兄の過去

第7話



軍車両で家まで帰る途中、隣に座る妹のリナが安心したのか凄く眠そうにしている。フッと小さく笑みが零れたのか、それに気付き警戒心も無い顔で俺を見ている。


俺は妹のリナと共に再び暮らし初めてから、1年も経っていない。俺の年齢は今現在で21歳、最近まで俺は他国にいたからだ。



そこはまさに、地獄だった。




今から40年前に塔が出現し、結晶の価値が最高のモノとなったのが今から10年程前の頃だ。世界は塔に沸き、塔の支援からバブルが訪れた国は数えきれない。


景気がよくなれば衣食住から始まり、娯楽へと進む。俺の両親も例外では無く裕福であり、家族で海外旅行へと行ったのが全ての始まりだった。


今は更に強化されているが、当時でも余程やばい場所に行かない限りは安全だと思われていた。何故なら、『NSMS』国家セキュリティ管理システムというのが存在していたからだ。これは、犯罪の抑制や迅速な対応を目的に、国内外の脅威をすべて一元的に管理する仕組みだ。


MSMS加盟国家は世界の8割を占めていた。何故なら貿易が存在する以上加盟していないと不利になるからだ。


このMSMSはAIを活用したリアルタイム監視と侵入検知により、国内の重要インフラや政府機関を24時間体制で監視し、異常や犯罪の兆候を数分以内に検知して自動対応できるプロセスが整備され、すべての情報は統合コマンドセンターに即座に送られ、セキュリティダッシュボードで全体の状況が一目で確認できる。また、AIがリスクを分析し、犯罪抑制に効果的な対応策を提案することで、意思決定が迅速に行われていたのだ。


さらに、緊急対応モードが発動すると、犯罪や緊急事態に関係する機関がすぐに連携し、リソースが最適に配分され、全システムが迅速に対応できるよう設計されていた。このNSMSにより、政府や関係機関は犯罪の抑制や早期対応を効率よく行い、社会の安全性を高めることが可能だったのだ。


これにより自国間のことは勿論に他国からの脅威を未然に防いだり、密国などによる国際犯罪の制御力とされ、安心してその国での生活が出来るといった仕組みだ。


だからなのか、俺達家族は不安も無く行ったことも無い、日本から遠く離れた海外へと行ったのだろう。


そこはアフリカ東部に位置する小さな島国。美しいビーチと豊かな自然が特徴で、観光が主産業とのこともあり、MSMS加盟国だ。


だがその隣にある国の事情までは両親も把握していなかった。


そんな俺達のことよりも先に、その隣にある国のことだが、内戦や部族間の対立が続いており、治安が不安定な地域も多く、政府の支配が行き届いていない地域だった。当然だが、そんな国だからこそMSMS非加盟国となる。


それ故に問題が多々存在していた。


塔が出現してから各国は競う様にエネルギー結晶石を求めた。需要と供給が足りなければ輸出入は当然になる。これは争いが絶えない国も例外では無い。結晶を売った金で殺し合い、殺し合う為に結晶を売る。この無限のループこそが、そんな国の現状だ。


国家に均等に現れた塔だからこそ、争いも無く平等だったと思われたが、それは違う。大国も小国も同じ塔だったのが問題を起こしたのだ。


それは労働力だ。


世界がAIに制御され人手不足は機械が全て賄うなどは夢物語であり、何時の時代になっても実際には人の手が入る。


しかもAIや機械など金食い虫とは無縁の国も少なからず存在する。


例えるなら、骨董品の様な銃を持ち、鋭利なだけの原始的な武器、それすらも無しで素手で殺し合う。人が存在する限り、そんなことは時代が幾ら進んでもあり得るのだ。


そして、それは何も争い事だけとは限らない。


人権などくそくらえって国では国際法を無視した奴隷が存在し、強制労働なんてものは日常茶飯事。


AIなんて高い金で買うより、攫ってきたヤツを恐怖支配し、家畜のように動かす方がよっぽど楽なのだ。次から次へと入ってくる奴隷から得た結晶石の金で微々たる餌を与え死ぬまで労働させたらいいのだから。死んでもそれこそ本当の家畜のえさにでもすれば役にたつ。


そんな国が俺達家族が何気無しに行った平和ボケした国の隣にあったのだ。



その当時、俺は13歳で親に甘やかされて育っただけの、世間知らずの只のクソガキだった。


高級リゾートホテルに滞在し、優雅な旅を満喫していた。


そして、それは両親と当時幼かった妹が一緒に買い物に出かけたことが始まりだった。俺はめんどくさかったのでホテルに一人でいたのだ。


ホテルの従業員は一切の不便が無い程に俺達を丁重に扱ってくれていたので両親も安心していたのだろう。まぁ高級リゾートホテルだから当然なのだが。


だからなのか、安心しきってる俺は部屋でゲームをしていることに飽き、暇を持て余したのでホテルのサロンでのんびりしていると、落ち着きの中に妖艶さが隠れている大人の魅力が感じられる女性が俺の隣に座った。


その女性は見た目だけでなく仕草や立ち居振る舞いに色香がにじみ出ていたので思春期の俺からすると興味が湧くのは必然だった。


女性に対して好奇心旺盛な年齢の俺は、バレない様にチラチラと見ていると、その女性の方から声を掛けてきた。


最初は他愛も無い話から、それからは俺のことや家族のことなど翻訳デバイスを通し音声変換をしていたが、次第にAIがジェスチャーや表情、体の動きなどの非言語的な要素も理解し、補足的に翻訳をしてくれたことがきっかけで、言語と共に微細な表情や手振りも解釈し、会話に熱中していった。


そんな事をしている内に意気投合した俺達は両親が帰ってくるまで一緒に遊ばないかとの話へと発展していったのだ。


この女性は20歳との事だったが、俺は学校でもかなりモテていたこともあり、男として13歳の俺に興味があると勘違いしてしまったのだ。


警戒心も皆無な俺はその女性と一緒に海岸まで行くことにした。


その海岸はホテルからも見えることもあり徒歩で数分で到着すると、女性は自分の所有するクルーザーへと俺を誘った。


二人で海に出かけようと言われると何の疑いも無く船内に乗り込むと、そこで俺の意識は途絶えた。


気が付いた時、薬のせいなのか激しい頭痛と眩暈に襲われながらも目を開けると見知らぬ檻の中だった。


辺りを見渡すと同じように数名が同じ檻の中で生気を失った表情で俯いていたり泣いていたりしている。檻の外では聞いた事も無い言語で話をしている、銃を持った男達。場所はわからないが、どこかの森の中だった。


よく見るとあり得ない大きさの虫がそこら中に飛んでいる。


「ど、どこだ、ここは……」と、何気にボソっと呟いたのだが、それを聞いた外にいる男の一人が俺の方へとやって来て、何の表情も無く持っていた銃を俺の方に向けた。


「ひっ」っと情けない声で完全に委縮した俺を見て、笑いながらに唾を吐きかけられた。


普通なら文句の一つも言うのだろうが、余りの恐怖に目を逸らし、他の檻の中の人達と同じ様に下を向いて存在感を消した。



それから俺は、地獄え連れて来られたと実感するには左程の時間も必要としなかった。



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