うんざり暗殺者とノンデリ死霊術師
井口カコイ
うんざり暗殺者とノンデリ死霊術師
「ふぅ~」
仕事終わりの一杯が染み渡る。
そして、スパイスで真っ赤になったチキンをがぶっと。
「うん」
これが私――暗殺者のルーティン。
正しいルーティンは良い仕事に繋がる。
亡くなった母からの教えだ。
このルーティンを邪魔するものは誰もいない。
目の前に来たこの人を除けば……。
「暗殺者じゃん、どう殺ってる?」
「こんばんは、死霊術師さん。ええ、今日も殺ってきました」
デリカシーがない。
挨拶が『どう殺ってる?』って、何食べてたらそんな言葉が出てくるのだろう。
「えらいなぁ。きちんと仕事してて」
「死霊術師さんの活躍も風の噂で聞きましたよ」
この空気の読めない死霊術師は若手ながら、その道では逸材とか何とか言われているらしい。
「どうなんだろうねぇ。所詮、死霊術だしねぇ」
私はこの人が苦手だ。
というか、得意な人の方が少ないと思う。
それでも、私がこの人と時に会話をしなければいけないのはお互いの立場故だ。
「フリーは大変だよなぁ。能力ないと仕事は来ないし、信頼商売だし、自己責任だし」
「でも、仕事を選べますし、余計なしがらみもないのは楽じゃないですか」
私も死霊術師もギルドには所属せずにフリーで仕事をしている。
こうやってフリー同士は、何気ない会話で仕事の競合相手や依頼主の評判などの情報共有をしている。
もっとも、可能であればこのノンデリ死霊術師と話などしたくない。
そもそも、暗殺者と死霊術師で仕事の競合をすることなどほとんどない。
「それで死霊術師さんは今日は何をやっていたんです?」
「お世話になってる墓に行ってたよ」
「死霊術用の墓の調査とかですか?」
「いんや、お世話になってるから墓磨いて草抜きしてた」
こんなしょうもない会話でも、何かの役に立つかもしれないので聞きたくなくても聞いておいた方がいいというフリーの鉄則だ。
まぁこの人はそんなことを露ほどにも考えていないと思う。
「そのお肉一口もらってもいい?」
「ダメです」
「そう……」
急に変なお願いして落ち込まないでほしい。
「一口だけですよ」
「マジ? ありがと」
ふふ、バカめ死霊術師。
「かっっらぁ! これは辛すぎるよ。暗殺者はこういうのが好きなの?」
「好きというか、お酒とこういう刺激の強い食べ物の味しかわからないんですよ」
「今度、ウチ来なよ。こないだコックだった死霊が美味しいオムレツの作り方を教えてくれたんだ」
「コックだった死霊とか何やってるんですか……」
本当によくわからない人だ。
「それ味覚異常だと思うけど、何か理由はあるの?」
「さぁ? いつだったか急にこんな感じになりました」
「へぇ、大変だねぇ」
いつだったかとは答えたが、もう長く味は感じていない。
そうすれば慣れるものだ。
「味覚異常ねぇ。仕事の頑張り過ぎかねぇ」
「仕事は選んでますし、適度な休憩も入れてますよ。仕事のし過ぎは暗殺者的にNGなので」
「そうなんだ。てか、何で暗殺者は暗殺者ってジョブを選んだの?」
聞くか?
そういうこと聞くか?
影から人殺して生活してる人ですよ。
「別に手先が人より少し器用で小柄で動きやすかったからですよ。男性ほどの腕力もありませんし」
「なぁるほど。普通な理由だね」
わざわざ聞いといて、失礼な人だ。
「逆に死霊術師さんはなぜ死霊術師になったんですか?」
死霊術師を進んで選ぶ人はそうそういない。
特異な能力で便利そうではある。
私の仕事に関していえば暗殺した相手から情報を聞き出すのに便利そうだ。
しかし、死者を冒涜していると忌避する人も少なくない。
この人に至ってはそもそも変な人だし、好奇心とかそんなものだろう。
「復讐のためだよ」
「え?」
さらりととんでもないこと言った。
いつもと同じダウナーのテンションでとんでもないこと言った。
「復讐のため?」
「そうそう」
これは聞かない方がよさそうかな。重そうな話だったら嫌だし。
「ボクが子どもの時さ、野盗に家族、友人、片思いだった子、村全員皆殺しにされてるんだよねぇ」
えぇ……すごい重い話を自分でさらっと話してくるんだ。
「ボクは偶然村にいなくて助かったんだけど、まぁそんなの普通に考えたら許せないよね」
「そうです、ね。普通に考えたら」
普通?
この人の口から普通?
