〈波集い〉ケーフェイ/6

 二週間ほどが経った。

 その頃には馴染みの屋台の店主に名前を覚えられており、今日も一本おまけしてもらった魚の串焼きを齧りつつ、まつりとオリヴィアはベルの工房を訪れる。


「…………入れ」


 二人を出迎えたベルの声は消えそうな大きさで、目には濃いくま、服は絵の具を何度も何度もぶちまけたように染まっている。太い尻尾も垂れ下がり、地面に引きずっていた。

 ふらつくベルを支えつつ工房に入る。

 机の上には、手のひらに載る大きさの、シンプルなコンパクトが置いてあった。大型の二枚貝を利用したのか、艶のない白色で丸みを帯びた形。


「かわいい〜〜〜♡」

「開いてみろ」


 まつりがコンパクトを手に取り、蓋を開く。蓋の裏側には鏡。土台側には複雑な紋様が刻まれて、うっすらと輝いている。

 鏡に、うっとりと見つめるまつりの顔が映った。


「鏡に映った情景を絵として保存する魔術道具だ。まつり、お前の要望通り側面のボタンで魔術が発動するようにした。強く押すなよ、デリケートな機構だ」

「ありがとー! やっぱ押す感覚がないとと思って〜〜。……?」


 ぽち。ぽち。と何度か指先で押すが、何の変化も起こらない。


「魔術だと言っただろう。魔力はオリヴィア、お前が融通してやれ」

「わ、私がですか」

「他に誰がいる。全く、画術ペイントマギは普通、絵を描くのと同じだけの時間をかけるんだ。それを一秒も待てないだとかわがままを言いやがって。ぼくじゃなかったらそんな式を組むのは無理だぞ。いいから一緒に握れ」


 疲れ果てた声には妙な迫力があり、オリヴィアがまつりと隣り合って手を伸ばす。小さなコンパクトに触れるために自然と二人の手が重なった。


「オリヴィア、もうちょいこっち。そこだと入んない」

「私は入らなくてもいいのでは?」

「見切れてんのもったいないじゃんかよー」


 まつりの手がオリヴィアを抱き寄せ、小さな鏡に収まる。嬉しそうな笑顔と、照れてこわばった表情が並んだ。


「いくよー、にい、いち、はいチーズ♡」

「は、はいっ」


 まつりがボタンを押し、オリヴィアが魔力を注ぐ。紋様が一際強く輝き、鏡に映っていた情景が固定された。二秒ほどののち、通常の鏡に戻る。


「自撮りじゃんこれ!!! ベルさんすっごい!」

「【想い出】……霧を払う魔術の触媒に十分なりそうですね。お見事です」

「楽勝な仕事だ、騒ぐな。ある程度の期間保存できるが、消える前に画術が使えるやつに出力させろ。編纂局なら凡人レベルの画術師はいるだろう」


 くぁあ、と盛大なあくびをひとつして、ベルはうるさそうに手を振る。


「作るのに使った金は今度請求する。用が済んだら出てけ、ぼくは寝る」

「待って待って、ベルさんも一緒に撮ろ?」

「要らん。……要らんって言ってるだろう、こら、近づくな」

「捕まえたっ。オリヴィアも、ほら!」

「諦めて撮られてしまった方が早いですよ、ベルさん」

「罰ゲームみたいに言うなし!」


 弾けるように笑うまつり。げっそりと疲れた顔をしたベル。三人で鏡に収まるには少々狭く、眼鏡が少しズレて苦笑するオリヴィア。

 三人の後ろに、覆いを取られた灯台の絵と白黒のスケッチが並んでいた。

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