第14話

 約束の三日目…


 この日は生憎の雨模様。雨宿りに立ち寄った洞窟で、足止めを食らっていた。洞窟の入り口で外を眺めるが、止むどころか酷くなる一方。流石のシャルロッテも、天候ばかりはどうしようも出来ない。


「ハ…クシュッ!!」


 雨に濡れて体が冷えてきた。「さむっ」とぼやきながら震える体を温める為に洞窟の中へ入り、火を焚いた。


 ぼんやりと赤く燃える炎を見つめながら、考えるのはルイースの事。


 散々付き纏われたが、今日逃げ切れば完全に縁が切れる。喜ばしいことなのに、どうにも気分が冴えない。


『周りに目を向け、他人を認めることも大事だ』


 ルッチの言葉が頭に浮かんだ。


 別に、ルイースの力を認めないと言ってはいない。偉才というだけあって、力そのものは十分だと思ってる。ただ、それを認めるのは癪に障るってだけ。


『絆されるのも悪くないぞ』


 そう言ったゲルグ。


 ゲルグの口から愛を説かれるとは思いもしなかったが、何故か重みのある言葉だった。


「誰かに愛されるね…」


 シャルロッテは足を抱えながら呟いた。


 長い人生の中で何度か恋愛と言うものを経験したが、本当に自分を愛してくれた者は一人もいなかった。人間と魔女では当然と言えば当然だ。そんな経験があり、シャルロッテは後腐れのない関係を好むようになった。

 一時だけの愛情。良く知らない相手でも、その時だけは心が満たされた気分になれた。それだけで十分だった。


 だが、それは所詮まやかしの愛情。それを気付かせたのが、ルイースだった。


 抱かれる度に耳元で愛の言葉を囁き、優しく頭を撫でてくる。何度も口づけを求め、不慣れな手つきで悦ばせようとする姿が、不覚にも愛おしい。そう思ってしまった。


(こんな感情はいらない…持ってはいけない…)


 どうせ人間と魔女は一緒にはなれない。そう決まっている。相手が気高い魔導師様となれば尚更だ。


「はぁ~…参った…」

「何がですか?」


 頭を抱えた所で背後から声がかかり慌てて振り返ると、そこには笑顔で佇むルイースがいた。


「またしても私の勝ちですね」

「…まだ捕まってないわよ」


 苦し紛れの抵抗を見せながら、ゆっくりと後退る。ルイースは「おやおや」と困ったような素振りを見せるが、その表情は楽しんでいる様にも見える。


「それで?気持ちの整理はつきましたか?」


 ジリジリと詰め寄るが、無理矢理捕まえようとはしない。まるで、こちらの心を見透かしているよう…


 そんな余裕な表情が酷く腹立たしい。


「なんの事か分からないわね」


 顔を引き攣らせながらも鋭い目つきで言い返すと、ルイースは足を止めて首を傾げている。


「おかしいですね。貴女ほどの力を持った者ならば、いくら私と言えど姿を追うのがやっとです。こうして手の届く距離にいるのは、覚悟が決まったからなのでは?」


 ルイースの言葉にシャルロッテは俯いて黙っている。


「それとも、無自覚ですか?」と問いかけたの同時に腕を強い力で引かれ、気が付いた時にはルイースの腕の中にいた。


「いい加減諦めてください。どこへ逃げようと、私は貴女を追い続ける。この命が尽きようともね」


 真っ直ぐと見てくる瞳は、とても正常のものとは言えない。


「…狂ってるわね」

「誉め言葉として頂戴しておきます」


(普通ならば卑下するところだろうに、この男は本当に…)


 自慢気に微笑みながら抱きしめてくるルイースを見て、悩んでいた自分が阿保らしく思えてきた。まあ、自分でも何となく分かってた。それを必死に誤魔化そうとする自分がいた事も…


「はぁ~…私の負けよ。これ以上逃げも隠れもしない。煮るなり焼くなり好きにして頂戴」


 両手を挙げて降参のポーズで、何とも可愛げない白旗宣言。というのも、負けたという悔しさと自信に満ちてるルイースが憎たらしくて、少しでも意趣返しをしてやりたいと言うシャルロッテの小さな抵抗心。


 ルイースはようやくシャルロッテが負けを認め、自分のものになったという事実に感極まり涙を溢れさせていた。


「ちょ、泣いてんの!?」

「す、すみません。ようやく…貴女が私の手の中に納まってくれたと思ったら…」

「そんなことぐらいで…本当に馬鹿ねぇ」


 シャルロッテは涙が止まらないルイースを宥めるように抱きしめ返した。


(絆されるのも悪くない…か)


 ちょっと分かった気がする。今の私は完全にルイースに絆されている。それに対しての嫌悪感は全くない。むしろ、温かい…


「シャル…一生愛してます」

「随分重い愛情だこと」


 二人の目が合うと、どちらともなく唇を重ねた。


 何度も何度も名前を呼ばれながらキスを交わす。舌を絡ませ、熱を帯びた目で見つめられドキッと胸が高鳴る。


 冷えきっていた身体を温め合うように抱きしめ合い、お互いにその温もりを感じたまま、世を明かした…

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