第24話
翌朝、学校に向かう途中、私はいつもと違う雰囲気に気がついた。
住宅街を抜ける道すがら、たまたま通りすがる生徒たちの視線が自分に向けられている気がしてならない。視線は一瞬、でも確かに刺さるようだった。背筋がざわつき、不安が胸を締め付ける。
校門をくぐると、その違和感は確信に変わった。
まるで自分の存在が周囲に溶け込まず、浮き上がっているかのようだった。すれ違う生徒たちの視線を感じるたび、私の足取りは無意識に早まる。
背後から、小さな声で交わされる会話が耳に届く。
「彼女だよね、あの配信……」
「え、マジ? じゃあ、あの人が噂の……?」
「そそ」
――何のこと?
リナは動揺を隠しながらも、表情を作り急ぎ足で教室へ向かった。見知らぬ誰かの視線を背中に感じながら、冷や汗が頬を伝う。
教室に入ると、いつもなら当たり前に感じる空気が違っていた。
ざわざわとした雰囲気の中、友人のサヤが真っ先に駆け寄ってきた。
「リナ、大変だよ! 前の配信がすごいことになってる!」
「えっ……どういう意味?」
サヤは無言で手のひらサイズのデバイスを操作し、
切り抜き映像やリプレイ動画も次々に映し出される。その中でも特に注目を集めているのは、兄がアメリカ軍の一団と会話している場面だった。
「これが……何なの?」
私は思わず画面に手を伸ばし、拡大した動画を見つめる。その場面には私もいるし、その時のことも当然に覚えている。だけど、ただ話してるだけで何故そこまで騒がれるのか意味がわからない。
しかし、コメント欄は炎上という言葉でも表現しきれないほどの盛り上がりだった。その内容を目で追って読んでみる。
『日本のダンジョンでアメリカ軍が確認された記録なんてないけど、これどういうこと?』
確認された記憶がない?そういえば、車両自体は時々ダンジョン内部でみかける日本の国旗のついた軍車両だった。
『そもそもどうやって入った?あの規模で気づかれないなんて無理だろ』
確かに、日本国籍なら入れるけど、他国の人は入れなかったはず。
幾ら政府関係であろうと記録に残るし、何より常に人が行き交う場所での人の目は避けられない。
『日本のダンジョンとアメリカのダンジョンが繋がってるとか?』
世界にある塔の中は全て寸分違わず同じだと教科書には書いてあったけど、繋がってるなんて事実は聞いたこともない。
『もし本当なら、これって国際問題じゃないの?』
確かに、実際に黙って入ってるなら問題だし、日本が承諾しているなら、その事実を秘密にしているってことになるよね。
『一緒にいた日本人って誰? 』
『リナの兄って、ただのシーカーじゃないよな』
お兄ちゃんって普通のシーカーじゃないの?
そんな疑問が頭を過る。
他にざっと眺めただけでも、憶測や批判が飛び交い、どんどん話が大きくなっている。アメリカ軍が日本のダンジョンに入ったという点と、兄の存在が謎の中心に据えられているのが明白だった。
「リナ、これのこと知ってた?」
サヤの問いに、私は首を振るだけだった。あのときの配信がこんな騒ぎを引き起こすとは夢にも思っていなかった。
「ううん……全然。こんなことになってるなんて想像もしてなかった……」
昼休み、私は友人たちとカフェテリアに向かったが、普段なら気楽に楽しめるこの場所も、今日は違った。テーブルに座るとすぐ、周囲からの視線を強く感じる。囁かれる声が徐々に近づいてくる。
「ねえ、あれ星波リナじゃない?」
「そう、あの配信に出てた……」
「アメリカ軍のこと知ってるのかな?」
私は無理に笑顔を作り、トレーの上のサンドイッチを手に取ったが、食べる気にはなれなかった。友人たちも気まずそうに目を合わせる。
「リナ、大丈夫?」
「……うん、平気」
何とか言葉を絞り出し、飲み込む。しかし、その場にいるだけで視線や言葉が自分に向けられる感覚に耐えられなくなり、私は先に席を立つことにした。
午後の授業では、さらに状況が悪化していた。教師が黒板に書く内容よりも、教室の後ろから聞こえるひそひそ話の方が耳に入ってきてしまう。
「お兄さんって、普通のシーカーじゃないよね?」
「普通のシーカーがアメリカ軍と一緒に行動するわけないでしょ」
「それ、Sランクとかじゃない? もしかして、すごい人なんじゃないの?」
兄が何者なのかを推測する声に、私は机に顔を伏せたくなった。視線が刺さる。自分が配信者だから注目されるのは慣れているが、家族を巻き込む形でこんな風に広がるのは耐えがたかった。
授業が終わると、別のクラスの生徒たちが教室に押しかけてきた。
「リナさん、昨日の配信見たよ! お兄さんってどんな人?」
「アメリカ軍と一緒だったの、本当?」
「詳しい話、教えて!」
怒涛の質問攻めに私は圧倒される。適当にかわすしかない。
「えっと……兄の仕事のことは詳しく知らなくて……」
その場を切り抜けることはできたが、気持ちは消耗しきっていた。
家に帰ると、私は疲れ果てた体をソファに沈めた。頭の中で今日一日がぐるぐると反芻される。誰かの視線、囁き声、押し寄せる質問。すべてが頭痛の原因だった。
ふと、リビングのデバイスに届いた通知に気づく。兄からのメッセージだった。
『今日、大丈夫だったか?お前に迷惑かけたなら悪い。最近はその件で国に呼び出されて遅くなっている。落ち着いたら全て話すよ。無理しないようにな』
その一文に、私は思わず笑みを浮かべた。兄が常に自分を気にかけているのはわかっている。それでも、今の状況は兄にも大きな負担をかけているはずだ。
「……本当に、なんでこんなことになっちゃったんだろう」
呟きながら、私はソファに顔を埋めた。
まだこの騒ぎは続くだろう――それでも、自分にとって兄はただの家族で、かけがえのない存在であることには変わりなかった。
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