AIからの挑戦状
長井景維子
一話完結
「高見沢さん、あれからどうですか?」
「はい。それが。」
ドクターはAIだ。見かけは白物家電のような金属の四角い箱に、LEDのライトがついている。スタイリッシュなデザインだが、人間の医者を見慣れている者にとっては、ただの機械だ。そのAIドクターが、驚くほど人間の男性にそっくりの発声と語り口で話しかける。
「痛み止めを出しておきましたが、効きましたか?」
「はい。ただ、湿疹が出まして。」
「湿疹。どこですか?」
高見沢はシャツを捲り上げてお腹を出した。ドクターはカメラのついたアームを伸ばして、高見沢のお腹に近づけて、パシャパシャと三枚写真を撮った。
「湿疹の様子から卵アレルギーが疑われます。卵や魚卵、ウニなどを食べませんでしたか?」
「ええ、お寿司でウニとイクラを。あ、卵かけご飯も毎朝食べてました。」
「そうでしょうね。まず、卵かけご飯をしばらくやめてみてください。軟膏を出しておきます。痒み止めです。」
「助かります。皮膚科には行かなくていいですか?」
「内科も皮膚科も眼科もなんでもわかります。整形外科の痛いところをみせてください。」
高見沢は靭帯を伸ばしてしまった右膝をみせた。ドクターはまたカメラアームを近づけ、今度は安全に改良された放射能の出ないエックス線で撮影し、プリンターで写真を印刷して高見沢がそれを受け取ると、
「靭帯はだいぶ良くなっているはずです。この画面を見てください。左の画面が健康な靭帯で、右側が先週の高見沢さんの靭帯をエックス線で撮影したものです。今日のものと比べてみてください。私は今、スキャンしています。しばらくお待ちください。………スキャンが終わりました。治癒率は80パーセントです。あと、三週間ほどで完治するはずです。引き続き痛み止めを飲み、マッサージ、湿布、温かいお風呂にゆっくり浸かるなどを続けてください。今日は以上でよろしいですか?」
「はい。」
高見沢はありがとうございました、と言おうとして口ごもった。
「次回は次週のこの曜日のこの時間に来てください。」
ドクターは処方箋と予約票をプリントアウトすると、高見沢はその二枚の紙を受け取った。
「お大事に。」
高見沢圭介は、今年四十二歳になる。最近はAIの医者が増えていて、この無医村ではAIの医者を自治体が買い取り、町の診療所に一台設置した。医者不足は深刻で、都会よりも地方の医療の方がAIに任せることが多くなっている。
圭介は、伊万里焼の陶芸家だ。芸術の分野はAIに任せるわけにはいかないという自負を持っている、しかし、医師という高次元の職業をAIが取って代わってやっていることに、少なからず驚き、また焦りも感じている。
「ろくろや絵付けは機械に任せる時代が来るかもしれないな。そもそも、機械が作って伊万里焼が成り立つなら、その値打ちは下がるだろう。我々職人が機械に負けない仕事で頑張るしかないな。」
人の手で作るからこその存在である焼き物の職人だが、AIの医者に診てもらったあと、不思議に弱気になってこんなことを思った。
タクシーをスマホで呼ぶと、無人タクシーが来た。タクシーにスマホで自宅の位置情報を送ると、タクシーは走り始めた。
ー目的地まで十六キロ。渋滞なし。約二十五分で到着です。
タクシーに搭載されたAIが喋る。
圭介は診療所の隣のスターバックスで買ったラテを飲みながら、薬局でもらった薬の袋を見た。痛み止めの飲み薬と痒み止めの軟膏、湿布が三袋。薬局では薬剤師も全てAIだった。種類ごとに整頓された薬を、医師の処方箋通りに袋に詰める。保険点数の計算も専用のコンピュータでされる。圭介はスマホをかざして支払い、健康保険証は指紋で登録されているので、指をかざして薬を受け取った。
ほどなくして自宅についた。
「アレックス、テレビつけて。」
圭介はリビングでスマートスピーカーに向かってこういうと、テレビが入った。
「アレックス、BHK入れて。」
BHKは公共放送から民営化されている。しかし、放送局自体が大きいので、主要な民放の中でも一番の大きな放送局になっている。勿論、受信料は無料だ。
ニュースを放送していた。アナウンサーはAI搭載のアンドロイドだ。明瞭な声で明るいニュースは微笑みながら、悲しいニュースは深刻そうに喋る。
ー圭介さん、エアコンを入れましょうか?
