第8話


俺たちは檻から外に出された。


薄暗い場所で、周囲には見知らぬ顔が並んでいる。どうやら同じ国の人々が多いようだが、肌の色が異なる者や、年齢もまちまちな人々も混ざっていた。見る限り、幼い子供から歩くのが辛そうな老人まで様々だ。


服はボロボロで浮浪者のような風貌の者も多い。その一方で、俺と同じようにまともな服装をしたヨーロッパ系の大人もいたが、その男は顔を腫らし、口から血を流していた。彼は抵抗したのか、殴られた跡が生々しかった。


後に知ったことだが、ここにいる多くの人々は、この国で捕虜として囚われた者や、俺と同じように旅行で訪れていた外国人らしい。俺たちは何の説明もなく一列に並べられ、リーダーと思われる男が現れた。手には何か、虫のようなものを持っていた。


奴は俺たちを睨みつけ、怒鳴り散らしているが、言葉は分からない。

デバイスも没収されていたため、翻訳の手段もない。ただ、その手に持つ虫の腹をナイフで裂き、中から透明な石を取り出してみせた。おそらく、その石を見ろと言いたいのだろう。


俺はその石が何かをすぐに理解した。


特殊なエネルギーを含むとされる結晶石だ。そうなると、ここはどこかの国の塔となる。どうやら俺たちは、その結晶石を採取させられるためにここに捕らわれたようだ。


このダンジョンの唯一の出口には、奴らの拠点があり、脱出も抵抗も不可能だ。

状況を把握し、俺は最初のうちは、ただ助けを待とうと思っていた。

俺が行方不明になったことで、家族は必ず俺を探してくれるだろうし、国も動くだろうと信じていた。


だが、そんな甘い考えはすぐに打ち砕かれた。


何か月も経過しても、誰も助けには来なかった。


その日から俺たちはナイフも与えられず、手や歯で虫の腹を裂きながら結晶石を取り出し続ける日々を送った。


周りでは病気や怪我が原因で高熱を出し、次々と死んでいく者がいた。新しい捕虜が連れて来られるため、人は減らないが、俺たちは怯え、消耗し、ただ生き延びることだけを考える日々が続いた。

殴られることも日常茶飯事で、臭い食べ物を手で掴んで口に押し込み、どうにか腹を満たして生き延びる。衛生という概念など存在しない環境で、命があること自体が奇跡だった。


そんな地獄の中で、俺が生き延びられたのはスウェーデン出身の元軍人、ヨハンのおかげだ。


ヨハンはこの環境に早く適応し、奴らの言葉を少しずつ覚え、監視役の一部から信頼を得ることに成功していた。彼は信頼を得ることで時折、監視役から食べ物を分けてもらい、それを俺に分けてくれることもあった。さらに、虫の効率的な倒し方や、監視役の目を盗んで格闘術まで教えてくれた。


過酷な生活が続き、2年の月日が流れたころには、俺も奴らの言語をある程度理解できるようになり、年月の経過に気づくことができた。


ダンジョンでの生活は相変わらず地獄だが、働き続けたおかげで俺とヨハンは最低限の信頼を得ていた。


寝床は変わらないが、少しだけまともな食事を与えられるようになり、空腹を満たすことができるだけで俺たちは満足だった。


それからさらに1年後、ダンジョンの状況が変わり始めた。虫から結晶石が余り取れなくなり、新しい階層が現れたのだ。


新しい階層に進むと、俺とヨハン、数名の捕虜と監視役も一緒に上へ上へと上がるよう命じられた。


監視役たちは、上の階層でより質の高い結晶石が取れると思い込んでいたが、10階層目まで進んでも石の質は変わらなかった。

しかし、10階層目に到達した頃、ダンジョン内の環境が大きく変わり始めた。


これまでの階層には昆虫や爬虫類しかいなかったが、10階層目には鳥やウサギ、ネズミといった動物が出現した。これらの動物は本来無害そうに見えるが、俺たちを目の当たりにすると突如として攻撃的になり、鋭い爪や歯で襲いかかってきた。


さらに、偶然ある動物から色付きの結晶石が採取され、その価値に目を付けたリーダーは、俺たちを更に上層へと向かわせた。


色付きの結晶石は市場でも高値で取引される貴重なものらしく、監視役たちも色めき立っていた。だが現実はそんなに甘く無く、色付きの結晶石は滅多に出なかった。


俺とヨハンはさらに危険な探索を強いられるようになり、15階層までの探索は何とか進めていたが、16階層に進んだとき、状況が一変した。


16階層は月光はあるものの、永遠に夜が続く暗闇の階層だったからだ。


ここで新たにイタチが出現し、暗闇の中で忍び寄り、俺たちに奇襲攻撃を仕掛けてきた。

イタチは素早く、鋭い前歯で噛みついてくるため、俺たちはなす術もなく襲われた。この攻撃によって、捕虜と監視役の2人が命を落とした。奴隷として捕まったばかりの男が1人、そしてもう1人は監視役だった。


俺は奴隷の男については何とも思わなかったが、監視役が死んだことには内心ざまーみろと思った。こいつらは俺たちを容赦なく虐げ、気に入らない表情をしただけで殴るような連中だからだ。


その場では無表情を装っていたが、心の中では複雑な思いがあった。明日は我が身かもしれない。イタチは鋭い牙で噛み付き、首をかみ切るほどの強力な攻撃力を持っていた。この暗闇の中で、俺がいつ同じように命を落とすか分からない不安が募るばかりだった。


この出来事をきっかけに監視役が交代し、俺たちはさらに危険な状況へと追い込まれていった。


まず監視役が同じ奴隷へと変わり、一世代古いドローンが俺達の見張り役になったのだ。


自分たちは安全な場所から命令するだけでよくなり、下へ降りるのは物資を届けてきた足で結晶石を運搬する奴隷だけ。他は、いつ命を落としてもおかしくないところで野宿だ。ベットどころか安全な場所すらも存在しない場所で休まる間も無く何とか俺とヨハンは生き延びていた。


夜の階層は16階層以外は無かったが、階層を上がるに連れて動物も変化していった。トカゲ、カエル、狂暴な鳥やサルなど。どれも通常より大きく好戦的だった。


そうしながらも、俺達は20階層へと足を踏み入れたのだ。


そこは砂漠だった。


そして、初めて気象に変化が見られた。周期が存在し高温と低湿度のせいで寒暖差があるのだ。更には砂嵐やハブーブと呼ばれる大規模な砂塵嵐が発生した。


その為に監視用のドローンが砂嵐に巻き込まれ壊れた。


塔の中では衛星やメッシュネットワークシステム中継地点となるデバイス間でデータをリレーする仕組みすら無いのに何故に通信がかは不明だったが外からの通信が可能だった。だが物理的にドローンが壊れてしまうならばどうしようも無い。


行けと言われても確認出来ないのだから、これ以上進む必要性が無くなったのだ。

逆にサボっていてもバレ無い。あいつ等は死ぬのが嫌だからここまでは来れないからな。


どうするか考え、とりあえずは20階層のゲート付近まで戻り待機していると、運搬役の奴隷が上ってきた。そして攻略組、俺達の事だが一度戻って来いとの命令だった。


塔の外にはこの数年出たことは無かったが、1階層に戻ったのは実に1年ぶりだった。



拉致されてから既に4年の月日が経過していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る