〈西風の街〉リプタ/3


 大角山羊マルスカは体高1m以上、角と尾まで含めた体長は2mほどの大型の山羊だ。気性は穏やかで毛並みはこわく、馬よりも遅いが体力がある。山道を行く行商人などに愛される駄獣である。

 その大角山羊に引かせる小さめの台車を山羊車といい、遠回りの道を最速で行くためにオリヴィアが用意したものだった。


「でっけぇ! 可愛い!」


 町外れの広場にまつりのはしゃいだ声。

 大角山羊はまつりに撫で回されて嫌そうに角を振る。ごめんごめんと笑って手を離したまつりが、オリヴィアを呼んで一緒に自撮りする。白い毛並みに、オリヴィアの黒髪とまつりの茶色と桃色の髪が対照的だ。

 映える、とまつりはご満悦。


「……撮っている場合ですか」

「とか言って一緒に撮ってくれるオリヴィア優しいかよ〜」

「そうしないと貴女がいつまでも遊んでいるからです。ほら、荷物を積み込んで。すぐ出発しますよ」

「おぇーい」

「あら、もう出ちゃうの?」

「……母さん!?」

「レニアさーん♡」


 レニアが声をかけると、オリヴィアが驚きの、まつりが喜びの声を上げた。それで、出発の日を漏らした不届きものが誰かはバレてしまったようだ。まつりが舌を出す。


「気をつけてね。これ、よかったら使って?」

「わ、ありがとうございますっ!! 膝掛けだ、うれしー!」


 手編みのひざ掛けは灰色の羊毛で、複雑な文様が浮かんで見える。大きく広げてはしゃぐまつり。懐から青いハンカチを取り出して、縫製の違いを眺めたりする。

 その視線がふとレニアの頭上に向いた。


「てゆかレニアさん角めっちゃ綺麗じゃないですか!?」


 微笑むレニアの白い角は銀の細鎖と小さな宝石で飾られていた。角の先端には小さな黒い布が被せられていて、そこから伸びた鎖が身動きに合わせて揺れ、角を控えめな輝きで彩る。


「もう、母さん……。お祭りでも結婚式でもないのに、そんなもの付けて」

「いいじゃない。娘と娘の大切な人を見送るんですから」


 咄嗟のアイコンタクト――『言ったんですか?』『いやいや言ってねーし』――レニアがくすくす微笑む。


「親ですもの。貴女の態度を見ていればなんとなくわかることはあるの」

「む……」

「とにかく、気をつけてね。まつりちゃん、色々終わったらうちにも来てくださいな。うちの羊たちにも会ってほしいわ」

「あざます♡」


 名残を惜しむまつりをオリヴィアが急かして、山羊車に乗り込む。大角山羊はのんびりと、アテニアへ続く道を歩き出した。

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