第9話
(何してんのよ、昨夜の私…)
全てを聞き終えたシャルロッテは、自己嫌悪と言う言葉では言い表せない程落ち込んでいた。
酒に飲まれたのもそうだが、まさかこの男と二度目の朝を迎えてしまったという事実が、何よりも重くのしかかってくる。
元はと言えば、この男との賭けに乗ったのが悪かった。
上手い言葉に乗せられた私も私だ…出来る事なら、なかったことにしたい…
「あの、相談なんだけど…」
「却下です」
「まだ何も言ってない!!」
「どうせ、昨夜の事は覚えていないから水に流せとでも言うのでしょう?」
「…………」
黙って睨みつけるが、素知らぬ顔で用意されていた茶に口を付けている。
(いっその事、記憶をまるっと消すか…)
出来ないこともないが、人の記憶を消すというのは禁忌にあたる。もし、その事が知られたら打首は免れない。
それに相手は偉才の魔導師。上手くいくという確証もない。
「ふふっ、良からぬことを考えている顔ですね」
「そう思うなら、昨日の事は無かったことにして頂戴。お互いに酔ってて正常な判断が出来なかったのよ」
「そうはいきませんよ。あんなに素直で愛らしく、必死に私を求めて─」
「わぁぁぁぁ!!!!言うな!!」
慌ててルイースの口を手で塞ぐと、その手を取り口付けてくる。
「勝負は私の勝ちです。しっかりと覚悟を決めてくださいね?」
死刑宣告された気分だった。
❊❊❊
自分の家に戻って来れたのは、日が暮れ始めた頃だった。帰りたいシャルロッテと、帰したくないルイースの攻防が長引きこんな時間になってしまった。
フラフラになりながら帰ってくると、自分の家の煙突から煙が出ているのが見えた。
こんな勝手な事をするのは奴しかいない…そう思いながら、扉を開けると「おかえりぃ」と鍋蓋を片手に笑顔を向ける男…
「あら、ヤダ。裏切り者の哉藍じゃない」
「あ、嫌やな言い方」
「本当の事じゃない。お得意様を悪魔に売ったのよ?」
「僕かて、本望やなかったんやで?」
蔑むような目を向けながら言うと、機嫌を取る為に傍に寄ってきた。気にもとめず椅子に腰掛け、パイプに火を灯して煙を吐いた。
「─で?何しに来たのよ?」
「そんな冷たくしんといてぇな。可愛い顔が台無しやで?」
不貞腐れるシャルロッテの頬を突きながら言うが、返ってきたのは凍りつくような冷たい目。
「あれ?」と思わぬ反応に戸惑う哉藍。
「なぁにが可愛いよ。どうせ私は可愛くありませんけど?」
この間言われた事を、しっかり引き合いに出してやった。
「もお、堪忍してや。そんなん、その場しのぎの嘘やん。本気にせんといてぇ?」
誤魔化すようにヘラヘラと笑っている。
まあ、元が胡散臭い分、何を考えているか分からない節はある。それこそ、今知った事じゃない。
「分かった分かった」と適当に相槌して、この話を終わらせようとした。
「そういや、今までどこいってたん?日中家におらんの珍しいな」
「─ん゛ッ」
澄ました顔でパイプを咥えていたシャルロッテが、動揺を見せた事に「おやおやおや…?」と目敏く食いついた。
哉藍の視線を逸らそうと顔をそむけるが、執拗に顔を覗きんでくる。嫌な汗が額を伝っているのが分かる。
「あ、あ~…なるほどなぁ。随分と愉しい夜やったみたいやね?相手は、例の魔導師様?」
「は!?」
何かに気が付いた哉藍はニマニマと嘲るような笑みを浮かべてる。シャルロッテは、何故バレた!?という顔で驚きを隠せない。
「ここ、ここ」
首元を指さされ、鏡で見てみると「んなっ!!」
一瞬で全身が真っ赤に染まった。鏡に映ったのは、無数に付けられた赤い痕。
(あいつ!!)
ギリッと歯を食いしばって、怒りと羞恥心を抑えようとする。
「あははははっ!!独占欲丸出しやね!!」
「笑い事じゃないわよ!!」
腹を抱えて笑う哉藍を睨みつけるが、笑い声は止まらない。
「くくくっ、あんだけ嫌や嫌や言うとった癖になぁ。絆されんたか?」
「…敢えて言うなら、負け博打のしこり打ちよ…」
「へぇ~?詳しく話してみ?」
キラキラと顔を輝かせて問いただしてくる。これは完全に面白がっている証拠だ。
「はぁ~…」
シャルロッテは小さな声で、ぽつりぽつりと話し出した。
話していく内に哉藍の口元が震えていく。必死に笑いを堪えているんだろうなと、容易に察する事ができた。
最終的に「あははははっ!!」と涙を流しながら爆笑されたが…
「そんなに笑う事ないんじゃない?少しは哀れんでくれてもいいんじゃないの?」
「阿呆か。煽ったのは自分やろ?自業自得やん。酒の失敗を可愛ええと思えるんは、若い頃までやで?あんた今幾つやねん」
何もそこまで言わなくてもいいんじゃない?ってほどの正論で論破され、ぐうの音も出ない。
「と言うか、ほんまに逃げる気あるんか?」
「あるわよ!!」
「おかしいなぁ。あんたが本気になれば、簡単に逃げれるやろ。なんで、せんのや?」
肘をつきながら疑いの眼差しを向けてくる。
「だって、相手は魔導師だし…」
「そんなん理由にならんやろ」
「…………」
哉藍の言う通りだ。私が本気を出せば、姿を晦ます事なんて容易い。自分でも、なんでこんな事になっているのか分からない。
「まあ、ええわ。そんなシャルロッテちゃんに朗報やで」
そう言いながら手渡してきたのは、不穏な匂いがプンプンする封筒。そこには、これ見よがしに王家の封蝋が押されてある。
これを渡す為に、ここに来たと言っても過言では無い代物だ。
「…また面倒なものを…」
「仕方ないやろ?僕かて仕事やもん」
渋々受け取り、中を確認するなり盛大な溜息が出た。
「…本当、あの男は目敏くて嫌になる」
「あはははは!!それが元彼にかける言葉か?」
差出人はこの国の皇子であるディルク・バルリングだった。
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