第21話 悩むアレクサンダー

 アレクサンダーside

 



  ――母上は甘い。私だとてビクトリアアグネスの望むことはなんでもしてやりたい。しかし、オリバーだけは……このままでは許せん。まだ、あいつにはビクトリアアグネスの隣にたつ資格はない。もうひとつ、試練を与えて……うん、この条件をオリバーが喜んで受け、成果がでたら考えてもよいな……


 アレクサンダーはひとつの提案をオリバーにした。それは……


「僕にスペイニ国を立て直せ、とおっしゃるのですか?」

「今回の活躍の褒美として、ビクトリアアグネスに毒をかけようとした者たちに与えるはずだった死刑を、オリバーの望みどおり取り消してやった。だが、ビクトリアアグネスの隣に立つ資格は、まだお前にはない。ビクトリアアグネスはお前との結婚を望んでいる。だが、スペイニ国王を捕らえたぐらいでは、私の妹はやれない」

「つまり、これは試験というわけですか?」

「そういうことだな。せいぜい、頑張ることだ。本来ならば、お前のような者など会うことすら叶わない皇女だということを忘れるな。もっとも高貴な身分なのだから」

「……はい。ありがたき幸せ。必ず、この命にかえてもご期待に添えます……」


 オリバーは涙ぐんでいた。アレクサンダーに感謝の想いを込めた視線を向ける。――それはキラキラとした眼差しで――アレクサンダーは途端に居心地が悪くなった。


「いや、お前に死なれては困る。ビクトリアアグネスが悲しむだろうが。むしろ、盛大に無様な失敗をして、妹を失望させてくれることを期待しているんだ……だから、そのキラキラした目を向けるのはやめろ。私はまだお前を許したわけではない」


「はい。僕はこのままビクトリアアグネス様のお側でお守りすることができれば、それだけで満足なんですが、機会を与えてくださりありがとうございます」


「いや、お前がそばにいると、ビクトリアアグネスが嫁に行かないだろう。しかし、お前をどこかに飛ばしてしまえばビクトリアアグネスは泣くだろうし、騎士団からも不満が出る。お前は騎士団で随分と人気があるからな……まったく、困ったものだ」


「ローマムア帝国騎士団の皆はとても良い人ばかりですよ。僕はたくさん友人ができました。皇家の精鋭部隊の人たちも仲間と呼んでくれますしね」


「……人たらしめ……お前がもっと嫌な奴だったらどれだけ良かったか。ビクトリアアグネスをどん底に突き落とした張本人だというのに、排除することもできん。それどころか、次々と味方を作りやがって……あぁ、なんとも忌々しい」


「アレクサンダー皇帝陛下はお優しい。僕に対していくらでも意地悪をなさることができるはずなのに、常に活躍の場を与えてくださり、さらには優秀な人材までお貸しくださる。本当に感謝しております」


「当たり前だろう。私は公正な皇帝だ。曲がったことが大嫌いなんだよ。意地悪や嫌がらせなどするわけがない。気にくわない奴がいても、せいぜい心の中で失敗しろと祈るぐらいだ」


 アレクサンダーの言葉に、オリバーは朗らかに笑みを浮かべた。アレクサンダーはそのままオリバーを退け、しばらくの間、物思いにふけっていた。


 大切な妹を、この世で一番幸せにしてやりたい。自分の目にかなう男と結婚させ、手元に置いて大切に見守りたかった。しかし、ビクトリアアグネスの人生は彼女自身のものだ。結局はビクトリアアグネスに決めさせるしかないのだ。


 ――兄とは辛いものだな。結局、他の男に託すしかない。私にはまだ妻子もいないが、父親のような気持ちだよ。


 アレクサンダーは深いため息を漏らしたのだった。

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