第5話
自分の家に戻って来たシャルロッテは、テーブルに手をついて頭を抱えていた。
「いつまでその姿勢でおるつもりや?」
コンコンとドアを軽く叩きながら家に入ってきたのは、薬売りの
紫髪にほっそい糸目。大きな薬箱を背負ってやって来ては、いつも作ったような笑顔を振り撒いて来る。何処の国の者かも分からない胡散臭い奴だが、持って来るものは上質なものばかり。その癖、安価で売ってくれるので胡散臭かろうが、常識知らずな時間に来ようが構わず迎え入れている。
「ヤダ…幻覚?こんな良心的な時間に哉藍がいるなんて…」
今の時間は昼少し前。こんな時間にやってくるなんて、何年ぶりだろうか。
「ほお?随分と失礼な事言いますなぁ?ええんやで?このまま帰っても」
「待って待って、冗談じゃない」
踵を返して出て行こうとする哉藍を慌てて引き止めた。
哉藍は勝ち誇った様に笑うと大きな薬箱をテーブルに置き、いつものように手早く丁寧に薬草を並べ始めた。
相変わらず良質な物が並び、自然と笑顔になる。
「今日んとこはこんなもんやね」
「十分よ」
商売を終え、一息つく哉藍にお茶を差し出した。
「おおきに」
そう言いながら、もう一つの鞄から花を象った可愛らしい茶菓子を出してくれた。これもいつも通り。
お茶と菓子を食べながら他愛のない会話をするのが、この森の奥で住むシャルロッテにとって少ない楽しみでもあった。
「そんで?その魔導師様から逃げてきたん?」
しつこく聞いてきたから話してみたが…
「遠回しに自分のモンになれって言われとるやん。勿体なッ!!」
…話す相手を間違えたかもしれない。
「長くて短い人生やん。一度ぐらいは身を固めてもええんちゃう?」
「私は色んな恋を楽しみたいの」
「その割に、その口から恋バナ聞きませんなぁ?」
ごもっともな事を言われて、ぐうの音も出ない。
最後に恋をしたのはいつだったか…そもそも恋ってどうやってするものかすらも忘れた。
「完全に枯れとるな」
「…もう少し言葉を選んで」
お茶を啜りながら辛辣な言葉をかけてくるが、間違ってはいないので否定はしない。恋をするよりも、後腐れなく遊ぶ方が私の性に合っている。
「せやけど、その魔導師様にこの場所はバレとるんやろ?すぐに連れ戻されるんとちゃうの?」
いい所に気が付いてくれた。
確かにこの場所を知られているのは痛い。だが、木を隠すなら森の中。魔女を隠すなら魔法があるじゃないってね。
「あんた私を誰だと思ってるの?国一の魔女様よ?」
「自称やろ?」
「…殴るわよ」
「怖ッ」と言っているが、笑いながら言っていて怯える様子は全く無い。
シャルロッテは「まったく…」と呆れつつも、話を続けた。
「この家には目標を見失う術をかけてあるの。天才と言えど、そう簡単には解けないわよ」
胸を張りながら自慢気に言い切った。
「それやと、僕も迷ってたんとちゃうん?」
「馬鹿ね。あんたには私の術はかからないわよ。その為に、
指さしたのは、哉藍の付けているブレスレット。それは鮮やかな翡翠石だけのシンプルな物だった。
これは哉藍が初めてここへ来た際に渡したものだ。それにはシャルロッテの魔力が込められており、外さない限りこの森で迷うことは無い。
「てっきり魔除けや思うとったわ」
腕をかざしながら眺めている。まあ、見た目は変哲もない普通のブレスレットだからな。
「そんな訳で、ここには私が許可した者しか辿り着けないの」
「言うほど仲ええモンおらんやん。自分」
「…本当さぁ、あんたは一言多いわよね。いっぺん死んでみる?」
「あははは、それは御免やな」
面白おかしく言ってくれればまだ救いようがあるが、真顔で本当の事を言われる身にもなってごらんなさいよ。泣きそうになるわ。
「真面目な話、天才と狂人は紙一重なんよ?」
「…………何よ。急に」
「扱いを間違えたら狂人にもなりうるちゅーことや」
うっすらと目を開けて、忠告と言うより警告に近い言葉をかけられた。
「その証拠に―…」と前置きしたうえで、扉の方を振り返った。
「んなッ!!!!」
思わず椅子から飛び上がった。
(ありえない!!)
そこには扉に寄りかかり、こちらを見つめるルイースの姿があった。
「お迎えに上がりましたが…そこの男は誰です?」
満面の笑みで訊ねてくるが、目は全く笑っていない。その表情にゾクッとうなじが粟立つ。
無言で放たれる威圧感に、哉藍も「ヤバ」と顔を引き攣らせながら苦笑してる。
迎えなんて頼んでないとか、どうやってここに入って来たのかとか、言いたいことは山ほどあるがとりあえず言えることは…今すぐに逃げたい。
「なあ、これ、僕ら殺られるんとちゃう?」
「いつもの強気はどうしたのよ!!」
耳打ちするように話していると、シュッと鋭い氷の刃が二人の間を掠めて壁に突き刺さった。少しでもずれていたら大けがでは済まない。流石の哉藍も、血の気が引いて真っ青になっている。
「ああ、すみません」
パクパクと言葉を失っているシャルロッテにルイースは謝罪の言葉をかけるが、全く詫びいれている様子はない。
正直、今まで男に追いこまれたことなかったシャルロッテ。それ故に、この状況をどうしていいのか分からないが、このままやられっぱなしは単純にむかつく。
(一度寝ただけの男が偉そうにしやがって!!)
これはあれだ。『一度寝たんだから、君は俺のものね』って言う、勘違い野郎のテンプレ的行動。
…これだから初物は面倒臭いって言われるんだよ…
シャルロッテはルイースを睨みつけながら、哉藍の腕に手を回した。
「は?」と戸惑う哉藍を余所に、勝ち誇った笑みを浮かべながらこの場を震撼させる言葉を放った。
「この人は私の彼よ」
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