第9話



塔の最下層への帰還した俺の頭の中には不安と期待が交錯していた。なぜ今さら戻されるのか、理由が分からなかったからだ。

ネガティブな思考が先走るが、逆に既に考えることすら放棄していたポジティブな思考も少なからず頭に過る。もしかしたら、もう上らなくても良いのかとか、解放されるのだろうか、とか。


塔の最下層に到着すると、すでに見慣れた監視役の存在があった。奴らは俺たちを待っていたが、表情はいつもとは異なり、緊張感に満ちていた。


暫くすると、門の外からリーダーと思われる、あのクソったれが俺たちに近づき、低い声で命令を伝えた。

『お前たちは特別な任務に就くことになる』その言葉に俺の頭の中にあった僅かにな希望が砕け散った。やはり淡い期待なんて期待するものじゃない。最悪な気分だ。


その特別な任務とは、20階層のデータを収集し、21階層の入口を見つけてくることだった。やる事は変わらない。何を今更にとは疑問も残ったが、口答えする程に俺もバカじゃない。


その後に聞かされた言葉が俺を絶望へと追いやった。


監視が出来ないから俺達の首に自爆装置を着ける、その為に呼び戻したからだ。数日に一度は19階層の監視役奴隷に報告を行い、来なかった場合は自爆させるとの事だった。それは実質上、死の宣告だ。


それを聞いた瞬間、俺は絶望よりも先に、逃げるしかない、との決心がついた。逃げ出すにはあの門を潜る他に方法は無く困難だと思ってはいたが、『死ね』と言われた今ならその決心も付く。ヨハンを見ると俺と同じ考えだったらしい。決意が籠った目で俺を見て無言の合意を交わした。俺たちには何度も逃げる為にはどうするかと、よく話合っていたからだ。


階層から降りる事が出来なかったので半場諦めていたが、今はその外への門が目の前にある。


10階層を超えた頃から俺達には最低限の武器が支給されていたが、最下層に降りた今は回収されている。その為に脱走は簡単な事では無いが、どうせ死ぬなら一矢報いてやりたい。このまま20階層より上に行くとなると、階層かクソったれに殺されるかのどちらかの未来しかない。


そんな未来なんてくそ食らえだ。


俺達の死地に向かわせる用意の為、その間、懐かしい檻に入れられると俺とヨハンは脱出計画を練った。


幸いにも使い慣れた俺達の武器は檻の外だが目の前にある。


俺とヨハンは、檻の中で残っている物を使って計画を練ることにした。


攻略組は全員で10人、その内5人が、希望を抱いて生き延びるために協力することに同意した。そして後の3人は先日から怪我や病気の為に足手纏いになるからとその場に残る決断をした。


それからすぐに実行へと移す。


金属片は見当たらないが、足元にはいくつかの石ころや布切れ、そして檻の床には少し緩んだ板が見える。ヨハンはその板に気づくと、素早くそれを剥がし、檻の内側にある脆い部分に押し当て始めた。


俺たちは静かに協力して板を何度か押し込み、最終的に檻の一部がぐらつき始める。音を立てないように慎重に進め、とうとう板を壊すことに成功した。手を伸ばして外にある自分の武器を掴むことができるようになり、ヨハンは小声で「一度に出ると目立つ。俺が先に出て周りを確認する」囁いた。


ヨハンはその小さな隙間から身体を滑り出し、無事に檻の外へと出た。俺達も続いて隙間を通り抜けると、すぐに周囲の状況を確認する。幸いにも監視の姿は見えない。監視が戻ってくるまでの短い間に、一階層にある唯一の脱出口を目指すことに決めた。


監視が少ないタイミングを見計らっていた俺たちは低姿勢で進み、大量の結晶石が積み上げてある木箱で身を隠しながらに、できるだけ音を立てずに慎重に移動する。


出口に近付くと、3人の見知った監視がいる。俺とヨハンに影からメシを与えてくれてたヤツ達だ。俺はどうするか悩んでいるとヨハンは一気に駆け出しそいつ等の首を躊躇いなくナイフで引き裂いた。