スマートスピーカーが室温の低下を見計らって声をかけてきた。スマートスピーカーのメーカーが電力会社と提携しているので、少しでも電化製品を使わせたがるきらいがある。圭介の好きな湿度、温度を把握していて、それから20パーセント以上上回ったり、下回ったりするとエアコンディショナーを勧めてくる。
一人息子の小学五年生の涼が二階の自分の部屋から降りて来た。
「おかえりなさい。宿題やってたら、先生からメールが来た。宿題の答え合わせは明日からAIですることになったんだって。」
「またAIか。そうかそうか。先生は重労働だからな。」
ニュースでは、リニアモーターカーによる電磁波の障害で、携帯電話サービス会社とTRの間で訴訟になっていることを伝えている。また、リニアモーターカーで通勤している男性が、発ガンした事で、電磁波の発ガン性が問題視されている話も。
妻の沙耶華が仕事から帰って来た。妻は保育士をしている。車を車庫に入れて、スーパーで買ったものをエコバッグに入れて玄関から入って来た。沙耶華はスマートスピーカーに話しかける。
「アレックス、ピザ屋に電話して。」
涼は、
「ええ〜、またピザ?」
と思わず声をあげた。
「いいじゃない。疲れた。サラダだけ急いで作るから。ワイン買って来たよ、圭介。」
沙耶華はスマホに話しかける。
「……………、はい、じゃ、それ、ダブルチーズで。」
20分で届くそうだ。注文をきくのも、調理も配達もロボットだ。沙耶華がスマートスピーカーに命令する。
「アレックス、お風呂にお湯ためて。」
圭介が慌てて、
「昨夜、夜遅く風呂入って、掃除してないよ。アレックス、お湯入れないで、掃除するから。」
圭介が風呂掃除をしに風呂へ行く。あ、ボディーシャンプーがもうない。
「アレックス、いつものボディーシャンプー、注文して。」
しばらくするとピザが届き、沙耶華のサラダもできあがった。ワインを抜いて、三人は揃ってテーブルにつく。沙耶華が口を開く。
「今日は忙しかったの。だからピザでごめんね。坂田さんのところ、ご不幸があって、急に東京に行ったらしいの。だから、私と由美ちゃんと二人で全部やったのよ。そろそろもう一人保育士増やして欲しいけど、園長がうんって言わないのよね。」
「AIじゃ無理か。」
と圭介が呟いた。
「俺の仕事だってロボットに取って代わられるかもしれないな。ここんとこAIの医者に診てもらってるけど、結構仕事できるな。っていうか、人間よりミスもないし、良いかもしれないよ。信じられないけど、どうしてもロボットにはできない仕事しか、もう人間はやらせてもらえないのかもしれないな。」
「お父さん、伊万里焼がロボットで出来たらカッコ悪いよ。お父さんたちが頑張らなきゃ。僕だって伊万里焼、やってみたいと思ってるのに、そんなこと言わないでよ。」
「お。そうか。やってみたいの?」
「うん、ちょっとね。難しいけど、楽しそうだし。」
沙耶華は、
「圭介、よかったじゃん。涼、今のうちからお父さんにいろいろ教えてもらっときなさいよ。」
圭介が思い出したように、
「あ、そうだ、その医者に言われたんだ。卵かけご飯はしばらく食べるなって。アレルギーが出てるらしいよ。」
沙耶華は驚いて、
「アレルギーってどこ?湿疹?」
「うん。これ。」
圭介はお腹を見せた。沙耶華は笑った。
「それ、ダニだよ。卵は食べてもいいんじゃないのー?」
「でも、AIの医者が卵アレルギーの疑いがあるって言ってたよ。」
「やっぱり、機械より人間の医者がいいな、私は。」
「そうだな。」
「私の仕事は絶対機械には無理だよ。子供や赤ちゃんの安全に責任持つんだもの。抱っこしたり、優しくオムツかえたり、おもちゃで遊んであげたり。もっと言えば、私でなければ無理。」
「俺の仕事だって、俺じゃなきゃ無理だ。」
突然、沙耶華のスマホが鳴る。
「はい。」
「あ、高見沢先輩ですか?由美ですけど。ちょっといいですか?今度の日曜日、保育のAI展が福岡であるんです。私、行ってみようと思うんですけど、先輩、よかったらご一緒しませんか?」
「…………………………。」
(終わり)
AIからの挑戦状 長井景維子 @sikibu60
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