第10話
ディルクとは、偶然が偶然を呼んだ結果の末に出会った。
──あの日は数日降り続いた雨で地盤が緩み、川も水かさが増して渦を巻くほどだった。
森の獣らが心配になったシャルロッテは、大きなフードのついた外套を羽織り外へ出た。
暫く森の中を見回っていたが川辺に差し掛かった時、助けを求める声が聞こえた。
声を頼りに足早に進んでいくと、荒れる川の中で大岩に掴まり必死に助けを求める男の姿があった。
しかし、その姿を見たのは一瞬だけで、あっという間に飲まれてしまった。
「大変!!」
魔女という事が人に知られると厄介なのは分かっているが、そんな事はとうに頭からすっぱ抜けていた。
慌てて呪文を口にすれば、すぐに引き上げることが出来たが、男は意識を失い息をしていなかった。
シャルロッテは無我夢中で人工呼吸を施した。本で読んだだけの知識で、やり方があっているのか不安ではあったものの、やらないよりはいい。
その思いが通じたのか「ゴホッ」と息を吹き返してくれた。とりあえず安堵したものの、このまま置き去りにする訳もいかない。仕方なく、自宅に連れて行き看病をすることにしたのだが、この決断が大きな間違いだった…
家に着きしばらくして目を覚ました男は、この国の皇子だと名乗った。
まあ、言われずともそんな気はしていた。
上等な装いに、王家の紋章が入った剣を腰に差していれば嫌でも気が付く。
温かいお茶を煎れながら、何故そんな者が川で溺れていたのかを訊ねてみた。
「森の様子を見に来た」
山雪崩が起きれば大変な被害が及ぶ。その前に手を討とうとしたらしいのだが、ぬかるんだ斜面に足を取られて気が付いたら川に落ちていたと。
(随分と国民思いな皇子様ね)
感心はするが、同情はしない。
「悪いけど、それを飲んだら帰ってくれる?ああ、私の事は黙っておいてね。喋りそうなら口封じの術を掛けなきゃだけど」
これ以上ここに置いておく訳にはいかない。王族のなれば尚更だ。
魔女は昔から忌み嫌われる存在。そんな者が森にいるなんて知られたら…
魔女なんて迷信、御伽噺の世界で生きていればいい。
「命の恩人の君を晒すような事はしない。それだけは安心してくれ」
「そう」
まあ、この男ならそう言うだろうと思ってた。
「なあ、また来てもいいか?」
去り際、振り返りながらそんな事を言われたもんだから「辿り着けたらいいわよ」そう、安易に応えてしまった。
数日後─
「来たぞ」
綺麗な顔には泥をつけ、ウェーブのかかった髪には草や木の枝が絡まったまま、何食わぬ顔でやって来た。
もう二度と会うことない、そう思っていた者の登場に驚きもあったが、それ以上に煌びやかな皇子とはかけ離れた姿に、シャルロッテは我慢できずに吹き出した。
「ぷっ……あははははは!!何なのその格好!!」
腹を抱えて笑うなんていつぶりだろう。
目に涙を浮かべながら笑い転げるシャルロッテを、口元を緩ませたディルクが見つめていた。
この件を皮切りに、ディルクは頻繁に訪れるようになった。
皇子様が魔女の家に入り浸るのは良くないと、何度も止めるように言ったが聞く耳を持たなかった。
ここ最近は政務が忙しいらしく、随分と来る頻度は減ったがズルズルと関係を続けて、今現在…
「哉藍、言葉に語弊があるわ。元彼なんかじゃないわよ」
「へぇ~?その割には随分仲ようしとったな?」
「勘違いしないでよ。私にも選ぶ権利はあるわよ」
「あはははは!!皇子相手にそれ言うか!?」
爆笑する哉藍を無視して、再び綺麗な文字が並んだ便せんに目を向けた。
そこには、シャルロッテが最近ルイースと親しくしている事実を確認するような文面が並んでいた。
「はぁぁぁぁぁ~…」
これは面倒なことになった。
あの男が事実確認を
「追記やけど、絶世の美女って噂の姫さんな。本気で堕としに来とるらしいで?」
いや、別にそれは全力で応援させていただきます。この際誰でもいいから、引き取って欲しい。
ただ、問題が一つ。要らんことを
もし、そのお姫様に私の存在が知れた挙句に、身体の関係があったなんて知られたら…
一国の姫の伴侶になろうとする男の子供を宿しているなんて、噂にでもなってみろ。それこそ魔女狩りの餌食だ。
そもそも私の身体には常に避妊の術を施してあるから、いくら身体を重ねても子を孕む事はない。しかし、それを魔女本人が口で言った所で信用に欠ける。
「…哉藍。ディルに会いに行くわ」
「は!?」
「最短で事を終わらすには、私が直に行って話す方が早いのよ」
「まあ、正論やけど…正気か?」
哉藍が歯切れ悪く聞いて来た。
王宮なんて華やかな場所は肌に合わなくて、足を踏み入れたのはほんの数回。片手でも余るほどしかない。
そんな場所に自ら進んで行こうとしているんだから、驚くのも無理はない。
「行ってやるわよ王宮へ」
力強く宣言した。
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