第25話 アルバートの輝かしい未来

 ビクトリアアグネスの結婚式は、1年と少し先に行われることになった。なぜなら、国内外の調整が必要だったからだ。皇女の婚姻は一国の未来を左右する重要な行事であり、招待状の送付や式典の準備などを完璧にするために時間が求められる。

 また、ドレスや装飾品の制作には、最高級の技術を誇る職人たちが一つひとつ手作業で仕上げており、それだけでも数ヶ月を要する。1年少し先という期間は全ての準備を整えるうえで必要な時間だった。

 

 アルバートは花びらの先端をじっと見つめていた。すでにいくつもの失敗を重ねてきたが、今日こそは成功への手がかりを見つけるつもりでいた。彼の手元には純白のバラの蕾があり、その外側は一見何の変哲もない。しかし開花すれば、花弁に金色の縁取りが現れる特別な品種で、この1年間で育て上げたものだった。


「アルバート、こっちを見て」


 柔らかい声で呼びかけたのはマドリンだった。彼女の手には、花弁の一部に青い点が浮かび上がっているバラがあった。その青は、皇女ビクトリアアグネスの瞳の色を象徴するような澄んだ色合いだ。アルバートとマドリンは何日も徹夜で調整を重ね、少しずつ理想に近づけてきたのだ。花に触れる彼女の指先は、決して花を傷つけることなく、その優しさと愛情が伝わるようだった。


「見事だよ、マドリン。この調子でいけば、僕たちの目標が達成される日も近い」


 アルバートは声に力を込めた。その目には希望が輝き、どんな困難も乗り越えようとする決意が感じられた。マドリンも微笑みながら誇らしげにうなずく。ふたりの情熱が込められた特別なバラは、ただの花ではなく、皇女ビクトリアアグネスへの深い敬愛と感謝を込めたものだった。


 ビクトリアアグネスはふたりをただの庭師ではなく、家族のように扱ってくれる存在だった。身分差はあったが、ビクトリアアグネスは決してその壁を感じさせない心の温かい人だった。


「アルバートとマドリン、そしてラクエルは特別よ」


 そう言ってビクトリアがにっこりと微笑むとき、ふたりは心から喜び、感謝の思いで満たされた。この花を作り上げることは、彼らにとって皇女への心からの忠誠を形として示すことなのだ。

 マドリンは再び花に視線を戻しながら、口元を少し引き締めた。


「でも、色の具合がいまひとつね。もっと日光を浴びせるべきかしら。それとも少し陰に置いて育てるべき?」


 真剣な問いかけに、アルバートも眉を寄せた。育てる過程では、どんな小さな変化も見逃すことができない。彼は一瞬考え込み、慎重に言葉を選びながら答えた。


「たしかに、光の影響は無視できないかもしれない。でも、この青い色は特定の養分と反応しているから、少しだけその配合を変えてみよう」


 ふたりは一心に議論を重ね、試行錯誤の連続の日々を乗り越えていく。何度失敗しても挫けなかった。やがて、試験用の花に新しい養分を加えながら、祈るような気持ちで見守った。特別な養分が与えられた花は、静かに変化を遂げ始める。


 ある日のよく晴れた朝、ついに奇跡の瞬間が訪れた。純白のバラの花びらがゆっくりと開き、金色の縁取りと青のアクセントを持つ花が、朝陽に照らされて美しく輝いた。ふたりの目は見つめ合い、喜びの声を上げながら互いの手を取った。


「皇女様に、この花をお見せするのが楽しみだな。結婚式に間に合って、良かった……あの方のために作り上げた、世界で一つのバラだ」


 アルバートの声には、心の底から湧き上がる喜びと誇りが込められていた。マドリンも静かに頷き、目を潤ませて答える。

「きっと喜んでくださるわ、私たちの敬愛する皇女様は」


 その後、アルバートとマドリンは、スペイニ国の王妃となるビクトリアアグネス皇女に同行し、彼らの尽力がスペイニ国を「花の王国」として広く知らしめる礎となった。二人の功績は高く評価され、夫婦として結ばれた後、男爵位を授けられることとなった。


 彼らが新たに生み出した花々や庭園様式は、スペイニ国の歴史に深く刻まれ、その美しさと特長は周辺諸国にも広く知れ渡ることとなったのだった。



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 次回、結婚式とアレクサンダーの恋の予感。あともう少しで完結予定ですーー。

※通常、現実の世界では花の品種改良は数年かかることが多いそうですが、異世界設定ということで💦






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