第20話 皇太后の望み

 皇太后side

 


 「アレクサンダー。ビクトリアアグネスはオリバーを愛しているのですよ。だから、あのふたりを一緒にさせてあげなさい。お互い想い合っているのです。私たちは愛するビクトリアアグネスの幸せだけを考えるべきでしょう? あの子が過去のことを許しているのなら、私たちが反対する権利はありませんよ」


 皇太后がアレクサンダーの執務室に来て、ビクトリアアグネスとオリバーの結婚を許すように説得していた。


 オリバーがなぜビクトリアアグネスを捨てたのか、その理由を皇太后は調べビクトリアアグネスもその経緯を知った。その結果、ビクトリアアグネスのオリバーに対するわだかまりは消え、以前のような眼差しをオリバーに向けるようになった。


 オリバーはローマムア帝国騎士団にすっかりなじみ、多くの騎士から慕われる存在となっていた。スペイニ国王を連行した功績により、彼はいつしか「英雄」として称えられる立場にあった。


 皇太后は「今回の手柄を理由にビクトリアアグネスが嫁ぐのに相応しい爵位をオリバーに与え、結婚させなさい」とアレクサンダーに助言したのだ。


 ――いつまでも過去に囚われていてはだめなのよ。これからのビクトリアアグネスの幸せを考えることが一番なのだから。


  初めはオリバーに対し、アレクサンダーと同様に否定的だった皇太后であったが、ビクトリアアグネスがオリバーに向ける眼差しを見るたびに、胸がしめつけられた。それは恋する女の眼差しで、愛する男性に向けるものに他ならなかったからだ。


 愛娘の幸せを一番に考えたい、それは皇太后の素直な気持ちだった。


 ――結局のところ、幸せは自分の心が決めるのよね。私はビクトリアアグネスがいつも微笑んでいてくれれば、それでいいのよ。


 


 そうして、皇太后はコックに焼かせたばかりのお菓子を持って、ビクトリアアグネスの住まう皇女宮に向かった。愛娘のサロンに足を踏み入れると、庭師のアルバートとマドリンが植物の手入れをしているのが目に入った。サロンには多種多様な花々が鉢植えで並べられ、整然とした美しさを放っている。


 マドリンはオリバーの手柄により処刑を免れ、今は正式に庭師見習いとして雇われていた。マドリンの姉は賢く礼儀正しい所作が身についていたので、侍女としての心得を勉強しながらビクトリアアグネスに仕えており、今もビクトリアアグネスの後ろに控えていた。


 「お母様、いらっしゃいませ。今日はとてもご機嫌がよさそうですわね? なにか良いことがありまして?」


 「ふふっ。ちょっとね。アレクサンダーに意見してきましたよ。可愛いビクトリアアグネスの望みを叶えてあげるようにとね。さぁ、ラクエル。皆でお茶を楽しむとしましょう。あなたもソファにお座りなさい。マドリンもアルバートも一緒にお菓子を食べなさい」


 皇太后はサロンの扉前に控えていたメイドにお茶を持ってくるように指示した。そして、持って来たお菓子をみずから小皿に盛り付け、ラクエルやマドリン、アルバートの前にも置いた。


 恐縮するラクエルたちに皇太后は朗らかに笑った。


 「あなた達も私の子供のようなものですからね。大事なビクトリアアグネスに心から仕えてくれる者は、私にとっては宝なのよ」


 皇太后の言葉は、優しい皇女への忠誠を誓う彼らの決意をさらに固めた。こうして、ビクトリアアグネスの周囲には命を懸けて仕えようとする使用人たちが次々と増えていくのだった。



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