でも、普通の思考だ。このテンションで話すことじゃないが。
「さらに偶然で自分に魔法の才能があったからいろいろ学んで復讐のために死霊術師になったんだよ」
「いろいろ学ぶのはわかるのですが、そこでなぜ死霊術師に?」
「あぁー野盗たちを一度殺して、死霊にしてもう一回殺せるからだね」
やぶ蛇だ。
何で死霊術師に?まで聞いてしまったんだろう。
「大事な人を何人も殺されてるんだから、一回しか殺せないのは残念でしょ」
ちょっと、何て返せばいいかわからない。
複雑で重い話だけど、この淡々とした感じはどう受け取ればいいのか。
「んー復讐は出来たわけだけど未だに腑に落ちないんだなぁこれが」
「腑に落ちないとは?」
「親たちの仇、社会のゴミどもを駆除できたと思えば大成功。でも、今のボクがそれですっきりしたかと聞かれたらうーんって感じ」
思いの外すごい考えてる人だった。
こんな話を聞かされたら、このノンデリ死霊術師にものすごく申し訳ない気持ちになってしまった。
聞いてもないのに聞かされて、こんな気持ちになるのは悔しいけども。
「復讐ってよくわかんないなぁ。死霊術師で死んだ人からも話聞いたりするけど、ずっとわからないね」
この死霊術師……うーん
「復讐したいとかすでにした人から話を聞いたことはあるんですか?」
「ないよ。みんな好き好んでする話じゃないし」
急に正論を言うな。
「はぁ……」
「暗殺者、ごめんなー。急に変な話しちゃって」
「構いませんよ。むしろそんな話をさせてしまって申し訳ないというか」
「いやいや、気にしないでよ。お詫びに一杯奢るよー」
しょうがないなぁ。
一杯だと安い気もするけどなぁ。
「復讐といえば、私の知人、同業者の話なのですが」
「おぉ生きたサンプルだ。助かるね」
「彼女の母はとある貴族の使用人をしていたのですが、主に手籠めにされ妊娠し、それが奥方にバレて追放されてしまったのです」
「その生まれた子が暗殺者の知人ってわけね」
「そうです。彼女の母は必死に働き娘の面倒を見続けました。そして、娘も成長し細工師見習いにまでなりました」
「えらいお母さんだ。でも、ちょっと心配だなぁ」
「えぇ、娘が働き始めてしばらくして倒れて、そのまま流行り病に罹り亡くなってしまいました」
「悲しい話だ。で、プッツンした娘さんが復讐に手を染めた?」
「まず母は『復讐なんて考えなくていい』と口酸っぱく言い続けてました」
「本当にできたお母さんだなぁ。尊敬する」
「しかし母が亡くなったあと、残念なことに娘は細工師見習いをやめ暗殺者として修行を始めました」
「お母さん、どんな気持ちだったんだろうなぁ」
「わかりませんよ、そんなの……」
「ん? うん、死んじゃったらわかんないもんなぁ」
「娘は暗殺者としてそこそこの腕を磨いた所でその貴族の暗殺を考えました」
「遂にやるのかぁ」
考えた、かぁ。
「結論から言うと復讐は実行されませんでした」
「え! 何で?」
「貴族はすでに死んでいたんです。死因からして毒物による暗殺だったのでしょう。多くの恨みを買っていた人でしたし」
「何と言うかー残念だねぇ」
「そうです、そうです。あーあ残念、娘は復讐をするなと言われていたのに、実行する前に失敗しちゃいましたさ」
くそ、のどが渇いてきた。
死霊術師がそっと自分のジョッキを差し出してきたが、新しいの注文しろよバカ!
「それでその知人の人は今どうしてんの?」
「何となく暮らしているらしいですよ。何も出来なくて、心の中に残ったのは『何もない』ということだけ。本当に何となく暮らしているだけです」
「何となくってより、生きがいとか目的を失っちゃって本当に虚無なんだろうねぇ」
こうして直接口に出して言われると堪えるものがありますね。
「ボクなんかは逆に復讐ってなんだろうって新しい研究の対象になったからまだマシなんだろうね」
「それでも苦しんでるとは思いますよ」
「そうかなぁ? そういえば、お母さんは何で復讐なんて考えなくていいって言ったんだと思う?」
「本当に良い人だったからじゃないですか? 娘のお手本になりたいといつも言ってましたし」
「ふむ。ボクの考えは、どうせそんなクソみたいな貴族は誰かが殺してくれるから復讐なんかに時間を費やさずに自由に暮らせってことかなぁって」
……何でしょう、この人は。
人の心にずけずけと、知ったような口ぶりで。
「まぁ終わってしまったことですよ」
「死霊術師的考えだと、一回死んでももう一回始まりあるから終わりが全ての終わりじゃないんだけどねぇ」
「きれいごとですね」
「そうだねぇ……」
はぁ、とても疲れました。
この人と一緒にいると余計な情報交換までしてしまいます。
「あのさぁ、もうちょっといい?」
「疲れてしまったのですが、何でしょう?」
「その知人さんの話をもう少し聞きたいんだけど」
空気が読めない。
気が使えない。
察する力がない。
「だからさぁ、やっぱり明日ウチにオムレツ食べにきなよ。奥深い味で美味しいよ」
「っ!?」
こ、こ、こ、このノンデリ死霊術師め!
うんざり暗殺者とノンデリ死霊術師 井口カコイ @ig_yositosi
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