第20話
「おい、オリバーさんに何やってるんだ」
頭の後ろからドスの効いた声が降ってきて、同時に俺の事を守るかのように優しく肩を抱かれる。こんなに怒っている状態は初めて聞いたが、一応この声には聞き覚えがあるぞ。俺は振り返る事もなく、俺の背後で凄みながら肩を抱いている人物に声をかける。
「何をそんなに腹立ててんだ、カーティス」
「だってこいつ、オリバーさんの事殴ろうとしてました」
「煽った俺も悪いよ。離してやりな」
「はぁ!? 先に手を出した方が絶対悪いに決まってるじゃないですか!?」
俺の父さんを庇うような台詞が気に食わなかったのか、カーティスの手に力が籠って父さんご自慢の杖がバキリと折れる。あーあ。こんなもんでも売れれば多少は金になって借金返済の足しになったろうに。これでもう無理だ。ご愁傷様。突如颯爽と現れ俺を助けて家族に敵対するカーティス。これにはさぞや父さんを始めとした家族もご立腹だろう、と思っていたのだが……。
「おい、あいつはさっき王弟殿下と対等に渡り合ってた、あの……」
「キャッ、こっち見たわよ!」
……なんだか思ってたと反応が違う。まあ……よくよく考えたらそれもそうか。今のカーティスは父さんと兄さんからしてみれば王弟殿下へ繋がりを持つ為の足掛かりに、母さんと妹からしてみれば見目麗しい夢のような貴公子に見えているのだろう。つまりは、家族皆それぞれにカーティスに対して関わり合うメリットを見出しているのだ。その事を思ったら、父さんの杖を折られたなんて最早さっさと水に流して忘れて然るべき些末な出来事になっているに違いない。
「おい、オリバー! その方と知り合いなのか? だったら早く私達の事を紹介しろ!」
「オリバーさん、この人達は若しかして……」
「……恥ずかしながら、俺の家族だ」
恥ずかしながら、頭に着けた事に家族はムッとした様子だったが、カーティスがチラリとそちらを伺うと途端に笑顔を取り繕う。調子のよろしい事で。どうにかこうにかカーティスに取り入ろうと、これまで見た事のないような気味の悪い笑みを浮かべているのが見苦しい。既に父さんが俺に殴りかかっているところを見ているカーティスは、その笑顔を見ても友好的に返すどころか益々顔を顰めているというのに。
「あなた方がオリバーさんのご家族の、ターナー伯爵家の方々ですか。初めまして、カーティス・コーエンと申します。オリバーさんにはお世話になっています」
「おお、これはこれは、ご丁寧に。オホン。私はオリバーの父で、ターナー伯爵家当主でもあるノリス・ターナーだ。こちらは妻のパメラ。その後ろに居るのが長男のネイサンと、娘のクリッシーだ」
「ごきげんよう」
「やあ、どうも」
「オホホ、よろしくお願いしますわ」
それぞれ分かりやすく猫を被って愛想を振りまく。ある者は取り入る為に、またある者は気に入られようと、各自で媚びを売っているのだ。しかし、既に家族が俺を虐げているのを見ていたカーティスは全く彼等の態度に靡かない。むしろ相手によってあからさまに態度を変えている事に嫌悪感を覚えたのか、どこまでもよそよそしい距離を保っている。俺の家族は愚かにもその事に気がついた様子もなく、揉み手でこちらに擦り寄ってくる。
「いやぁ、見事だったね、先程の君の活躍! リリアナ王女殿下の不正を明かし、追い詰めて認めさせたあの手腕! 伊達に長年リリアナ王女殿下の婚約者でいただけの事はある。流石だねぇ!」
「別に、僕自身は凄くも何ともありません。ただ優秀な王弟殿下の尻馬に乗っていただけです」
「まあ、謙遜なんてして、慎み深いのね! 素敵だわぁ」
「全く、君のように優秀な人間と親しいのなら私達にも教えてくれておいてもいいようなものを。弟は昔っから放蕩者でね、家に寄り付こうともしないから話を聞く云々以前の問題さ」
「本当ですわ! カーティス様のような方を独り占めなんて、相変わらずオリバー兄様は意地悪だわ!」
