暗黒騎士はなぜ聖騎士を怒らせたか?

井口カコイ

暗黒騎士はなぜ聖騎士を怒らせたか?

「ただいま、帰りました」

 討伐任務を終えて、ギルドの扉を開けるといつも安心する。

 ギルドの皆が無事を喜んでくれて、活躍を聞かせてくれと歓迎してくれる。

 それは故郷を出て冒険者になった私にはとても幸せなことだ。

 だがしかし、それはそれとして最近ずっと気になることがある。

「暗黒騎士、今戻ったぞ」

「それはおつかれさん」

「君も討伐に出かけていたんだろう? 怪我はないか?」

「ふん……暗黒騎士はだいたいいつも死にかけなんだ」

「そ、そうだったのかすまない」

 それはこの暗黒騎士だ。

 私が聖騎士になった頃からだろうか。どうも暗黒騎士の私へのあたりが強くなった。

 暗黒騎士は愛想には欠けるが、コツコツと働き、よく気が利くので彼に一目を置くものも少なくない。

 暗黒騎士になったのは私より少し早いくらいだが、剣聖殿も

『未熟さあれど、兎にも角にも勇猛果敢、不撓不屈の戦いぶり』

 と太鼓判を押していた。見習い騎士も

『暗黒騎士さん、マジパネェっす! 俺も将来暗黒騎士さんみたいになりてぇっす!』

 と暗黒騎士の前ではしゃいでいた。もっとも暗黒騎士は

『暗黒騎士なんて目指すもんじゃない』

 と返していたが、時を見ては見習い騎士に助言をしている。

 そんな暗黒騎士にどうも避けられているようで何とも複雑な気分だ。

 何か暗黒騎士に粗相をしてしまっただろうか?

 構成的に一緒にパーティを組んだことも少ない。

 うーむ……。

 気持ちがもやもやして落ち着かない。

 聖騎士らしくここは直接聞くべきか。

「あ、あの暗黒き……」

 まただ。

 話しかけようとすると逃げるようにどこかに話に行ってしまう。

「よぉ、剣聖さんよ」

 暗黒騎士の言葉は兜でくぐもってわからない。

「ぐぬぬ……」

 何を話しているんだ。

 私の悪口だろうか?

 いやしかし、剣聖殿は陰口を許すようなお人でもなく、暗黒騎士がそんなことを言うとは思えない。

 あっ、話し終わった。今度こそ

「狂戦士、調子はどうだ?」

 今度はだいたい何を言ってるかわからない狂戦士殿!?

 なぜ暗黒騎士殿は狂戦士殿の唸り声で会話を成り立たせられるのだろう。

 私なぞ狂戦士殿に敵ごと殴られたことだってあるのに。

「踊り子、いつもありがとよ」

 うむむ……今度は踊り子殿の所。

 踊り子殿は苦手だ。

 あの方がいると場の空気も明るくなるし、能力も素晴らしいのだが……。

 いかんせんあの服装が扇情的過ぎる。

 どこに目を向ければいいのかわからない。

 何かわからないが暗黒騎士と踊り子殿との会話は特にもやもやする。

 聖騎士になって潔癖さが増したとでもいうのだろうか?

 むぅ……暗黒騎士のことが気になってたまらない。

 どうしてそこまで私を悩ませるのだ。

「なぁ聖騎士、さっきから何で付いてくるんだ?」

「す、すまない暗黒騎士。つけていたつもりはないのだが」

「何か用か?」

 むむ? チャンス? これは聞き取りチャンスか?

「そのだな、私は暗黒騎士に何か無礼を働いてしまっただろうか?」

「ん? 話が見えんが」

「この頃ずっと暗黒騎士が私を避けているような気がして、どうも落ち着かんのだ」

「はぁ? 気のせいじゃないか?」

「気のせいではないぞ!」

 しまった。

 おおお落ち着かねば。

 これでは暗黒騎士も警戒してしまう。

 聖騎士精神を大事にせねば。

「大声を出してすまぬ。しかし、どうしてもそう感じるのだ。もし私が知らずに君に無礼を働いていたのなら謝らせてほしい」

「何も無礼なことなどされていないが」

 まだ言うか。しかし、今回は根負けせんぞ。

「では、何か私の日頃の行いに不平不満があるのではないか?」

「何もないって。むしろ」

「ええい、そんなわけなかろう!」

 もうダメだ。

 いざ、聞いてしまったのが逆にダメだった。

 溜まっていたもやもやが聖騎士精神のバリアを破壊してしまった。

「それならばなぜ暗黒騎士は私を避けるというのだ」

 ええい、こうなったらやけだ。

 昔やった狂戦士魂見せつけてやる!

「それはぁ……」

「剣聖殿、狂戦士殿、踊り子殿とは談笑していて私とはなぜ談笑出来ぬのか?」

「あの、それはぁ……」

「何だ!? 私のことが気に食わぬのか!? 物怖じせずに言うがいい!!」

 さぁ来い。

 聖騎士精神の盾は捨てたが、狂戦士魂の耐久力で応えてやる。

「すぅーー……それは、それはだな」

「あぁ何だ」

「それは聖騎士のことがだな」

「あぁ私のことが」

「俺は聖騎士のことがだな」

「あぁ私のことが嫌いなんだな!」

「好きだからだよ!」

「ほら、やっぱり! って、えっ……?」

 な、何を言っているんだ暗黒騎士。

 いかん。まずいぞ。

 聖騎士精神を捨て狂戦士魂になったせいで精神攻撃への耐性ががが。

 わ、私は混乱している。

「落ち着け聖騎士! とりあえず剣をこちらに向けるのはやめろ」

「わわわ私を避ける暗黒騎士が私のことを好きなわけあるまい!」

 おのれ、暗黒騎士め!

