第27話


私が学校から帰宅すると、家のチャイムが鳴った。玄関のモニターを見ると、スーツ姿の男性が立っていた。


「星波リナさんですね。内閣府特務調査課の者です。少しお話を伺わせていただけますか?」


その肩書きに驚きつつも、リナは男性を家に招き入れた。リビングで向かい合うと、男性――榊と名乗ったその人物は、穏やかな表情で切り出した。


「リナさん、突然の訪問をお許しください。今回お伺いしたのは、あなたの配信がきっかけで少し複雑な事態が発生しているためです。すでにご存じかもしれませんが、SNSやメディアであなたとお兄さんに関する情報が拡散され、大きな注目を浴びていますね」


「……はい。でも、それって私が悪いんですか?」


「いえ、決してそのようなことはありません。むしろ、あなたの配信は非常に素晴らしいもので、私たち政府も感心しています。ただ、その中で映ったお兄さん――星波レンさんの存在が、国内外で大きな議論を呼んでいるのは事実です」


リナは少し不安げに眉を寄せた。


「お兄ちゃんが、どうしてそんなに注目されてるんですか?」


榊さんは一瞬躊躇しながらも、静かに言葉を続けた。


「実は、レンさんは政府の特別な任務を担ってきた人物です。彼の存在や活動内容はこれまで秘匿されてきましたが、今回の配信でその一部が明るみに出たことで、国民や国際社会から多くの疑問が投げかけられています」


「お兄ちゃんが……」


「私たちとしては、この状況をただのスキャンダルや問題として終わらせるのではなく、むしろレンさんを公的な存在として認知し、日本の未来に貢献していただけるよう、前向きな形で整理したいと考えています。そのために、リナさんのお力をお借りしたいのです」


「私の力……?」


「はい。あなたの配信はすでに多くの人に注目されています。その影響力を活かして、レンさんがこれまで果たしてきた役割を国民に正しく伝える架け橋となっていただきたいのです」


その話に私は驚き、戸惑った。


「でも、私はただの高校生、それも趣味で配信してる程度で、お兄ちゃんの仕事のことも詳しく知らないですし……私にできることなんて……」


彼は優しく微笑んだ。


「リナさんの素直さと親しみやすさが、私たちにとって何よりの力になるんです。難しい説明や専門的な知識は必要ありません。ただ、お兄さんがどういう人かを、あなた自身の言葉で伝えてほしいんです」


「でも、そんなことしたら、お兄ちゃんに迷惑がかかるんじゃ……。そもそも、お兄ちゃんはこんな注目されるの、きっと嫌だと思います」


彼の表情が一瞬引き締まる。


「確かに、レンさんはこれまで表舞台に立つことを避けてきました。しかし、彼自身も今回の事態を無視することはできないはずです。そして何より、今この瞬間にも、レンさんがどれほど重要な存在であるかを正しく伝えなければ、憶測や誤解だけが広がり、さらに混乱を招くでしょう。それはレンさん自身にも不利益をもたらします」


彼は続けた。


「リナさん、あなたはお兄さんのためにも、この状況を一緒に乗り越える勇気を持っていただきたいのです。政府も全面的にサポートします。あなたにとっても、お兄さんにとっても、これは決して悪い話ではありません」


その言葉に心が揺らいだ。


「そして、これが一番重要なことですが……レンさんの真実を正しく伝えられるのは、あなたしかいないんです。血の繋がった家族であり、配信者としての信頼を得ているリナさんだからこそ、国民の心を動かせるんです」


私はうつむき、しばらくの間、榊さんの言葉を反芻していた。お兄ちゃんのことを守りたい気持ちと、突然の依頼への戸惑いが胸の中でぶつかり合っていた。しかし、ふと兄が送ってきたメッセージの言葉が蘇る。


