第13話

 夜が明け…二日目に降り立った場所は、草木一本も生えていない、ゴロゴロとした大岩ばかりが転がっている足場の悪い土地だった。


 こんな土地に人の気配などあるはずなく、見渡す限り岩しかないが、シャルロッテは気にせず足を進めた。


 すると、一軒の小屋が見えた。


「失礼するわよ」


 シャルロッテはお構い無しに扉を開けると、奥に背を向けて座っている老人に声をかけた。


「久しぶりね、ゲル爺さん」

「誰かと思えば…」


 チラッとこちらを見ただけで、すぐに背を向けてしまった。


 このゲルグと呼ばれる老人は、この地にただ一人で住むドワーフ。中々の頑固者で、滅多な事では人里には下りてこない。


「さっきから何してんの?」


 いつもなら口煩い爺さんなのに、今日に限ってはやけに大人しい。


 おもむろに覗いてみると…


「!?」


 ゲルグの視線の先には、傷を負った少女が横たわっていた。


「ヤダ!!爺さん、幼女誘拐…!!流石に幼女は駄目よ、幼女は!!」


 不潔な者を見るような目で言うシャルロッテを、ゲルグは呆れるような表情で見返した。


「何言っとるんじゃ?儂に幼女趣味がある訳なかろう。少し前に出会った子供じゃよ」

「冗談よ。爺さん、子供好きだっけ?」

「嫌いでは無いが、苦手じゃな」

「ふ~ん。どういう風の吹き回しよ」


 シャルロッテはゲルグを押し退け、少女の様子を見る。


 酷い傷だが、命に別状はなさそうだ。


 そっと手を取ってみると枝のように細く、体もガリガリにやせ細り髪も肌も汚れている。着ている衣服もボロボロで、どう見ても、ろくな暮らしをしていない事が手に取るように分かった。


「…この子は目が見えんのだ。働けもしない者を育てても仕方ないと、両親はこの子を捨ておった」


 まあ、貧困層の家庭では当然の判断だろう。少しでも働き手を増やして、楽をしたいからな。気持ちは分からんでもないが、障害を持った幼い子を捨てるのは許せない。


「目が見えんおかげで、儂のことも爺さんだと思うとる」


 この子は、ゲルグがたまたま人里に下りた際に野犬に襲われている所を助けたらしい。名前を訪ねてみたが「覚えていない」と言われ、ゲルグがココルと名付けた。歳は5歳ほどらしく、この歳まで一人でよく生き延びれたものだとゲルグが言っていた。


 ココルは、久しぶりに感じた温かみのある出来事が嬉しかったのだろう。ゲルグがドワーフとは知らずに、懸命に引き留め気を引こうとしたらしい。


 ゲルグもゲルグで、小屋に戻って来てもココルの事が気になって仕方なかった。気が付けば毎日町へ行き、ココルと一日中過ごしていた。それはゲルグにとってもココルにとっても、とても充実した日々で離れがたいものだった。


「…儂と一緒にいる所を町の人間に見られていたらしくてな…町の外れにゴミのように捨てられておった」


 ゲルグは自責の念と悔しさ。そして、町の者らに怒りを感じていた。


 町の者からすれば、人ではない者が町に頻繁に下りてくるのは不安でしかない。その原因がココルにあるとなれば、町を守る為に仕方ない事だとは思うが、危害を加えるのはやり過ぎだ。

 この件に関しては、ゲルグも警戒心が足りてなかった。


「で?この子どうするの?」

「儂が安易に近づいたせいじゃ。儂が責任をもって育てる」


 はっきりと言い言った。


「…………本気?」

「ああ」


 別にゲルグが育てなくとも、この世には孤児院だってある。


「絆されたの?爺さんらしくない」

「そうかもしれんな…出会ったのも一緒にいた時間も短いが、それがなんだと言うんじゃ?一緒にいたいと願うのは人もドワーフも同じことじゃ」


 嫌味で言ったつもりだったが、優しく微笑みながら大事そうにココルの手を握るゲルグを見てしまっては、口を紡ぐしかなかった。


「お主も一緒にいたいと思う者がいるじゃろ?」

「はあ!?」

「ん?違うのか?珍しくお主が来たんでな。てっきりその報告かと思ったんじゃが?」

「違うわよ!!」


 とぼけたようにいうゲルグを、怒鳴りつけるようにして反論した。


 しばらく滞在させてもらうつもりで来たのが、こんな狭小住宅に大人二人もいては圧迫感が半端ない。これではココルが休養するどころではない。


 シャルロッテは溜息を吐きながら小屋を後にしようとした。


 すると「シャルロッテ」と呼び止められた。


「絆されるのも悪くない。誰かに愛され必要とされるのは、己の糧にもなる。長い事生きているが、こんなにも穏やかな気持ちになるのは初めてじゃ」


 その言葉の通り、ゲルグの表情はとても穏やかなものだった。長年付き合いがあるシャルロッテでも、初めて見る表情だ。


「それを私に言う必要はあるの?」

「あるとも。儂とお主は似とるからな」


 含みのある笑顔で伝えてきた。


「年寄りの話は黙って聞いておけ」

「まったく…説教じみた爺さんは嫌いなのよ」


 そうは言うが、ゲルグが間違った事を言った事はない。


「まあ、頭の片隅に入れておくわ。あ、これ選別。邪魔したわね」


 ポンと投げて渡したのは、シャルロッテが作った薬の瓶。

 ゲルグは嬉しそうにそれを手にすると「行けよ」と笑顔を見せた。シャルロッテも返すように笑顔を向けて小屋を後にした。




「…………行ったぞ」

「ありがとうございます」


 シャルロッテが小屋を出たのを見計らって出てきたのはルイース。


「これで貸しはなしだ」

「ええ、十分です」


 そう言って微笑みルイースを、ゲルグは睨みつけた。


 実は、ゲルグがココルを見つけた時にはすでに息はなく「誰でもいい!!助けてくれ!!」と叫んでいた時に現れたのがルイースだった。

 悪魔にでも縋るつもりだったが、現れたのは悪魔よりも質の悪い人物だという事にゲルグは気付かなかった。


「それでは、私も失礼いたします」


 礼を言って出て行こうとするルイースをゲルグが止めた。


「待て。お主にはココルを助けてもらった恩があるが、シャルロッテも儂からすれば娘のようなものだ。あの子に酷い仕打ちをするようなら、黙っておらんぞ?」

「安心してください。私が彼女にそんな事するはずありません」

「…それならいいが…」


 ルイースの話はゲルグも耳にしたことがある。偉才の魔導師だと。そんな男なら、シャルロッテと一緒になってもいい。そう思っていたが…


(これは、厄介な者に目を付けられたな)


 これから訪れであろう、シャルロッテの未来にゲルグは黙って祈る事しかできなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る