一瞬の出来事だった。


俺を含め他の奴隷達が恐るおそる近付き、その3人を見下ろす形で目線を下げると、声帯から動脈にかけて引き裂かれ、ヒューヒューと声なき声が漏れていた。


その顔は血と涙で溢れ、その方手は慈悲を、助けを求めて俺達に伸びていた。


同情してしまった俺にヨハンは、「勘違いするな。こいつ等は敵だ」と俺の耳元で呟いた。


――そうだ。


長い年月でわすれていたが、どれだけ優しくしていてもコイツ等からしてみると動物に餌を与えて自己満足を得ていただけで、俺達は所詮は只の奴隷なのだ。俺をこの地獄へと引き入れたクソ野郎達だ。


そう考えると慈悲の心も薄れ、こいつ等が弱っていく姿を目に焼き付けた。


武器を奪い装備を整えて更に進む。


殆どは俺達が脱走するなどと思ってもいないのか他に監視はいない。出来るだけ音を殺し俺達全員で門に近付くと、外の冷たい空気が入り込む。


ここまで来たら、もう後戻りはできない。息を合わせて一気に扉を開け、全員で外へ飛び出した。生きるか死ぬか、そのどちらかしか無いのだとの決意で走り出した。


久々の外だと余韻に浸る暇も無く外に出ると、予想以上に強いハルマッタンの霧と言われる砂塵で視界が奪われる。しかし、ヨハンは冷静に指示を出し、俺たちは彼の後を追う。


目を細めると徐々にバリケード越しにあいつ等のキャンプ地が見える。統制されていないのかハルマッタンのせいなのかは不明だが、警備がザルとしか言いようがない。遠目から見え始めたヤツ等は各々に寛ぎ油断している。


だからなのか、俺達にまだ気付いていない。先頭のヨハンがハンドサインでゆっくりと目の付きにくい有機鉄線に俺達を誘導する。


錆びて弱くなった有機鉄線を目繰り上げ、下から潜って更にキャンプ地へと近づいていく。


そこで俺が目にしたのは、木造で出来た建物に大型のコンテナ、そして塔の中と同様の檻、その中には鎖に繋がれ生気を失っている若く綺麗な女性達だった。通りで中ではそんな女性がいないはずだ。選別されていたのだろう。


助けてやりたい気持ちはあるが、今はそれ処では無い。ヨハンも同じ気持ちなのか、険しい表情ながらも目線はキャンプ地の方へと向けていた。


ヤツ等の目が届かない場所はこれで終わりだと、これ以上は気付かれずに進むのは無理だと思われる場所まで到着する。ヨハンが俺達に覚悟を決めろと小声ながらも激を飛ばした。


ヨハンが近くにいた一人を、奪った銃で殺したのが始まりだった。


それを合図に全員が駆け出す。


一人はその死体が手に持っている銃を持ち、もう一人がそいつの腰にあるハンドガンを剥ぎ取る。


そして銃を奪った俺達は作戦通りに配置に着き、ヤツ等を迎え撃つ為に銃を構えた。


案の定、銃声を聞きつけた敵が俺達の前へと現れる。初めて人を殺すという覚悟と恐怖に震えが止まらない手で引き金を引く。


俺の放った数発の弾の一発が敵の頭に直撃し、そいつは動かなくなった。


その現実に直面しながらも、長い家畜生活が続いたのか罪悪感が感じられない。その事を意識すると手の震えが止まっていた。


それから敵の増援が増え、仲間の一人が犠牲になってしまう。多少に心が痛む。が、それだけだ。俺達は脱出を続けなければ死ぬしかないのだから。彼の死を無駄にしないためにも、俺たちは前に進む。


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