなく、我赤面」


 長年の友人として孤高な鵺をよく知る二人は、自分達の知らない鵺の一面を目の当たりにし、石蕗は落ち着かない様子で顎を擦り、砌は赤らめた顔を背けている。鵺が一目ぼれした女性を連れて来たと知った時も驚いたが、実際にそれを目の当たりにした衝撃はより大きかった。人生何が起きるか分からないと、外見に反して長く生きている二人の妖はそう感じずにはいられなかった。

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