第26話 政府内部の動き
内閣府特務調査課の会議室。
中央のホロディスには、拡散される配信映像とSNSの投稿、さらには国際メディアの報道がリアルタイムで映し出されている。星波リナの配信で映り込んだ兄・星波レンとアメリカ軍部隊の姿が、各方面に衝撃を与えているのが一目瞭然だ。
「……これはまずい。あの男が表に出てしまったか」
課長の重々しい声が会議室に響く。官僚たちは誰も言葉を発さない。
「星波レンの存在は、政府の極秘案件のはずでした。なぜここまで簡単に露呈したんでしょうか?」
若い官僚が恐る恐る口を開いた。
「『簡単に』だと?」
課長が鋭く睨む。
「あの男が本気で姿を隠していたからこそ、ここまで抑えられてきたんだ。問題は妹が彼を引っ張り出したことだ。星波リナ……彼女の配信がこんな事態を招くとは想定外だった」
「しかし、課長」
別の官僚が手元のデータをスクロールしながら言う。
「彼の記録は完全に抹消されているはずです。星波レンの名前も、ライセンスも、国内外のシーカー名簿には一切登録されていません。それどころか、彼が存在していた痕跡そのものがないように処理されている。この状況で一般市民があそこまで情報をつかむとは……」
「だから言っただろう、問題は妹だと!」
課長が机を叩く。
「リナは彼が誰であるかを深く理解していない。ただの家族として無邪気に彼の姿を晒してしまった。それが結果として、長年隠してきた情報を炙り出してしまったんだ!」
星波レン――政府の隠された駒
会議室に沈黙が降りた。誰もがその名の重みを感じている。
星波レン。彼は政府が日本が拉致被害から保護したこととされてはいるが、その高い能力を時には利用してきた「影のシーカー」だった。表向きには存在しないことになっているが、その実力は政府内の一部の人間だけが知るところであり、ダンジョン危機や問題解決のために動員されてきた。
「レンが姿を現すことで、我々の立場が危うくなる。彼はアメリカダンジョン任務に関与していた。その記録がどこかで発覚すれば、日本だけでなく他国との関係にも大きなひびが入るだろう」
「特に、今回のアメリカ軍との連携は……非常にデリケートです。彼らとの合同任務は国際的な秘密協定に基づくものですからね」
「いや、それだけではない」
課長が苦い表情を浮かべた。
「レンはただのシーカーではない。彼が持つ能力――特殊な資質が問題だ」
部屋の空気が一層張り詰める。その能力については、政府内でも限られた人間しか知らされていない。
「課長、掲示板やSNSでの噂はもう手に負えません」
別の官僚が焦りを滲ませた声で報告する。
「『日本の政府がレンを隠していた』とまで言われ始めています。しかも、アメリカ軍がダンジョン内で確認されたことから、『日本政府が裏取引をしている』という陰謀論が広がっています」
「星波レンの存在が明るみに出るだけでも爆弾なのに、アメリカ軍まで絡むとは……。一歩間違えば国際問題どころか、政権崩壊に繋がりかねん」
「では、どう対応しますか?」
内閣府特務調査課の会議室では、再び重い空気が漂っていた。しかし、先ほどとは違う緊張感が場を支配している。課長は深い皺を寄せた顔で会議室を見渡し、ついに口を開いた。
「……諸君、隠蔽はもう限界だ。この状況で、レンを完全に隠し続けるのは不可能だろう」
周囲がざわついた。
「しかし課長、それでは……!」
若手の官僚が声を上げる。
「彼を表に出すなど、リスクが高すぎます!政府が彼の存在を隠していた事実が明るみに出れば、我々が非難されるのは避けられません!」
「だが、隠し通した場合のリスクの方が大きい」
課長はホロディスに映し出された膨大なSNS投稿と拡散された配信映像を指差す。
「国民も、国際社会も、すでにレンの存在に気づき始めている。ここで下手に隠し続ければ、政府への信頼は地に落ちるだろう。それに……レンを表に出すことで得られるものもある」
課長の言葉に、年配の官僚が頷きながら口を開いた。
「課長の仰る通りです。レンの存在は、ただの隠し玉ではありません。彼の経歴、能力、そして実績――それらをうまく使えば、彼自身が日本の『武器』になる」
「武器……ですか?」
若い官僚が不安げに尋ねる。
「そうだ。彼はおそらく、世界でも数少ないSランクを超える存在、言わば『トップ・シーカー』と呼べる人物だ。そして、彼がこれまで裏で遂行してきた任務の成果は、日本政府が誇るべきものだ。その彼が正式に表舞台に立つことで、国内外への影響力は計り知れない」
課長は続けた。
「まず、国内ではダンジョン産業に対する信頼と期待が高まる。レンの存在を通じて、日本がどれだけ優れたシーカーを育成し、国際的な競争力を持っているかをアピールできる。さらに、レンを『国家公認シーカー』として認定することで、政府がダンジョン攻略に積極的であることを示す証明にもなる」
一息つけて話を続ける。
「加えて、レンをアメリカ軍との共同任務の『象徴』として位置付ければ、国際社会との信頼関係も強化できる。今回の事件は問題である反面、日米協力の実績をアピールする好機でもある」
別の官僚が発言する。
「確かに……アメリカ軍との連携が話題となる中で、レンの存在を公式に認めることは、むしろ『国際的な協力の成功例』として利用できるかもしれませんね」
「その通りだ」
課長は頷いた。
「特にアメリカ側は、我々と同じく情報漏洩を懸念している。だが、今回の事態をうまくまとめれば、彼らも表立って反発することはできないだろう」
課長はスライドを操作し、新たなホロディス映像を映し出した。それは、星波レンを「国家公認シーカー」として発表するための計画案だった。
「まず、レン本人に接触し、正式な公認シーカーとして登録させる。そして、今回の配信に関連する疑惑については『日米合同ダンジョン研究プロジェクト』として再編し、公式声明を発表する。これにより、国民の疑念を払拭し、彼の存在を日本の誇りとして位置づける」
「さらに、彼の妹であるリナを巻き込むことで、若者層への影響力も狙う。リナの配信を利用して、レンのこれまでの功績やダンジョン攻略の裏側を伝えるコンテンツを制作する。この一件で有名になった彼女自身も人気があるため、影響力は十分だ」
だが、ある官僚が疑問を投げかけた。
「課長、それでも一つ問題が残ります。レン本人がこの計画に協力するかどうか……彼はこれまで、日本政府の命令に従うよりも、アメリカの命令で動いてきた人物です。我々の計画に納得するとは限りません」
課長は短く笑い、冷静な表情で答えた。
「だからこそ、リナが鍵を握る。彼女を通じて説得を試みる。それでも難しい場合は、妹の安全を担保にするしかないだろう。レンにとって最も大切なのは、妹であることは明白だ」
部屋に再び静寂が訪れる。課長の言葉が暗に示す覚悟に、誰も反論できなかった。
「星波レンを表舞台に――これが我々の最終決断だ。この計画を成功させるため、全員が最善を尽くせ」
政府はこうして、隠してきた「影」を日の下に引きずり出す道を選んだ。その裏には、リスクと期待、そして複雑な思惑が渦巻いていた。
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