第6話
「私の彼なの」
その一言を言い放った瞬間、家全体が揺れ窓ガラスにヒビが入る。まあ、この程度の被害なら可愛いものだ。
「…笑えない冗談ですね」
「あら、冗談なんかじゃないわよ」
二人揃って不自然すぎる笑顔で睨み合っていると「おいッ!!」と哉藍に腕を引かれた。
「なんちゅうこと言っとるねん!!僕がいつあんたの
素早くルイースに背を向けると、小声で怒鳴られた。
「そんなこと言わないで、ちょっとでいいから付き合ってよ。私とあんたの仲じゃない」
「冗談やない!!あんなんに目ぇ付けられんのは御免や!!」
猫なで声でお願いするが「無理」の一点張り。
私だってこんな事お願いしたい訳じゃない。まずは、ルイースに『お前の隙いる隙間は無い』と思わせることが大事だと踏んだ。その為には、是が非でも相手になってもらわなきゃ困る。
「じゃあ、取引しましょ」
一向に首を縦に振らない哉藍に、シャルロッテは仕方ないとばかりに最強の一手を言い放った。
哉藍は根っからの商売人だ。取引だと言えば、話ぐらいは聞いてくれる。その証拠に、文句を言っていた口が黙った。
「これから一年、私の作った薬は哉藍に優先的に回す。当然、無料で提供するわ」
シャルロッテの作る薬は良く効くと評判で、大層な人気がある。あちらこちから受注があるが、日に出来る数は限られており、供給が間に合ってないのが現状だ。
その為、シャルロッテの薬は値が爆上がりしている。それが無料で手に入るんだ。哉藍にとってはいい話だろう。
「どう?」と聞き返すが、哉藍は顰めた顔を崩さない。
「一年程度やと?商い人舐めとるんか?」
「…くっ」
完全に足元を見られている。
「じゃあ、二年…」
「三年」
「さんっ…!!ちょっとそれはやりすぎでしょ!!」
三年タダ働きは死活問題だ。
すぐに反論するが「別に僕はいいんやで?」とほくそ笑みながら言われた。その顔は勝ちを確信している。
「~~~~ッ、分かったわよ!!三年でいいわよ!!」
「交渉成立やね」
もう、背に腹はかえられない。取引先は哉藍だけでは無いし、何とかなるだろう。
哉藍は覚悟したように、息を深く吸い込むとルイースに向き合った。
「お待たせしてもうて、えらいすんません」
「いいえ。
「いやぁ、
そう言いながらシャルロッテの肩に手を回そうとすると、パシッと
一瞬の事で、哉藍は思わず目を見開いて冷や汗を流している。
「汚い手で彼女に触らないで頂きたい」
「何を言うとりますの?シャルは僕のもんやで?部外者はそっちやん」
ルイースは射殺す様な視線を向けて来るが、気にせずシャルロッテの腰に手を回し、挑発ように髪に口付けをしてくる。
ここまでやれとは言っていないが、三年分の働きはしてもらおう。
「…そうですか…」
そう呟きながら、顔を俯かせた。
「お?」と少し期待で頬が緩んだが、すぐにその頬は強ばることになった。
「分かりました。力ずくで頂きます」
「ッ!?」
言うが早いか、無数の氷の刃をこちらに向けて飛ばしてきた。
急な事で防御が間に合わず、避ける事が精一杯。割れた窓から外に逃げ出すと、哉藍と一緒に森の奥へと駆け出した。
「こんなん話がちゃう!!」
「私も想定外よ!!」
逃げながら文句を言われるが、こちらとて予想できる範囲を超えている。
「自称国一の魔女なんやろ!?何とかしぃや!!」
「出来たらしてるわよ!!」
攻撃を防ごうにも、その隙を与えてくれない。
そうこうしている間に大きな崖に行く手を阻まれ、完全に袋のネズミ。
「どないするねん。あいつ、目が
「…………」
邪悪なオーラを身に包み、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるルイース。
(この私が怯むなんて…!!)
天才と呼ばれるのは伊達じゃなかったと言うことだ。
そんなルイースだが急にその足を止め「貴方は…」と何やら呟き出した。
「貴方は、彼女と身体の関係はあったのですか?」
「は?」
「お付き合いしとると言うことは、そういう関係でもあったのかとお聞きしているんです」
高圧的な態度で、とても人にものを訊ねる様な物言いじゃない。
「まあ、僕かて男やし?やる時はやる─」
困ったように頬を掻きながら答えていると、その頬を掠めるように氷の刃が放たれた。
顔面蒼白で固まっている哉藍の頬からは、一筋の血が流れ出た。
「それは不愉快で穢らしくて…目障りですね。二度とこの目に映らないように排除致します」
刺すような目つきで睨みつけられ、哉藍は汗が止まらない。
「は…ははっ…あかんよ?そんな冗談…」
頬を引き攣らせながら苦し紛れに言うが、ルイースからの殺気は収まることはない。
「ちょ、待ち…」と必死に止めようとするが、じりじりと距離を詰めてくる。ルイースは目を逸らさず真っ直ぐと
「すんません!!」
あまりの威圧感と殺気に負けた哉藍が、地面に叩きつけるように土下座した。
「全部嘘です!!僕とシャルロッテは贔屓にしてもらっとる商い人と客やねん!!」
「ちょっ!!何言ってんのよ!!」
「阿呆!!見てみ!!あいつ瞳孔開きっぱなしやで!?あんなん相手にできんわ!!」
まさかの裏切りに胸倉を掴んで怒鳴りつけるが、すぐに怒鳴り返された。哉藍の指さす方を見ると「ヒュッ」と息を飲むほど不気味に微笑むルイースが立っていた。
「僕かて命は惜しいねん」
「ちょっと待ってよ、取引の話は!?」
「破断や破断」
「そんなぁ~」
哉藍は軽く手を振ると「ほな、僕は帰りますさかい…」と縋るシャルロッテを置いてその場を足早に立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
「…………なんや?」
ルイースの横を通り過ぎようとした時に引き留められた。振り返ると、シュッと鋭い刃を頬に当てられた。
「彼女とは何もないと言い切れますか?」
「そもそもの話、僕は可愛い子が好きやねん」
それはシャルロッテが可愛くないと言っているようなもの。哉藍は聞こえていないと思っていただろうが、残念なことにしっかり聞こえていた。
(ほぉ?取引不履行といい…次会ったら覚えておけよ!!)
「シャルの可愛さが分からないとは可哀想な人だ」
「そんなん、分かりたくもないわ。何度も言うけど僕は関係ないからな。文句言うなら、あそこで逃げ道を探っとるモンに聞いてや?」
そう言い捨てて、シャルロッテに丸投げした状態で去って行った。
「待って―」と哉藍を追いかけようとしたが、恐ろしい程笑顔のルイースに阻まれた。
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