第15話

「なんつーの?収まるところに収まったって感じやねぇ」

「最初から結果は見えていたからな。無駄な時間を費やしただけだ」


 次の日、ルイースと共にディルクの元を訪れた。


 二人一緒の姿に哉藍とディルクは驚きもせず、淡々としていた。ディルクに至っては、書類から目も離さない。


 そんな空間にいたたまれず、踵を返し逃げようとするシャルロッテの腕をルイースが笑顔で掴んで離さない。


「何処へ行くんです?しっかり殿しなければ…ね?」


 報告なんて聞こえのいい言葉を使っているが、逃げ道を塞ぐ為の口実にしか聞こえない。


「…疑い深いわね」

「念には念を入れておいた方が確実でしょう?」


 こっちはもう逃げないと言っているのに…


「目の前でいちゃつくぐらいなら帰ってくれるか?」


 ディルクの冷めた視線に、シャルロッテは溜息を吐きソファーに腰かけた。すると、当然のように隣にルイースが身を寄せるようにして座って来た。


「…証明書は出したのか?」


 書類から目を離しながら、ルイースに問いかけた。


「ええ、昨夜の内に」

「は!?昨夜!?」


 当然と言わんばかりに、口角を吊りあげて言い切ったルイースに、シャルロッテは驚いた。


 昨夜は洞窟の中で寒さを凌ぐように、お互いの身体を求め合っていた。それこそ、朝日が昇る頃まで…教会などに行く隙など無かったはず。訳が分からず、目を見開いていると白い鳩が飛んできた。


 ルイースの目の前まで来ると、鳩は人の姿に変わり膝を折って頭を下げた。


「ご苦労さました」


 労うような言葉をかけたルイースを目にして、シャルロッテは頭を抱えた。


 この鳩はルイースの使い魔だ。主の代わりに教会へ行き手続きを済ませてきたのだろう。わざわざ使い魔を飛ばさなくても良かったものを…


「貴女の気持ちが変る前に提出しなければなりませんからね。これで、もう私と貴女は夫婦ですよ」


 至極嬉しそうに微笑むルイースを見たら、色々言いたかった言葉が吹き飛んでしまった。


「まあ、ええんちゃう?人の一生は短いんやし。シャルロッテからすれば、長い人生の中のちょっとした出来心で済むんやし」

「…………」


 哉藍の言葉に、その場にいた全員が黙った。


 確かに、魔女と人間では生きる時間が違う。それは仕方ない、理なのだから。いずれくる最期の時に、ルイースが心残りがなく、愉快で充実した一生だったと思ってくれればいい。


 その場に重苦しい空気が漂う中「フッ」とルイースが笑みをこぼした。


「言ったでしょ?貴女を一生離さないと」


 そう言いながらシャルロッテの手を取ると、薬指に銀の指輪をはめてきた。


 何の変哲もない指輪だが、何故だろう…嫌な予感しかしない…


「これは一種の呪物です」

「はぁ!?」


 あまりにも平然と言われたもんだから、一瞬何を言ったのか理解が追い付かなかった。


「その指輪は、はめている者の命を奪っていくものです」

「はぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」


 冗談じゃない!!新婚早々、旦那に呪い殺される嫁なんて聞いたことない!!


 シャルロッテは必死に指輪を外そうとするが、ビクともしない。ディルクはまさかの事態に顔を青ざめているし、哉藍にいたっては、心配するどころか笑い転げている始末。


(こうなったら指ごといくか!?)


 指一本ぐらいなくても死にはしない!!そう覚悟を決めた時、ルイースが止めるように指輪に口づけてきた。


「早まってはいけませんよ。説明は最後まで聞いてください」

「呪い殺されそうになっているのに、悠長なこといってられるか!!」

「呪い殺すなんて…私がそんなことするはずないでしょう?」


 いや、現にされてますが?と言いたかったが、とりあえず話を聞いてみることにした。


「この指輪の効力は、付けている者の寿命を奪うものです」

「それは聞いた」

「貴女の寿命はあと数百年ほどと思われますが、その数百年を指輪に吸わせることで、人間と同じほどの寿命になる計算です」


 多少の誤差はあるものの、数年程度だとルイースは言い切った。


「私がこの世を去った後、貴女が他の男に嫁ぐなんて考えただけで気が狂いそうなんです。死んでも死に切れません」


 シャルロッテの手を取りながら眉を下げ子犬のように縋るルイースを目の当たりにして、シャルロッテは冷や汗が止まらない。


 少し…いや、大分独占欲が強いと言う認識はあったが、それもここまで来ると、独占欲や執着なんて可愛い言葉では済まされない。


(狂ってるどころの話じゃない!!)


「あははははは!!流石やね!!死んでも離さんつもりか!!えらいもんに捕まったな!!」

「笑い事じゃないわよ!!どうしてくれんのよ!!」


 シャルロッテは額に汗を滲ませながら指輪を外そうとしている。


「因みに、指を斬り落とそうとしても無駄ですよ?その指輪は自分を守ろうとする防衛本能がありますから」

「─ッ!?い、いいわよ!!絶対に外してやる!!」

「ええ。頑張ってくださいね」


 満足気に抱きしめてくるルイースを、睨みつけながら宣言してみせた。








 十数年後―…


 仲良く並ばれた二つの墓石の前に、花束を抱えたルッチがやって来た。その後ろには、ルイースによく似た面持ちの青年の姿がある。


「…まさか一緒に逝くとはな…の執念には、本当に感服するよ」


 チラッと背後に視線を送ったが、直ぐに墓石に向き合った。

 視界が滲むのをグッと堪え、花を散らすように墓石に撒くとすぐに踵を返した。


「さあ、行くぞ」

「はい。師匠」


 振り返らず、前を行くルッチの後を青年が追って行った…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます 甘寧 @kannei07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