〈波集い〉ケーフェイ/3

 ケーフェイの街の南北には、大きくせり出した岬がある。

 その南側の岬を覆うように、白い霧が揺蕩っていた。燦々と降り注ぐ日光を浴びてなお、霧の奥は見通せない。

 岬の根元で霧を見上げながら、まつりが眩しそうに目を細める。


「ふぇー、めっちゃ霧。この先に灯台があるの?」

「そのはずです。確かに灯台を建てるのに適した地形ですね」


 ベルからの依頼を受けて、二人は早速灯台に来ていた。霧はほとんど岬の全てを覆っていて、灯台を探りに分け入るのは難しい深さだ。

 ふーん、と霧を覗き込もうとするまつりの襟を、オリヴィアが掴む。


「危険です。大人しくしていなさい」

「ぷぇい」

「全く……貴女が『とにかく行ってみる』というから真っ直ぐ来ましたが。何か手立てがあるのですか?」

「ないよ?」

「…………だろうと思っていました」

「なんだよぅ。オリヴィアには何かあるわけ?」


 オリヴィアの深々としたため息に、まつりが口を尖らせる。


「それを探すための情報収集です。……課題点を整理しましょう」

「オリヴィア、先生みたーい」

「茶化さない!」

「褒めたのにぃ。お願いしまーす!」


 岬を一度離れ、ケーフェイの街に続く海岸線を並んで歩く。オリヴィアが指を二本立てた。


「ひとつ。今のまつりには、ジドリできるスマホがないこと」

「それな。モバイルバッテリー持ってくれば良かったマジで」

「もうひとつ。ジドリができたとして、霧を払う条件がまだわからないこと」

「それそれな。あたしほら、聖女とか初めてだから」

「……我々編纂局も、有効な情報を提供できないのは申し訳なく思っていますが」

「お互い様じゃん。ウィンウィンってやつ? それにあたしはオリヴィアにめっちゃ助けてもらってっから」

「意味合いが異なるような気がします。……助けるのは当然ですが」


 二つの岬に守られたケーフェイの湾の水面は穏やかに見える。浜は岩がちで泳ぐには向かない。寄せては返す波が岩にぶつかり、白波と音、そして潮の匂いを立てていた。

 その、海の気配ともいうべき感覚に誘われるように、まつりがふらふらと波打ち際に歩いていく。


「うわー、海すげー。まぶしー」

「転ばないでくださいね」

「そんなおっちょこちょいちょいじゃなわああああっ!」

「まつり!?」


 波打ち際に転がる岩が意外に不安定だったか、踏んだ瞬間にずれた岩に足を取られてまつりがすっ転ぶ。オリヴィアが咄嗟に駆け寄って腕を伸ばし、なんとか水に落ちる前に抱き留めた。

 二人の足を波が撫でる。


「だから言ったでしょう!」

「あっはははは危ねぇー! ありがとオリヴィア、めっちゃ格好いい♡」

「……まつり」

「ごめんなさいはしゃぎました」


 眼鏡の奥でオリヴィアの瞳に剣呑な輝き。まつりは即座に体勢を立て直してしっかり立つ。足元でぱしゃと波が弾けた。

 どうせ濡れたし、と呟いてそのまま数歩海の中へ。岩を踏まないよう慎重な足取りで、眩しそうに目を細めて沖の方を見る。ケーフェイの沖には大型の船が何隻か浮いているのが見えた。


「港で見た時はあんなデカかったのに、こうやって見ると可愛いよね」


 オリヴィアがざぶざぶと波をかき分け、まつりの隣に並ぶ。また転ばないか警戒して牛の耳がまつりに向き、手が中途半端な位置に浮いていた。そんな警戒にも気付かず、まつりは視線を巡らせる。

 湾の広さと比べるとこぢんまりして見えるケーフェイの街並み。湾を守る腕のような二つの岬。北側の岬に凛々しく立った灯台。南側の岬を覆う白い霧。


「〈地誌〉に曰く」

「うん?」

「『ケーフェイの湾の潮流が複雑なのは、世界中から集まる船が、故郷の波を連れてくるから』」


 歌うような調子で囁かれるオリヴィアの声は波音よりも小さいのに、余すところなくまつりの耳をくすぐる。へえ、と弾んだ声を上げて、まつりが海を見つめる。潮の流れは見えないが、白波の飛沫や、オールを使う小舟の動きに波を想像する。


「なぜ、ジドリなのでしょうか?」

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