第32話 ティエラの徐行

「わたくしの家に!? 誰が!? 来るというのですか!?」

「ちょ、ちょっと。どうしてそこまで驚いているのよ。あたし、おかしいこと言った?」

「そうではありません! そうではありませんわ! とても嬉しいのです!」


 ティエラやシエロ、マーレは最初友達ではあったけれど、出会ってすぐに家に住みつくようになった。

 でも、普通の……人を家に招待するようなことは今まで一度もなかったのだ。


 わたくしが貧乏で他の貴族とは付き合いがなく、平民からは貴族ということで距離を置かれた。

 だから、友達というものがいなかったのだ。


 その友達が家に来てくれる。

 どうしましょう。


「ごちそうでも買ってくるべきでしょうか? 食べ放題? いえ、満漢全席でも買ってきたほうがいいでしょうか?」

「落ち着けクレア」

「あう」


 ティエラがわたくしのひざをカクンと小突き、わたくしは彼の背に仰向けに倒れる。


「落ち着いたか?」

「え、ええ、やはり満漢全席では足りない……」

「いらん。それよりも、早く行くべきではないか? フィーネの気が変わらない内に」

「! その通りですわ! フィーネさん! すぐに行きましょう!」


 わたくしはフィーネさんの手をとり、ティエラの背に乗る。


「え? ちょっと? あたしは逃げないから」

「ティエラ! 急いでわたくしたちの家に行きましょう!」

「いや、にげな「急いでくださいまし!」


 わたくしの言葉に、ティエラは仕方ないとばかりに頷いて走り出す。


 一瞬身体が後ろにもっていかれるけれど、慣れているのでティエラの背を掴んで耐える。


 ティエラは人々の間を走り抜け、家々の上に飛び出した。


「ちょ! 早!」

「ちょっと揺れますわ。わたくしの手を離さないでくださいまし」

「アンタがあたしの手を握ってんのよ!? あ、離さないで! 落ちる! 落ちるから!」

「そうですの? わかりましたわ」


 離せと言ったり離すなと言ったり忙しいなと思い、わたくしはティエラの背の上でワクワクする。


 ティエラはそれを察してくれたのか、少し速度をあげた。


「クレア。跳ぶぞ」

「わかりましたわ。フィーネさん。わたくしにしっかりと捕まってください。危ないですわよ」


 わたくしとティエラのやりとりに、フィーネさんはわたくしの顔を見て叫ぶ。


「危ない!? 何するの!? っていうこの速度が十分危ないと思うんだけど!?」

「ティエラのこの程度は徐行と一緒ですわ」

「いやそれ「行くぞ」


 グン!


 体中の血が地面の方に引っ張られる感覚を味わい、身体が空に跳ぶ。


「素晴らしいですわああああ!」

「いやああああああああああ!!!!!!!!」


 ザン!


 と、わたくしたちの歓声を背に、ティエラが家に到着した。


「フィーネさん。どうですか? 楽しかったですか?」

「いや……無理……ちょっと……休ませて……」

「ではわたくしに家で休みましょう」


 喫茶店での休憩は少し足りなかったかもしれない。

 ということで、わたくしはフィーネさんの細い身体を抱き上げ家に入る。


 扉はティエラが開けてくれた。


「ただいまですわ」

「今戻った」

「おかえりー」


 扉を開けると、そこにはゴロンと寝転がったマーレがいた。

 彼は真ん中で仰向けになっていて、鋭い爪でお腹をかいている。


「ちょっと失礼しますわね」


 わたくしはフィーネさんをベッドに横たえる。

 それから、彼女の側に腰を下ろして彼女を見る。


「大丈夫ですか……?」

「ううん……大丈夫……ちょっと……色々と出かかったけど……」

「そうですか……すみません。少しテンションをあげすぎてしまいました」


 反省する。

 いつもの調子でティエラに乗っていたけれど、彼女にはきつかったみたい。


「いいのよ……慣れたら確かに楽しそうだったしね……よっと」


 フィーネさんはそう言いながら、ゆっくりと身体を起こす。

 そして、周囲を見回して一言。


「ベットは超いい素材使ってるのに、家具がないってどういうこと?」


 とっても広い……25ⅿプールの広さの建物の中の隅っこにベッドがぽつんと置いてあるだけ。

 最近は仕事とか付与魔法に集中していたので、そっちまで思考が回っていなかった。


「お風呂とか普段はどうしてたの?」

「マーレが魔法で綺麗にしてくださいますので……」

「え? トイレは?」

「マーレの魔法で……」

「暇が出来た時は?」

「マーレの魔法で……」

「マーレに頼りきりじゃないの!?」

「ええ、お恥ずかしながら……」


 そのことを説明すると、彼女はわたくしをじっと見て口を開く。


「それなら、これから新しい家具を作りましょう。一緒にデザインして、クレアが家具を作って、あたしがそれに着色したりするわ」

「いいんですの?」

「ええ、デザインの勉強にもなるし、あたしもクレアと一緒に何か作ってみたいし」

「! わたくしもですわ! 一緒に作りましょう!」


 ということで、わたくしたちは協力して家具を作ることになった。

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