「暗黒騎士というジョブであっても、崇高な精神を持っている仲間だと思っていたのに!」

「落ち着いてくれ、いつもの聖騎士に戻ってくれ」

 暗黒騎士になって心まで暗黒に落ちるとは。

 我が狂乱の一撃で目を覚ませてやる。

「いつもの聖騎士に戻ってくれ! 俺の好きな聖騎士に戻ってくれ!」

 俺の好きな聖騎士?

 好きな聖騎士?

 好き?

 な、なぜだ急に動けなくなったぞ。

 麻痺か? 沈黙か? 封印か?

 暗黒騎士、私に一体何をしたのだ。

「わかった……。黙っていた俺が悪かった。聖騎士の会心の一撃を食らわせてくれ」

「ぐぬ、ぐぬぬ……」

「ためらわずに来い、好きな相手の一撃だ! 何としても耐えきってみせよう!」

 な、何を言っているのだ……暗黒騎士。

 何をしているのだ……私は。

「はっ……! はぁー……私は一体何を」

「聖騎士が正気に戻った! ふぅよかった」

「と、取り乱して本当にすまなかった」

「大丈夫だ。気にするな」

「暗黒騎士が許しても私が私を許せん。さぁ何でも言ってくれ」

「じゃあ、改めて。俺は聖騎士のことが好きです」

 停止だ。

 時間停止を受けた。

「また固まってるが大丈夫か?」

「すまぬ。今度は聖騎士の力ですぐに解除できた」

「多分、それは聖騎士の力は関係ないと思うが」

「そそそ、それでだな。なぜ暗黒騎士は私をだな、そのすすす好き、なんだ?」

「俺たち同じ時期にギルドに入って、俺はずっと聖騎士のことを尊敬してたんだ」

 初耳だ。

「素直で、優しくて、仲間思いで」

「それは……ありがとう」

「俺も仲間としての尊敬だと思っていたんだが、聖騎士が聖騎士になった時に気づいたんだ」

 暗黒騎士が見たことない顔してる。

 何なんだ。目が回る。

「尊敬じゃなくて好きなんだって。気づいたらいつも聖騎士のことを目で追っていたんだ」

「でも、私を避けていたではないか」

「それは本当にすまない。暗黒騎士の闇に俺の心が耐えられず、素直になれなかった」

 暗黒騎士の闇は関係ないと思う。

「それでは剣聖殿、狂戦士殿、踊り子殿たちと話していたのは?」

「剣聖殿にはこの俺の弱さを相談していたんだ」

「剣聖殿、いつも石像みたいであんまり話してくれないのに」

「肯定も否定もせずに話を聞いてくれる年長者って得難いものなんだ」

「では、狂戦士殿は?」

「狂戦士とは親友だから全部話してたんだ。あいつ応援してくれてマジ優しいよ」

「そんなこと言っていたのか……」

 ん? 待て。

「踊り子殿との会話は? 見ていてもやもやしたし、様子がおかしかったぞ?」

「聖騎士のもやもやはわからんが、踊り子は恋愛相談に乗ってくれて」

 何だ。ただの恋愛相談か、安心した。

 ん? なぜ私は安心した?

「し、しかしだな、なぜ私なぞ。剣を振ることしか出来ない女だぞ」

「その身を挺して味方を守り、励ます聖騎士のことを剣を振ることしか出来ないやつとは到底思えない」

「戦い以外の能力は皆無なのだが。蒸したじゃがいもをつぶすことしか出来ないぞ」

「戦い以外のことは俺が出来る。逆に聖騎士しか出来ないこともあるんだ」

「は、はわ、はわわ……」

 暗黒騎士、そんな真っ直ぐできれいな目で私を見ないでくれ。

 いつもの兜越しでもわかる怖い目をしてくれ。

 もっと暗黒騎士になってくれ。

「いろいろ言ったけど、ただ聖騎士のことが好きなんだ。理由なんて自分でもよくわかっちゃいないんだ」

「……すまない」

「そうか、そうだよな。ひどいこともしてたし、急に言われて困ったよな。気にしないでくれ」

 暗黒騎士、違うんだ。

 くぅ、うまく言葉が出てこない。

「伝えたかっただけなんだ。難しいかもしれないけど、これからは今まで通りに接して」

「ち、ちがーーーーう!」

 捨てよ、聖騎士精神!

 燃えろ、狂戦士魂!

 燃え盛れ、我が乙女心!

「ど、どうした?」

「私も多分、暗黒騎士のことが気になっていたんだ。だから、変に意識して避けられているように感じていたんだ」

「そうかな?」

「そうだぞ! そうじゃなきゃ暗黒騎士と踊り子殿との話を見てもやもやしたりしない!」

 もやもやの正体がようやくわかったぞ。

 私こそ気づけば暗黒騎士の姿を目で追っていたんだ。

 だから、暗黒騎士の一挙手一投足が気になってたまらなかったんだ。

 聖騎士精神の妙な潔癖さも考えものだ。

「聖騎士、そんな風に思ってくれてたなんて嬉しいよ」

「暗黒騎士、私もだ。今度一緒にドラゴン狩りにでも行こう!」

「あぁ、いいな! 帰りにはドラゴンステーキ食べに行こう!」

 私が剣を出すような大立ち回りでギルド内は騒然となったようだが、多くの仲間は事情を知っていたらしい。

 こうして私は終生の相手を見つけることになり、数年後に新しい命も授かった。

 この子を見て私は思った。

 この子は将来、光と闇を合わせ持つ最強の狂戦士になるだろう、と。

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