『お前に迷惑をかけたなら悪い。落ち着いたら話すよ』


お兄ちゃんが自分のことを心配しているなら、自分にもできることがあるはず――そう思うと、私は顔を上げた。


「……私にできるかわかりません。でも、お兄ちゃんのためなら、やってみます」


榊さんは満足げに頷いた。


「ありがとうございます、リナさん。その決断が、あなた自身とお兄さん、そしてこの国を守る第一歩になるはずです」


こうして、私は政府と共に兄を公の舞台に引き上げる計画に関わることを決めた。



その夜、玄関の鍵が静かに回る音がした。私は食卓に座り、政府との話し合いの余韻に浸っていた。振り返ると、そこには疲れた表情の兄が立っていた。


「お兄ちゃん、おかえり!」


私の声に、兄は微かに微笑んだものの、すぐにソファへ腰を下ろした。その顔には緊張の色が浮かんでいる。


「政府の奴らが来たんだろ?」


私は少し驚いて、頷いた。


「うん。お兄ちゃんのこと、もう隠し通せないって……それで私に協力してほしいって言われた」


兄は黙って聞いていたが、目を閉じて深く息をついた。


「そうか……やっぱり、そうなるよな」


「お兄ちゃん、知ってたの?」


「大体の流れは予想してた。あの配信に気付いた時点で、俺の立場が公になるのは時間の問題だったからな」


私は少し躊躇いながらも、政府の提案を兄に伝えた。


「政府は、お兄ちゃんを表舞台に出すことが一番いい方法だって言ってる。でも、それが本当にお兄ちゃんにとっていいことなのかわからない……」


兄はしばらく黙り込んでいたが、やがて低い声で口を開いた。


「俺は、ずっと影で動く方が性に合ってた。表に出るのは好きじゃないし、注目を浴びるなんてなおさらだ。でも……」


兄は私の顔をじっと見つめた。


「お前がこの騒動に巻き込まれてる以上、俺だけが逃げるわけにはいかない。お前に迷惑をかけた責任は取らなきゃならないからな」


私は兄の言葉に涙が零れそうになった。


「でも、政府が言うように、お兄ちゃんが公になることで、もっと注目されちゃうよ?それに、お兄ちゃんはずっと日本にいなかったんだし、いまさら政府の都合の良い様にされる必要はないんじゃないの?」


兄は少し微笑んだ。


「リナは優しいな。でも、現実はそう甘くない。この状況を放置すれば、俺たちだけじゃなく、国全体に迷惑がかかる可能性もある。……それに、あの時一緒に行動してたアメリカ軍の連中も、ただの観光客じゃない。俺たちの行動が誤解されれば、国際問題に発展するかもしれないんだ」


私は言葉を失った。兄が背負っている責任の重さを、初めて実感した。


「政府からの提案、俺も受けるべきだと思う。ただし、条件がある」


兄の声には、いつもの冷静さとは異なる決意が込められていた。


「条件?」


「俺が表に出るのは構わないが、俺の任務内容を全部公開させるわけにはいかない。そうすれば、リナの安全が脅かされるリスクが高くなる。政府には、その辺りの管理を徹底してもらうよう交渉するつもりだ」


私は兄の覚悟を感じ取り、ゆっくりと頷いた。


「わかった……私も協力するよ。政府の人たちも、私の配信を通じてお兄ちゃんのことを正しく伝えてほしいって言ってたし……私なりにできることをやってみる」


兄は少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。


「お前がそう言ってくれるなら心強いな。俺たち兄妹で、乗り越えていこう」


翌日、私と兄は政府の高官たちとの会合に臨んだ。会場は特務調査課の会議室。重厚な雰囲気の中、榊さんが私達を迎えてくれた。


「レンさん、リナさん。お越しいただきありがとうございます。特にレンさんが協力を快諾してくださったこと、感謝します」


兄は静かに頷いた。


「条件は聞いている。俺が表に出ること自体は構わないが、任務や機密情報に触れる部分は絶対に守らせてもらう」


榊さんも真剣な表情で答えた。


「もちろんです。我々もその点は最大限配慮します。ただ、国民に信頼を得るためには、ある程度の情報公開が必要です。具体的には、あなたのシーカーとしての経歴や実績を中心に、一般的な範囲での発信を考えています」


私が不安そうな表情を浮かべる中、兄は冷静に言葉を続けた。


「なら、リナを中心に話を進める形にしてほしい。俺の顔ばかりが前に出ると、逆に国民は警戒するだろう。俺を特別扱いせず、リナの目線で伝える方が、自然に受け入れられるはずだ」


榊さんはその提案に一瞬考え込んだ後、笑顔を浮かべて答えた。


「さすがですね。その案で進めさせていただきます」


こうして、私と兄は政府と協力しながら、注目の的となった事態に正面から向き合うことを決めた。






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