第5話
「お姉さん、こんなところで一人で何してんの?」
片方の男がニヤリと笑いながら近づいてくる。短髪に派手なジャケットを着たその男は、まるで森の雰囲気にそぐわない軽薄さを漂わせていた。
「綺麗な子がこんなとこにいるなんて、運命だろ?ちょっと俺たちと一緒に遊ばない?」
もう一人の男も、同調するように声をかける。
驚きと不快感が一気に押し寄せてきたが、冷静にならなければ。MD6に目線を送り、視聴者たちに助けを求めようかと思ったが、声をかけられただけで何かされた訳じゃないし、彼らがこの状況をどう受け止めるか分からなかった。
けれど、このまま強引に連れて行かれるわけにはいかない。
「すみません、今配信中なんです。視聴者さんが見てるので……」
冷静を装いながら言葉を返した。MD6は依然として私の顔を捉えている。
「へえ、配信中か。じゃあ、俺たちも出演してやろうか?」
男たちはまるで楽しむかのように笑い、さらに距離を詰めてくる。
心臓が高鳴る。どうすればこの状況を切り抜けられるのか――。視聴者が気づいて通報してくれるか、それとも自力で逃げ出すしかないのか。
男たちがさらに近づいてくるのを見て、心の中で緊張が高まる。彼女は息を整え、表情を崩さないように努めたが、背筋には冷たい汗が流れていた。
「いや、本当に迷惑なんで……やめてください!」
声に少し震えが混じる。男たちはその様子を見て、ますます面白がっているかのようだった。
「迷惑? そんなこと言わずにさ、楽しもうぜ? 森の中なんて、誰もいないしさ――」
短髪の男がさらに一歩近づき、彼女の肩に手を伸ばそうとする瞬間、意識を勢いよく流れるコメントを見ると、ライブ配信のコメント欄が荒れ始めている。視聴者たちが状況に気づき、次々と「通報した!」や「大丈夫か?」というメッセージが流れ込んでいた。
私はそれを見て、少しだけ安心感が広がる。すでに誰かが通報してくれているかもしれない。
「すぐに拡散されちゃいますよ。あなたたちの顔も全部配信に残ってますから、早くやめたほうがいいんじゃないですか?」
男たちの反応は予想外だった。彼女が配信を使って脅そうとすると、逆にその言葉を面白がったようだった。
「はは、顔が配信された? だからなんだよ?俺らは親切で声かけただけなんだし、別にまだ何もしていないけど?」
短髪の男は、MD6に向かって自らの顔を覗き込んだ。笑みを浮かべたまま、ピースサインを掲げる。
「ほら、みんな見てるかー? 俺もDtuberやってるミッキーって言うんだ。登録よろしく!いい事思いついた!――お姉さん、俺と一緒に配信やらない? 絶対ウケるぜ?俺たち 3人でこの森でデート配信とかどうよ?」
もう一人の男もニヤニヤしながらMD6に近づいてきた。まるでカメラに映るのを楽しむように、肩を寄せ合ってポーズを取る。
そのあまりの態度に沈黙してしまってると、都合の良い解釈をされたのか更に調子付いてきた。
「おい、視聴者! こいつのこと応援してんのか? 可愛い彼女だろ? 俺たちと一緒に遊ばせてくれるってよ!」
私は一瞬、言葉を失った。
予想以上に図々しく、相手が全く恐れる素振りを見せないどころか、さらに煽ってくる状況に心の中で焦りが広がる。
視聴者のコメント欄は爆発したように荒れ出していた。
『何だこいつら』
『通報した!』
『ふざけるな!』
といった怒りの声が次々と流れ込むが、男たちは見えないのでまったく気にする様子もなく、むしろその騒ぎを楽しんでいる。
「ほらほら、もっと盛り上げてやるよ。俺たちが主役ってことでいいよな?」
短髪の男はさらにカメラに向かって挑発的に言い放つ。
「やめてください!これは私の配信ですから!」
私は勇気を振り絞って強く言い返す。しかし、男たちは全く引き下がらないどころか、ますます調子に乗っていた。
「なあ、視聴者たちも俺たちのファンになるって、絶対! お姉さんも、もうちょっとリラックスしろよ。今からおもしろいことしようぜ!」
二人は、私の反応を楽しんでいるかのように笑い合い、私に手を伸ばそうと、その瞬間――。
突然背後から重い足音が聞こえた。
その音が私の耳に届くと、私の動揺が一瞬増した。見知らぬ男たちとのやり取りに集中していたため、私はその足音に気付かなかった。ふと振り向くと、遠くに軍用車が数台停まっており、その車両から現れたの思われるのは、全身を黒い装備で固めた人物だった。
背も高くスラっとした体格、私からすると凄く馴染のあるシルエットで、黒のマスクで顔を覆い黒い防護服を着け、腰にはナイフや銃のようなものがぶら下がっている。その姿に、私は一瞬息を呑んだ。
ナンパしていた男たちも、その異様な存在感に気付いた。驚いたように後ろを振り返り、突然の登場人物に戸惑いを隠せない様子だ。短髪の男が挑発するように声をかける。
「な、なんだよ、あんた」
だが、その言葉に返ってきたのは、鋭く怒りを込めた声だった。
「おい、何をしてるんだ」
その声――私はその声を聞いて、全てが一気に繋がった。装備の男が誰なのか、はっきりとわかった。驚きと安心が一気に押し寄せる。防護服に身を包んでいても、この声は間違いない。
「お兄ちゃん……?」
男たちはその言葉を聞き、さらに戸惑った。装備の下から聞こえるその声が、ただの脅しではなく、何か強い意図を持っていることに気づいたようだった。彼の冷静だが怒りに満ちた声が続く。
「妹に何をしてるんだ?すぐに離れろ」
ナンパ男たちは明らかに動揺し始めた。目の前に立つ装備を整えた男が、彼女の兄であると知った瞬間、状況が一変した。もう一人の男が、不安そうに短髪の男に声をかける。
「ちょ、やべえんじゃねえか? こいつ、やばそうだぞ」
「うるせえ、俺たちはただ――」
短髪の男が虚勢を張りかけたが、兄が一歩前に出て、鋭い目で二人を睨みつけた。腰に下げた銃が一瞬見えたのを見逃すことはなかった。
「もう一度言う。妹から離れろ。今すぐだ」
その言葉の鋭さに、短髪の男はついに折れた。彼らは顔を見合わせ、明らかに怯えた様子で一歩下がる。
「……チッ、面倒だな。行こうぜ」
「くそ、なんなんだよ……」
二人は不機嫌そうに彼女を睨みつけた後、森の中へと逃げ込むように去っていった。
私はその姿を見送り、全身の力が抜けるのを感じた。緊張が解け、ふっと息を吐いた。ようやく安堵が広がる。
「大丈夫か?」
防護服の男――兄が、私に優しく声をかけた。
「うん……。お兄ちゃん……びっくりしたけど……すごく助かった」
兄の姿をしっかりと確認し、兄のそばでようやく安心感を取り戻した。
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