第4話

 凪咲と来た道を引き返す。不思議な感覚だった。ついこの間まで一緒に帰っていたのに、凪咲がここまで殊勝な態度を見せるのは珍しかったからだ。


「太一、あのさ」


 凪咲は不意にそう言うと、僕の肩を引いた。


「私とやり直したいなら言ってね。私も考えるから」


 わかっている。これは凪咲なりのアプローチだ。こんな言い方になってしまうのは彼女があまのじゃくだからだろう。だが、僕はそのあまのじゃくな部分にストレスを感じた。


「悪いけど、僕は凪咲とやり直すつもりはないよ」

「そんな……」


 凪咲が泣きそうになる。そこまで責めるつもりはなかったが、そんな顔をされると僕が悪いことをしているように感じる。


「私のこと嫌いになったの?」

「別にそういうわけじゃないけど」


 僕は凪咲が好きだった。元々は僕から告白して付き合うようになったから、好きだったのは間違いない。だけどストレスが僕の基準値を大幅に超えてしまった。それだけだ。


「嫌なんだ。上から目線で話されるのも、自分の気持ちを偽られるのも。一緒にいて凄くストレスだった」


 僕は素直にそう告げる。僕を尾行までした凪咲のことだ。はっきり言わないと伝わらないと思った。

 凪咲は僕の言葉を受けると悲しそうに目を伏せた。


「わかってる。私が素直じゃないってのも、直さなきゃいけないところだってのも。だからもう一度チャンスが欲しい。私素直になるから。自分のこのあまのじゃくな性格直すからもう一回だけチャンスを頂戴」


 凪咲の真剣な表情に、僕は気圧される。


「そんなに僕のこと好きなの? 正直、凪咲は僕のことそこまで好きじゃないと思ってたけど」

「だ、大好きよ。他の人なんて考えられない。ずっと一緒にいたいのは太一よ」


 珍しく凪咲が素直な気持ちを吐露している。

 僕は思案する。正直、凪咲と一緒にいたくないのはあまのじゃくな性格による言動によるところが大きい。凪咲が素直になってくれればと何度考えただろう。僕は凪咲の見た目も好きだし、今でも惜しいと思っている。だけどそれ以上にストレスに耐えかねただけでそこが改善されるのならやり直すのもありかもしれない。

 僕は一つの結論を出し、凪咲に提案する。


「じゃあ今すぐやり直すのは無理だけど、もう一回凪咲とのこと考えるよ。本当に凪咲があまのじゃくな性格を直せるのなら考えてもいい」

「ほんと!?」


 凪咲は目を輝かせて身を乗り出す。

 僕は頷くと、凪咲に微笑みかける。


「僕は普通にできる人なら全然かまわない。あとは凪咲次第だよ」

「わかった」


 凪咲は頷くと、安堵したように胸を撫で下ろした。


「あと、太一ごめんなさい。アニメのことよく知りもしないのに否定して」

「見てみたら印象変わった?」

「ええ。あんなにおもしろいものだとは思わなかったわ」

「なら僕も嬉しいよ。僕も凪咲のリアクションを見るのは楽しいし」


 凪咲が微笑む。そうだ。普通に笑うと凪咲はこんなにも可愛いのだ。久しぶりに元カノの笑顔を見た気がした僕は思わず頬が緩んだ。

 学校まで戻って来た僕たちは、凪咲の家に向かって歩き出す。


「そうだ。もう僕を尾行するのはやめてくれよ。毎回送ってやれるわけじゃないんだから」

「それは……太一と一緒に帰りたいの」


 縋るような目を凪咲が向けてくる。そんな素直な気持ちを凪咲がぶつけてくるのは初めてのことだった。僕は溜め息を吐くと凪咲に言う。


「わかったよ。明日から帰りは家まで送っていくから」

「ほんと!?」

「本当だ。部活も一緒だし、僕の家まで行ってもう一度引き返すことに比べたらマシだろう」

「ありがとう、嬉しいわ」


 素直に喜ぶ凪咲に違和感を覚えながら、僕は微笑んだ。

 凪咲の家は閑静な住宅街にある。商店街の喧騒を抜けて、住宅街に入ると凪咲の家はすぐそこだ。


「ちょっと待って」


 不意に凪咲が僕を引き留めると、商店街の中へ僕を引っ張っていく。そしてソフトクリームのお店の前に並ぶと、僕に耳打ちしてくる。


「今日私と一緒に帰ってくれたお礼」

「別にいいのに」

「私がしたいの」


 素直になった凪咲はこんなにも可愛いのか。僕は思わず凪咲の笑顔にどきりとしながら、顔を逸らす。

 凪咲はソフトクリームを二つ購入するとひとつを僕に手渡してくる。


「ありがとう」


 僕は素直にお礼を言う。ちょうど喉が渇いていたので、喉を潤すソフトクリームはありがたかった。一口舐めると、冷たいクリームが口いっぱいに広がった。


「美味しい」

「良かった」


 凪咲は笑顔でそう言う。そうだよ。僕が彼女に求めていたのはこういう雰囲気だよ。最初からこれなら僕も凪咲と別れようなんて考えなかった。

 ソフトクリームを食べながら歩いていると、凪咲の家の前まで辿り着く。


「送ってくれてありがと。それじゃまた明日」


 そう言って凪咲は僕に背を向ける。家の中に消えていく凪咲の背中を見つめながら、僕は今日起きたことを反芻する。あれは本当に凪咲だったのだろうか。あまりにも可愛い生き物だった。凪咲が本当にあまのじゃくな性格を直してくれるなら、僕はやり直してもいい。強くそう思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る