第28話


翌日、学校から帰って来た私は兄と配信事務所に向かっていた。メディアに出るのであれば事務所の許可が必要だからだ。


私はいつものようにカジュアルな服装で、隣を歩く兄は、普段のアウトドアな装備ではなく、きっちりとしたスーツ姿。髪も整え、何時もつけてるマスクや伊達眼鏡も外し素顔丸出しだ。そのスーツに身を包んだ兄の姿は、道行く人々の視線を引きつけてやまない。


「……お兄ちゃん、歩くだけで注目浴びてるんだけど」


「俺はただ歩いてるだけだぞ」


「いや、絶対に顔が原因だってば……」


兄は眉をしかめる。スーツを着た兄の姿は妹の私から見ても整った顔立ちは否応なく目立つ。鋭い目元に彫りの深い輪郭、そして長身にぴったりとフィットする仕立ての良いスーツが、彼の存在感を一層際立たせていた。


兄の容姿は「ただのイケメン」という言葉では片付けられないほどの圧倒的なものだ。事務所のエントランスを通り過ぎるたび、スタッフや他の配信者たちの視線が釘付けになったのは言うまでもない。


「リナちゃん!」


事務所の私担当のマネージャーである村瀬さんが会議室から顔を出し、二人を出迎えた。


「そして、初めまして。お兄さんですね?」


兄が軽く頭を下げると、村瀬さんは目を丸くした。


「……すんごいイケメンですね。直視できないですよ」


兄は思わずため息をついた。


「ほらね、こういう反応されるんだよ」


「俺が悪いのか?」


兄が少しだけ困ったように呟く。


その後、会議室に通された私達。村瀬さんが手早く用意した飲み物を差し出しながら口を開いた。


「今回の件、リナちゃんの配信がこれだけ注目されていること自体は事務所にとっても悪い話ではありません。ただ、規模が大きすぎてコントロールが難しくなっています。特に、政府絡みの内容が含まれている以上、慎重に動く必要がありますね」


兄が椅子に腰を下ろし、静かに頷いた。その仕草ひとつひとつが洗練されていて、村瀬も一瞬視線を奪われたようだった。


「俺のせいで騒ぎが大きくなり、リナや事務所に迷惑をかけていることは承知しています。事情を説明し、少しでも助けになれればと思い、今日ここに来ました」


兄の低く穏やかな声が部屋に響く。村瀬さんはその真剣な態度に感心しつつも、慎重な表情を崩さなかった。


「ありがとうございます。政府側と話は進められているようですが、具体的にはどういった形で協力を進めるつもりですか?」


兄は視線を私に向け、少しだけ微笑んでから説明を始めた。


「政府からは、俺の存在を公にし、今回の混乱を収めるための材料として使いたいという話がありました。ただ、俺個人が前面に出るのではなく、リナの配信を通じて自然に情報を発信する形が望ましいという方向です」


「なるほど……」


村瀬さんは頷き、腕を組んだ。


「リナちゃんの配信を介して、お兄さんの情報を伝える、と。ただ、その場合、リスナーたちからの信頼を損なわないためにも、彼女の配信スタイルを大きく変えないことが大切です」


私が不安げに口を挟む。


「それがちょっと心配なんです。リスナーさんたちにはいつも通りの私を見てほしいし、政府の宣伝みたいになるのは避けたいから……」


村瀬さんは微笑み、優しい口調で答えた。


「大丈夫。リナちゃんの魅力を活かしながら、お兄さんの凄さも自然に伝える形を考えよう。例えば、お兄さんとダンジョンでのコラボ配信の特別企画をやるのはどうかな?」


私はその提案に興味津々で兄を見つめた。


「それ、良いかも!お兄ちゃん、どう?」


兄は少し考えた後、静かに頷いた。


「俺としても、それでいい。ダンジョンのことなら質問にも答えやすいし、リナが進行してくれるならやりやすい。だが、政府が納得するかはわからない」


「政府は何とか説得してみます。――よし、これで方向性は決まった。政府とも連携を取りつつ、慎重に進めていこう。リナちゃん、お兄さん、少し忙しくなるけど、頑張ってくれるかな?」