俺を相手にしている時から考えられない胡麻擂り具合い。そしてカーティスに対する阿りの言葉にも、さり気なく俺を貶める言葉を忘れない所は、流石と言うかなんと言うか。俺は家に寄り付かないんじゃなくて入れて貰えないから帰らないだけだし、独り占めも何も紹介以前に家族は俺の話を聞こうともしないじゃないか。話しかけようもんなら水をかけられ嘲笑われるのが目に見える。実際、前にそういう事あったし。これは邪推でもなんでもない、確実性を持った想定だ。
当然話に入り交じり透けて見える俺への侮辱をカーティスが聞き逃す筈もなく、背後に感じる彼のオーラがどんどん怒りでピリついたものになっていく。周囲の野次馬もそのことに気がついたのか、周囲にいた人々がサッと俺達から距離を取ってきた。気が付かないのは、間抜けな俺の家族ばかりだ。
「ところで、カーティス君? 君はさっきオリバーに世話になっていると言っていたが、それは本当かい?」
「ええ、本当ですが、それが何か?」
「そうかそうか! いや、実はね? 最近ちょっとした投資をしたんだが、どうやら相手が心がけの良くない奴等だったらしく、損害を出してしまってね……。今ちょっと資金繰りに困っているんだよ。それで、オリバーと仲良くしている好で多少融通してもらいたいんだが、どうだろうか? 君自身が優秀でその信用を使って動かせる資金が沢山ありそうなのは勿論、ご実家だって侯爵家で貸し出せる金はいくらでもあるだろう?」
「ちょっと父さん! 何恥ずかしい事言い出すんだよ!」
息子より歳下の未成年に借金の申し込みって、正気か!? それも、息子がお前によくしてやったんだろ? だったらこっちにもいい思いさせろ、みたいな文脈で! 別に俺を蔑ろにしているのは今更もうどうでもいいが、それなら都合のいい時だけ俺の人脈を使おうとするなよな! この家族の暴挙で、カーティスに対して申し訳ないやら恥ずかしいやら悔しいやら、様々な感情が沸き起こる。
「親に向かって恥ずかしいとはなんだ、オリバー! 口を慎め!」
「恥ずかしいと言われたくないのなら、恥ずかしい事をしないでください! 父さん達には羞恥心というものがないのですか!?」
「なにをっ、言わせておけば! お前のような素行の悪い不良が家族に居て、私達の方こそこれまでどれだけ恥をかいたかもしらないで! 本当に恥ずかしいのは、お前の極楽蜻蛉な生き方の方だろうが!」
元はと言えば両親が兄さんと妹にばかり構って俺は放置しその内生活の面倒まで全て投げ出して、結果的に俺が家の外の人間に生きていく為に頼らざるを得なくなり、その事を外野が論って色々と奔放だのよからぬ事をしている噂が立ってしまったのはこの際置いておく。だが、それを抜きにしても俺が幼い頃から放蕩ばかりして素行不良だという噂が広まったのは、家族のせいだろうに。変わり者でトラブルメーカーな次男の悪行の数々に困らされ必死に耐えている、可愛そうで健気な一家という周囲からの評価を得てチヤホヤされる為に、俺に対する事実無根の悪評を積極的に広めていたのをこっちが知らないとでも? 評判の悪い家族が居たら自分がどんな評価を受けるのかも思い至らずに悪口を言いふらしていたんだとしたら、本当にどうしようもないな。
こんな厄介事の塊みたいな家族を引き合わせてしまって、カーティスに対して本当に申し訳なく思う。あんなに仲良くやれていたのに、この家族のせいでカーティスの俺に対する印象が悪いものに傾いてしまうと思うと、悲しいし悔しかった。だが、こんな醜悪な家族を見られた上で俺と仲良くしてくれなんてそんな図々しい事はとても言えない。今までにもいい付き合いをしていた相手に家族を理由に縁を切られた事は数え切れない程ある。父さんが先んじて借金の申し込みなんかしてしまったし、リリアナ王女に対する断罪も終わってこれから人生が上向く事請け合いのカーティスの事だから、きっと厄介事が着いてくる俺なんか遠ざけられるだろう。そう、思っていたのに。
「資金の融通ですか? いいでしょう、おいくらぐらい必要なんです?」
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