第3話

 凪咲は最初こそ興味無さそうにしていたが、すぐにアニメに集中する。冒頭の掴み部分で心を掴まれたのか、食い入るように画面を見つめている。おもしろいぐらいリアクションを取る凪咲に、僕は思わず笑みがこぼれる。

 そうしてあっという間に三十分が経ち、アニメの第一話が終了する。


「え、もう終わり?」


 画面に流れるエンディングを眺めながら、凪咲が残念そうに言う。どうやら余程ハマったらしく、名残惜しそうに画面を見つめている。


「どうだった、凪咲」

「うん、正直興味なかったんだけど、すごくおもしろかった。続きが早く見たいわ」


 まさか凪咲がアニメを早く見たいという日が来るなんて。付き合ってた時はアニメキャラに嫉妬し、僕を辟易させていたあの凪咲がだ。


「うんうん、それおもしろいよね。凪咲ちゃん、アニメに染めてあげる」


 優愛は同志が増えたことが嬉しいのか、凪咲の肩を抱くと、嫌らしい笑みを浮かべている。

 優愛の気持ちは俺も少しわかる。自分が好きなものを認められた時というのは言いよう無い喜びがあるのだ。


「このまま二話も見てみるか?」

「うん、見たい」


 凪咲が頷いたので、俺はそのまま二話を再生する。二話は衝撃の展開が待っているので、俺は早く凪咲のリアクションが見たかった。

 しばらくすると問題のシーンがやってくる。油断していた凪咲は度肝を抜かれたようで、めちゃくちゃびっくりしていた。

 なにこれすげえおもしろい。凪咲のころころ変わる表情を眺めているだけで、ご飯三杯いける。

 凪咲は二話を見終えると、また名残惜しそうに食い入るようにエンディングが流れる画面を見つめる。


「そろそろ帰らなきゃだな」

「また明日続き見れる?」

「部活に来たら見せてやるよ」


 凪咲は目を輝かせて頷いた。最初、凪咲が入部すると聞いてどうなるかと思ったが、案外楽しくやっていけそうだった。

 戸締りをして部室を出た僕は職員室に鍵を返すと優愛と一緒に帰る。優愛とは幼馴染だから家も近所だった。子供の頃はよく一緒に遊んだが、こうして腐れ縁を続けている。

 

「いやー、まさか凪咲ちゃんが部活に入るとは思わなかったね。アニメなんて興味ないと思ってたし」

「実際なかったよ。付き合ってた頃もアニメの話するとすぐ怒ってたし」

「でもそんな凪咲ちゃんが部活に入ったのはやっぱり太一のことを諦めきれないからなんだろうね」

「言ったろ。僕は凪咲とやり直すきはないって」

「でも、また付いてきてるよ?」


 優愛に言われて振り返ると、また十メートルほど離れた場所で凪咲がついてきていた。

 

「別にいいよ。害はないし」

「お、開き直ったね」

「好きにやらせておくさ。気が済んだら勝手に諦めるだろ」


 そう言ってとりあえず凪咲を無視することにした。凪咲はじっと視線を送ってきているが、僕は気にせず優愛と話す。


「学校でアニメ見るのも案外悪くないな」

「でしょ。あたしの発案に感謝したまへ」

「はいはい。感謝してますよ」


 凪咲が部活に入ってきたのは想定外だったが、それでも凪咲もアニメに興味が湧いたようだった。なら、追い出すのも可哀想だろう。しばらくは様子を見るって感じでいいと思う。勿論、僕とか優愛に害をもたらすなら色々考えるが。現状放置しても問題ないだろう。

 ふと振り返って凪咲を見ると距離が近づいていた。僕は溜め息を吐くと、踵を返す。凪咲のもとに歩み寄ると、ある提案をする。


「一緒に帰るか?」


 凪咲は驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「一緒に帰りたいって言うなら別にいいわよ」


 相変わらずの上から目線。こういうところに嫌気がさしたのだけどと僕が溜め息を吐くと、凪咲は首を横に振って頭を下げてくる。


「違うわ。ごめんなさい……一緒に帰りたいわ」

「そ、そうか」


 やけに素直だ。僕は頷くと優愛のもとに凪咲を連れて戻る。


「というわけで一緒に帰ることになった」

「凪咲ちゃん家の方向違うでしょ」

「いいじゃない。細かいことは気にしないで」

「その代わり僕は送っていったりしないからな」

「わかってるわよ」


 というわけで三人で一緒に帰ることに。尾行されるよりよっぽど精神に優しい状況だ。


「えっと、優愛ちゃん、太一と近い」

「そりゃ幼馴染ですから。小さい時からお風呂も一緒に入った中だよ」

「お風呂……!?」


 凪咲が顔を赤く染める。


「保育園の頃の話だろ」

「まあね」

「羨ましい……」


 僕は凪咲の言葉に耳を疑った。今羨ましいと言ったかこの子。僕と一緒にお風呂に入りたいのか。僕も健全な高校生男子だからそういう妄想はすぐにしてしまうわけだけど、それでも僕は凪咲とはやり直さないと固く心に決めていた。


「あー、太一えっちなこと考えてるっしょ」


 流石は幼馴染。僕の心の変化をいち早く察し、脇腹を小突いてくる。


「えっち……」


 凪咲がそう呟く。最初に言い出したのは君だけどね。

 そんな会話を続けながら歩いていると、すぐに優愛の家に辿り着く。


「それじゃまた明日ね」


 そうして僕と凪咲が取り残される。


「あーもう、わかったよ。送っていくよ」


 僕はそう言うと、踵を返す。


「いいの?」

「こんな時間に女子を一人で帰したら寝覚めが悪いよ」

「ふん、そんなに私と帰りたいのね」


 そう言った凪咲だが、すぐに首を横に振り、「ありがと」と呟いた。


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