配信者の妹②

第23話



軍車両の中、家に帰る道すがら隣に座るお兄が、優しい表情で私を見守ってくれる。その視線だけで、不思議と安心感に包まれる。配信の緊張、ダンジョンでの出来事――そんな色々なことが心に影を落としていたけれど、隣にお兄がいるだけでその重さがふっと軽くなった気がする。


窓の外をぼんやり眺めながら、気づくと瞼が重くなっていた。眠気に負けそうな私に気づいたのか、兄がふっと小さく笑みを零したのが見えた。


兄と再び一緒に暮らし始めて、まだ1年も経たない。あの時、久々に会った兄は、記憶の中にいる「お兄ちゃん」とはまるで違っていた。見た目も、雰囲気も、すべてが変わっていたのに――それでも、こうして優しく微笑むその顔だけは、やっぱり私のお兄ちゃんだった。


車が家に到着し、兄と一緒に玄関をくぐる。昔はただ静かで広く感じた家も、兄がいると不思議と温かく感じられる。


「今日の食事はバイオサプリで済ませるよ。リナも疲れただろうし、ネストに作らせるか、デリバリーで頼むといい」


兄は肩に優しく手を置きながら言った。その手の温もりに、どっと肩の力が抜ける気がする。


「うん、ありがとう。お兄ちゃんも疲れたでしょ?ゆっくり休んでね」


「わかった。リナも明日は学校だし、ちゃんと休めよ」


そう言い残し、兄はネストから適切なバイオサプリを受け取って自分の部屋へ向かった。


私も自室で着替えを済ませ、ネストに作ってもらった軽食を取る。シャワーを浴びた後、ベッドに横たわると、すぐに心地良い眠気に包まれた。


翌朝、目が覚めると、部屋は静まり返っていた。時計を見ると少し寝坊気味。けれど、ダンジョンでの疲れをしっかりと癒せたおかげで気分は悪くない。カーテンを開けると冷たい空気とともに明るい日差しが差し込む。昨日は怖い出来事があったけれど、こうしてまた普通の朝を迎えられる幸せを感じた。


リビングに降りると、すでに朝食が整っていたが、兄の姿は見当たらない。どうやら早朝に出かけたらしい。食卓のデバイスに兄からの短いメッセージが残されていた。


『今日は仕事が長引きそうだ。帰りが遅くなるけど、心配するなよ。学校がんばれ』


その一言に、思わず笑みが零れる。兄の何気ない言葉のひとつひとつが、私には心強く感じられる。


「ありがとう、お兄ちゃん」


そう心の中で呟き、朝食を済ませると学校に向かう準備を始めた。


学校に着くと、友達のサヤが目を輝かせながら駆け寄ってきた。


「リナ、昨日の配信すごかったね!途中でお兄さんが出てきたって聞いてびっくりした!」


「う、うん。サヤも見てたんだ……」


友達の勢いに押され、少し戸惑いながら答える。


「それにしても、リナのお兄ちゃん、超カッコよかった!画像とかないの?」


「ない、ない!あっても見せるわけないでしょ」


顔が熱くなるのを感じながら慌てて否定する。サヤが褒めるたびに、なんだか私まで照れくさくなってしまう。


「そっかー、残念。今度紹介してねっ!」


「う、うん。機会があったらね」


授業が始まると、普段の学校生活が戻ってきた。けれども、授業中もふと昨日の出来事が頭をよぎり、ノートに手を動かしながらも気が散ることがあった。昼休みには友達がまた寄ってきて、昨日の配信についてさらに話題を広げた。


「ねえリナ、正直言うと昨日の配信、視聴者数が伸びたんじゃない?」


「うん、ちょっとね。でも兄の助けがなかったら大変なことになってたかも。マネージャーにも相手せずにすぐに逃げるようにって、怒られちゃったしね」


家に帰ってすぐにマネージャーから連絡があって散々に説教されちゃった。


「だよねー!でもリナって、普段はクールなタイプだと思ってたけど、お兄さんと話してる時すっごくかわいかった!」


「そ、そうかな……? まぁ、兄は頼りになるところもあるし、ホっとしてたのかも」


その言葉を口にしながらも、兄のことを思い浮かべ、そんな顔してたのかと思うと少し恥ずかしくなり、また少しだけ顔が熱くなる自分を感じていた。


授業が終わり、友達と笑い合いながら学校を後にする。けれども、友達と別れて一人になった途端、昨日の出来事や兄の言葉が頭に浮かび、なんとなく心が温かくなる。


そんな穏やかな気持ちで歩いていると、遠くから聞き覚えのある声が響いた。


「おーい、リナ!」


その声にハッとしながらも、足を速める。振り返らずとも分かる――高橋だ。


「ちょっと待てって!そんなに急いでどこ行くんだよ!」


高橋はいつもの軽い調子で声をかけてくる。振り返ると、相変わらず自己満足げな笑みを浮かべているその顔が目に入り、思わずため息をついた。


「何の用?」


「別に大した用はないけどさ、話したいことがあって!」


話したいことがあるなら、せめてもう少しまともな切り出し方をすればいいのに――そんなことを考えながら、高橋をじっと見つめる。


私はこの高橋って同級生が苦手だ。嫌悪しているって言ってもいい。学校でも結構モテるらしいが、それを自覚しているのか自己主張が激しく何かと私に絡んでくる。


「聞けよ。俺、もうすぐシーカーとして活動するんだぜ!こないだの試験、トップクラスだったし、俺ならすぐエリートになれるって言われたんだ!」


彼の自信満々な口調に、思わず呆れる。


「へえ、そうなんだ。それで?」


「もっと反応してくれよな!お前の兄貴だってエリートシーカーだろ?俺だってすぐに追いつくぜ!」


その言葉に、思わず小さく笑ってしまう。どうやら昨日の配信を見たらしい。兄に対抗心を燃やしているのが見え見えだ。


「ごめんだけど、無理だと思うよ」


「おいおい、なんでだよ!俺なら余裕だろ?」


「ふぅん。まぁがんばって。まぁ私には関係ないけど」


理由を伝えるのも面倒だったので冷たく言い放つと、高橋はムッとした表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔を取り戻して言葉を続けた。


「まあいいさ。すぐに証明してみせるから、覚悟しとけよ!」


彼の言葉を適当に聞き流し、私は再び歩き出した。背後からまだ何か言っている声が聞こえたけれど、振り返る気にもなれない。


家に着くと、室内は静まり返っていた。兄の不在がいつもより少し寂しく感じる。リビングのデバイスを見ると、新しいメッセージが届いていた。


『リナ、もう帰ったか?今日はかなり遅くまで仕事が終わらない。でも、何かあったらすぐに連絡しろよ』


その短いメッセージに、兄の優しさが滲み出ているようで、思わず微笑む。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


小さく呟き、学校の課題に取り掛かるため、自分の部屋に向かった。


窓の外を見ると、夜空に星が輝いている。兄の不在を感じながらも、胸の中には兄がいるという安心感がある。


「早く帰ってきてね、お兄ちゃん」


そんな独り言を呟いて、私は課題を終え、ベッドに潜り込んだ。


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