村瀬さんは満足そうに頷きながら言った。


会議を終え、事務所を出た私達は、夕暮れの街を歩いていた。周囲の人々が振り返るのは相変わらずで、私は苦笑するしかなかった。


「お兄ちゃん、歩いてるだけで人を振り返らせるの、すごい才能だよね」


「リナも十分目立ってるだろう」


私は少し苦笑いをして真剣な眼差しで兄を見つめる。


「……でも、本当にやるんだね。お兄ちゃんとコラボ配信なんて、私もまだ信じられないけど……一緒なら、きっと大丈夫だよね」


兄は軽く笑って私の頭をぽんと叩いた。


「ああ、二人でやれば何とかなるさ。俺がいる限り、誰にもお前を傷つけさせないから安心しろ」


私はその言葉に心が軽くなるのを感じた。家族として、そしてパートナーとして、新しい舞台に足を踏み入れる気分だ。




翌週の休日、政府からの了解が得たことで、まず記者会見では無く、先に兄を配信し、混乱を飽和させる案として政府から許可が下りた。


政府関連のことやダンジョンの詳しい内容は後日に記者会見で発表することになるので、その事は詳しく言わないとのことだった。


私達が配信事務所に行くと緊張感が漂っていた。今回は政府と事務所合同の配信チームが作られ、その人達があわただしく準備を進める中、私は控え室で兄と共に待機していた。


「リナ、最初の進行はお前に任せるよ。俺はできるだけ自然に振る舞うつもりだ」


「うん、大丈夫。お兄ちゃんがただそこにいるだけで視聴者の注目は全部持っていかれるから、私がちゃんとコントロールしないとね」


私は半分冗談めかして言ったが、その表情にはいつもの明るさの中に、どこか緊張の影が見え隠れしていた。兄はそんな私を横目で見ながら、静かに微笑んだ。


「お前の配信だからな。俺は脇役で十分だよ」


「でも、今日は特別だからね。お兄ちゃんファン急増間違いなしだよ!」


私は軽く拳を握って意気込んだ。それから暫くして配信ルームの準備が整ったので配信スタートとなった。


「みなさん、こんにちは!今日は雑談配信となるので事務所からです!そして、特別なゲストをお迎えしています!」


リナの声が響くと同時に、配信画面にはいつもの背景と彼女の明るい笑顔が映し出された。コメント欄には早速「待ってた!」「今日は事務所から?」「今日の特別ゲストって誰?もしかして……」といった書き込みが次々と流れていく。


混乱を避ける為に兄の出演は事前に伝えていない。


「さて、みなさんが気になってるあの方をお呼びしますね――私のお兄ちゃん、レンさんです!」


カメラが切り替わり、レンが画面に登場した瞬間、コメント欄は爆発したように埋め尽くされた。


『え、イケメンすぎるんだけど!!!』

『これは兄妹揃って美形とか反則!』

『この兄ちゃん、本当に人間?造形美すぎる!!』


スーツ姿の兄は、軽くカメラに向かって頭を下げた後、少し照れくさそうに微笑んだ。その笑顔一つで、さらにコメント欄は加速する。


「こんにちは。レンです。今日は妹のお願いで少しお話しさせてもらいます」


その低く落ち着いた声が流れると、視聴者たちはますます魅了されていった。


私は視聴者の興奮を少し落ち着かせるために、話題を進めた。


「さて、お兄ちゃん、みんなも気になってるけど、普段は何をしてるのか教えてくれる?」


兄は少し考えてから答えた。


「俺の仕事はシーカーとしてダンジョンの探索をしていることだ。主に特殊な依頼や、危険度の高い場所を担当してる」


『それって、やっぱりエリートシーカーってやつだよね?』


私が言うと、コメント欄は再び湧き上がる。


『やっぱりエリートかよ!』


『アメリカ軍と一緒だったってことの関係は?』


『何者なのこの兄は……』


『まあ、詳しいことはここでは言う事はできない。だがその詳しいことは政府から後日発表する予定だ。そして今回の配信ではダンジョンの状況や裏話を少し話せたらと思ってる』


兄が穏やかに答えると、視聴者たちの興味はさらに高まった。


私は時折自分らしい明るいコメントを挟み、配信の空気を和ませていた。


配信の終わりが近づくと、私はカメラに向かって笑顔で話した。


「今日は特別ゲストとして、私のお兄ちゃん、レンさんをお招きしました!今度はダンジョンでの生配信をしていけたらと思ってます!」


兄も最後に一言加えた。


「今日はありがとう。その時はまたよろしく頼む」


配信が終了すると同時に、私は大きく息を吐いた。


「ふぅ、なんとか終わったね」


「お疲れさん。よくやったな」


兄が頭を軽く撫でると、私は恥ずかしそうに笑った。


翌日、SNSでは兄の素顔が大きな話題になっていた。兄のダンジョンでの話や、私との兄妹エピソードが切り抜き動画として広まり、ますます注目を集めることとなった。


一方、政府からも連絡があり、次の展開についての打ち合わせが進められることになった。







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