〈波集い〉ケーフェイ/4

「なぜ、ジドリなのでしょうか?」


 波音に紛れて、オリヴィアがふと呟いた。まつりに問いかけるというよりは、自然にこぼれた調子だ。


「なぜって、なにが?」

「いえ、……以前にも伝えた通り。【想い出】に必要なのは確固たる現実感覚とされています。まつり、貴女にとってジドリがその感覚を得るための手段なのは何故だろうか、と」

「……うーーーーーん。なぜって言われてもなー……?」

「質問を変えるなら……貴女はなぜ、ジドリをするのですか?」

「わお、哲学」

「私にはわからない。……いえ、非難しているとか、そういうことではなく。純粋に不明なのです。自らの姿を映して、?」


 オリヴィアの真剣な問いかけ。

 まつりは本気で理由を考えて、考えて、波を蹴立てて、転びそうになってオリヴィアに支えてもらい、やがて言った。


「あたしさ」

「はい」

「昔、仲良い子がいてね。親友マブダチ。あたしのこと助けてくれた人。その子とお別れしないといけない時に」


 んく、と喉が鳴る音。

 オリヴィアが促し、二人で浜に上がる。言葉を待つ間にタオルを差し出して、二人で足を軽く拭く。


「言えなかったんだよね、ちゃんと」

「……何をでしょうか」

「こう……なんつーかな……自分がどう思ってるか、言えなかったの。言いたいこと、言わないといけないこと、いっぱいあるはずなのに、なんて言えばいいのかわかんなくて、泣いちゃって」

「思いを、言えない……」

「うん。国語、苦手で。次はちゃんとしなきゃって、日記とかも書いてみたけど全然ダメでさ。そもそも今思ってるのと二秒後に思ってることって違ったりするじゃん? スマホ買って、自撮りするようになって、これだーっ! って思ったんだよね」


 懐からスマホを取り出す。電池が切れた画面は暗いままで、そこに映る自分の表情を見つめて笑った。


「言葉で言うより、ちゃんと映してくれる気がして。『いま』のあたしを」

「……貴女にとってのジドリは、総合的な表現行為ということですね」

「そんなゲージュツ的な感じじゃないけどね!」

「ありがとうございます。少しだけ、理解が深まったような……何をしているのですか? そんなに擦って」

「いや、なんかの奇跡で電源つかねーかなって」

「そういうこともあるのですか。ロンペン神のご加護が?」

「あったらいいのになぁ……うう、復活したらロンペンの曲全部聞かせてあげるのにぃ」


 うんともすんとも言わないスマホを懐にしまい、まつりは「あ」と声を上げた。


「今度はなんですか。泳ぎたいなどと言い出したら全力で止めますよ」

「言わない言わない。思ったけど言わないから眼鏡光らせないで。じゃなくて、『なんで?』ならあっちもじゃん?」

「あっち……?」

「ベルさん。なんで灯台の絵を描いて、今も覚えてるんだろ?」

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