第11話

 思い立ったが吉日という訳で、次の日早速王宮を訪ねた。


 魔女らしく真っ黒なローブを頭から深く被った姿は完全に不審者。当然、門番に止められたが、哉藍がすぐに駆けつけてくれて事なきを得た。


(入る前から疲れた…)


 既にお家に帰りたい症候群に陥っているが、哉藍に腕を捕まれ引きずられるようにして、ディルクの執務室へとやって来た。


「久しいな」


 持っていた書類から目を外し、笑顔を向けるディルク。

 シャルロッテはフードを外しながら、大きなソファーに腰掛けた。


「あ~ぁ、もう帰りたい」

「シャルロッテは相変わらずだな」


 自分の家かと思わせるほど、だらけるシャルロッテ。この場に他の者がいたら、不敬罪でしょっぴかれてもおかしくない。


「ここに来たという事は、噂の彼との関係を明らかにしてくれるのか?」


 ディルクの顔から笑みが消え、真剣な面持ちでこちらを見てくる。


「単刀直入に言うけど、あの人は彼でもなければ旦那でもない。私に恋愛感情なんて可愛い感情、持ち合わせてないって事ぐらい知ってるでしょ?」


 こちらも真剣な表情を崩さず言い切った。


「そうだな。俺からの求婚も断っているしな?」

「………」


 嫌味ったらしく言い返され、言葉に詰まった。


 ディルクからは何度も求婚されている。

 最初は、命を助けてもらったからと言う要らない責任感が湧いたのかと思ったのが、本人が違うとはっきり明言した。


 じゃあ、あれだ。吊り橋効果だ。と進言したが「何だそれは?」の一言で一蹴された。


 何度求婚されようと、答えは決まっている。と言うか、どこの世界に魔女に求婚する皇子がいる!?


(…あ、ここにいるわ)


 正直何処までが本気か分からないので、毎回適当にあしらっている。


「とりあえず、私は全力でそのお姫様を応援するからって事を伝えに来たの」

「…向こうはそれで納得しているのか?」


 机に肘をつきながら、確認するように訊ねられた。


「納得しようがしまいが関係ないわよ。ああ、それとあの男、結構な嘘吐きだから気をつけて。妄想を口走る節があるから、姫様にそこはちゃんと言っておいて」


「勘違いしないようにってね」と釘を刺すように伝えると、ゾクッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。


「え、何?」と呟いた瞬間、大きな音を立てて執務室のドアが吹き飛んだ。


「奇襲か!?」と身構えたが、粉塵が立ち込める中、姿を現したのは間諜のほうがまだ可愛いと思える程の殺気を身に纏ったルイースだった。


「ノックをしろと注意をした事はあるが、吹きとばせと言った覚えはないぞ」


 ディルクは驚きもせず、冷静にその場に座ったままルイースを睨みつけている。


「申し訳ありません。猫がお邪魔しているようなので、殿下に失礼があってはいけないと馳せ参じた次第です」


 飄々とした態度で言い切ったかと思えば、こちらに凍てつくような視線を向けてきた。


「それで?誰が嘘吐きで妄想癖があると?」

「それはですね…」


 目を逸らし、冷や汗を流しながらモゴモゴと口篭っていると「あかんわ。あれ、完全にキレとるで?」とわざわざ言わなくていい事を言われた。


「しかもなんです?貴女から殿下に会いに来るなんて、らしくもない」

「羨ましいか?」


 強気を装うルイースに、ディルクは笑顔で会心の一撃を食らわした。悔しそうに顔を歪めるルイースからは、殺気と魔力が混じり合い冷気となって漏れ出している。


「図星か…まあ、俺らは元恋人のようなものだしな。気楽に会ったりぐらいするさ」


 ディルクの言葉に「ほぉ…?」と地を這うような低くい声が腹に響く。


(ちょ、馬鹿ッ!!何余計な事言ってんの!?)


 ディルクこの男の悪い所は空気を読まないところと、悪意のない煽り。


「…言いましたよね。覚悟するようにと…私が本気を出せば貴女を一生閉じ込めることも出来るんですよ?」


 突き刺さるような視線を浴びて小さくなっていたシャルロッテだったが、ルイースの言い放った言葉を聞いた途端目を大きく見開き、ゆっくり立ち上がった。


「それは聞き捨てならないわね…私が青二才如きの術に捕らわれると?はっ、ちゃんちゃらおかしくてヘソで茶が沸くわ」


 傲慢に笑いながら伝えた。


「言ったでしょ?と」

「へぇ?今までは本気じゃなかったと言うの?」

「当たり前です」


 双方黙って睨み合っているが、漏れだした魔力で部屋の中は本が飛び交ったり窓が割れたりと中々の惨事。


 このままだと部屋一つ破壊しかねない状況に、ディルクがバンッ!!と大きく机を叩いた。


「お前らいい加減にしろよ。そこまで言うんなら、いっその事本気で逃げ隠れしてみればいいじゃないか」


 落ち着いた声色だが、明らかに怒っている。まあ、部屋をめちゃくちゃにされたんだ、当然だろう。


「二人とも自分の力に自信があるのだろう?シャルロッテ、君は本気でこの男から逃げてみればいい。そのまま逃げ切れれば憂いもなくなり丁度いいじゃないか」


 それは願ったり叶ったりだが…


「いいですよ」


 シャルロッテより先にルイースが返事を返した。


「ただし私が捕まえた時は、今度こそ私のものになっていただく。いいですね?」

「…………分かったわよ」

「では、こちらにサインを」


 そう言って、目の前に出してきたのは婚姻証明書。


「んな゛!?」


 逃げ切る自信しかないが、流石にこれはやり過ぎなのでは?と証明書を前に躊躇していると、小馬鹿にするようにルイースが挑発してきた。


「おや?逃げ切る自信があるのでは?」

「ーッ!!か、書くわよ!!書けばいいんでしょ!?」


 むきになったシャルロッテは、勢いのままペンを走らせた。


「…………チョロいんよな」

「黙ってろ。良くも悪くも素直なだけだ」


 遠目から見ていた哉藍とディルクの声はシャルロッテの耳には届かなかった。





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