第8話

 シャルロッテはつい先ほどまでの楽しい時間が、一瞬で終えた事に落胆しているのと同時に、どうやってこの場をやり過ごすかを必死になって考えていた。


(絶世の美女はどうした!?)


 今頃煌びやかな会場で各国の重鎮らの相手して、華やかなドレスに身を包み美しくて愛らしくて淑やかで…それでいて、ギラギラした獣の様な目で声をかける令嬢らを相手にしてんじゃないの!?なんで、こんな酔っ払いばっかりの大衆酒場に!?


「鳩が豆鉄砲を食ったような顔してますよ?」

「…そりゃそうでしょ。何してんのこんな所で」


 ルイースは構わず、シャルロッテの飲んでいた酒に口を付けた。


「私の可愛い猫が逃げ出したようなので、急いで戻ってきたんですよ。まったく、手を焼いて困ってるんです」


 一息で飲みきると、真っ直ぐとこちらを見つめてくる。だが、そんな視線を無視して、空になったジョッキを奪い取りおかわりを貰う。


「そんなに手を焼くのなら、見限ればいいじゃない。それで新たに従順な猫でも見つけたら?」

「ご冗談を」


 鼻で笑われた…


 苛立ちを隠すように、ジョッキ一杯の酒を豪快に呷る。そんな姿を見ていたルイースが、おもむろに口を開いた。


「…そうですね…もし、私に飲み比べで勝つことが出来たのなら、逃がしてあげてもいいでしょう」


 その言葉に「へぇ?」と傲慢に口角を吊り上げた。


 自慢では無いが、魔力の強さと酒の強さだけは誰にも負けない自信がある。


「ちなみに私が勝った場合…その時は、覚悟してくださいね?」


 目を細め、微笑む姿は極悪人。とても世間で人気のある魔導師様には見えない。


(上等じゃない)


 所詮はいいとこのお坊ちゃん。こんな庶民が飲む、やっすい酒なんて飲み慣れていないだろう。悪い酔いして潰れるのが目に見えている。


「今の内に負けを認めた方がいいわよ?」

「ははッ、まさか。やる前から負けを認めるのは馬鹿のすることです」


 親切心で言ってやったのに、ルイースはやる気で酒が並々入っているジョッキを一気に呷った。それならと、シャルロッテも酒を呷りだした。



 ❊❊❊



「………デジャブ………?」


 眩しい朝日が差し込み、シャルロッテは目を覚ました。その隣には、いつかの時と同じように綺麗な顔で眠りにつくルイースがいた。


(頭痛が…)


 膝を抱えて頭を抱えるシャルロッテ。それは飲み過ぎた事によるものなのか、この状況に理解が追いつかずに痛むのか分からない。


 確かあの後、すぐに潰れると思っていたルイースだったが、顔色一つ変えずに飲み続けた。目の前にはジョッキの山が出来始め、店にいた者らも面白がって観戦という名の煽りを入れてくる。


「ねぇちゃん頑張れ!!」

「お兄さん負けないで!!」


 店内はさながらお祭り騒ぎになり、女将もノリノリで店の奥から酒樽を持って来ていた。

 こうなればこっちらも楽しむしかないと、カウンターに足を掛けて何杯も一気飲みしていたのを覚えている。ルイースは大人しく淡々と飲み続けていたが…どっちが勝ったんだ?


 一番大事なところを覚えていない。


(とりあえず、ここから出るのが先…)


 そう思いながらベッドを出ようとすると、グイッと腰を引かれた。


「何処に行くんです?」


 顔を見上げながら問いかけられた。


「…………起きるのが早い」

「同じ轍は踏まないんで」


 腰を抱いたまま離そうとしないルイースを無理やり引き離し、ベッド下に落ちていた服を拾い投げつけるようにしてルイースに渡した。


「とりあえず服着なさいよ」

「余韻を楽しもうと思ったんですが…仕方ありませんね」


 文句を言いつつ、シャツに手を通している。シャルロッテの方もきっちりと身支度を整えた。その後に改めて、頭を抱えた。


「一体どうしてこんな事に…」

「おや?覚えていなんですか?」

「え?」


 呆けるシャルロッテにルイースはゆっくりと昨夜の顛末を話してくれた。その内容は、耳を疑うものだった…


 酒に強いと自負しているシャルロッテは豪快に飲み進めていくが、正直酒樽を相手に飲んだ事がなく自身の限界を知らない。そもそも酔っているという感覚も知らないので気が付いた時には目が据わり、酒を抱えるようにして飲み続けていたらしい。


「おい、ねぇちゃん。その辺にしとけ」

「あ゛ん?」


 親切に止めに入ってくれた人の胸倉を掴み絡みだす始末。ルイースがすぐにシャルロッテを引き離すが、牙を向ける相手が変っただけ。


「邪魔よ。離しなさい」

「周りの方に迷惑をかけるので駄目です」

「あんたのそういう、生意気なところが気に食わないのよ」

「それは光栄ですね。貴女の気を引けるなんて」


 嫌味を言っても返ってくる言葉はシャルロッテが欲するものではなく「チッ」と大きく舌打ちをする。


「…………帰る」


 それだけ言うと女将に代金を渡し、ふらつく足取りで外に出て行こうとした。すかさずその手をルイースが掴んだ。


「勝負がついておりませんよ。負けを認めたという事でよろしいですか?」

「は?なにふざけたこと言ってんの?私が負ける訳ないじゃない」

「そんなに足元をふらつかせた者に言われても…」


 嘲笑いながら言われ、むっか~と腹が立った。


「へぇ?私が酔っているかどうか確かめてみましょうか?」

「どうやってーッ!?」


 スルッとルイースの首に手を回すと、その唇に口付けた。顔を逸らそうとするルイースの顔を掴み、執拗に舌を絡める姿に、その場にいた者らは驚き頬を染めながら言葉を失っていた。


「どう?酔ってたらこんなこと出来ないでしょ?」


 濡れた唇を拭いながらドヤ顔を見せるが、やっている事は完全に酔っ払いだという事に気が付いていない。


「…………」


 ルイースは俯きながら口元を手で覆っていたが、すぐにシャルロッテを抱き上げると店を足早に出て行った。


「ちょっと!!なにすんの!?」

「煽ったのは貴女なので、責任を取ってもらいます」

「はぁぁぁ!?」


 こうして、再び夜の街へと消えて行った。


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