第21話
は? カーティスは今なんと言った? 父さんからの借金の申し込みを受け入れたように聞こえただが……。いやいやまさか、そんな訳ないか。
「おおっ! 君は話の分かる人だな! では早速、3000万程用立てて欲しくて」
「それでは足りなかった時に心配なので、5000万用意しましょう。その方が若しもの時に安心ですから」
「まあ素敵! なんてご親切な提案なのかしら! あなた、是非お言葉に甘えさせていただきましょう?」
「いやいやどうせなら、もっともっと」
「ちょ、ちょっと待て!」
上機嫌で気軽に大金を毟り取ろうとする父さんと、父さんの要求に無表情のまま淡々と上乗せをしようととんでもない提案をするカーティス。話し合いがエスカレートする前に、俺は慌ててその会話に割り込んだ。今の俺の家族に金を貸す? 冗談じゃない、絶対に返ってこないぞ! しかも追加融資をこっちから申し出るとか、冗談じゃない! 文字通り、盗人に追い銭じゃないか!
「何だオリバー、今大事な話をしているんだ。お前は邪魔しないように引っ込んでろ!」
「いや、黙る訳がないでしょう!? 何ですか、3000万だの5000万だの! 返せる宛てもないのにそんな大金を気軽に借りるなんて、絶対に駄目です!」
「黙ってろ、オリバー! これは父さんとカーティス君の間での話なんだ。いくら仲介したとは言え、部外者のお前に口を挟む権利はないんだ!」
駄目だ、目の前に大金をぶら下げられて、家族は完全に生肉を目にした腹ぺこの獣状態になっている。俺の言葉に聞く耳を持たないのはいつもの事だが、それにプラスして口を挟んだだけでまた殴られそうな勢いで威嚇された。こんな奴等をカーティスに関わらせるなんて、とんでもない! カーティスが俺から受けた恩義に報いて、俺の家族にまで優しくしようと金を差し出してしまうのなら、尚更。俺の家族に優しくされたって俺は嬉しくないし、無限に金を集られる切っ掛けになるだけで何もいい事にならないのは確実である。
兎に角、一刻も早く家族とカーティスを引き離さないと。それからカーティスに家族の危険性について説明して、二度と関わらないように言い含めて、俺の他の知り合いにも借金を申し込もうと父さんが思いつく前に、恥を忍んで家族の事を周知して……。考えながらカーティスを後ろに下がらせようと背後に居る彼の体をさり気なく押すが、ビクともしない。抵抗されている。何でだよ!? いいから逃げろや! 振り返って走って逃げろと言おうとしたが、その前にカーティスが俺の横を通って前に出て、目玉が飛び出るような事を言い出す。
「どうせなら、若しあなた方が僕の出す条件を飲んでくれるのなら、お金はお貸しするのではなく丸っと差し上げてもいいですよ?」
「っ、馬鹿! カーティス、何を言っているんだ!?」
大金を貸すのではなく、あげてしまうだって!? 冗談にもならない、正気を疑う申し出だ。溝に捨てるって言われ方が、まだ有効活用していると思える。親切にも大金を貸してやるだけの価値なんて、俺の家族には一切ない。絶対にだ! それどころか一度金を貸したが最後、あれこれ理由をつけてどこまでも付き纏い、いつまでも金の無心に来るに決まってる。絶対に借金を阻止しなくては! とは思えども、当然家族はカーティスからの先程の申し出を聞いていて……。
「何と! 資金を提供してくれるって!? 願ってもない申し出だ! いくらでも条件を飲むから、是非その話に乗らせてくれ!」
「分かりました。では、契約成立ですね」
「おい、止めろ! あんなの無視しろ! 話を聞くな!」
「あんなのとはなんだ、オリバー! 家族に向かってなんて口を!」
こうなったらなりふり構っていられない。このままだとカーティスは俺の制止も振り切って、家族にホイホイ進んで大金を渡してしまいかねない。そんなの絶対、見過ごせるか! 家族から飛んでくる怒号も構わず、俺は目の前のカーティスの腕を掴んで、そのままダッシュで逃げようと画策する。上手く野次馬の中に紛れられれば、勝機はある筈だ。
しかし、腕を掴んだ所まではよかったものの、そこから先が思うようにいかなかった。先ず掴んだ腕を引いてもカーティスはビクともしない。何抗ってやがんだこいつ! と思って焦っている内にあべこべに手を掴まれてしまう。何をする気かとカーティスの顔を見たが、奴は無言のままだ。ただ、家族からは見えない角度で意味深に微笑んで、俺の事をジッと見ている。これは……何か考えがあるのか? 確証はないが、そう訴えているように思える。それでさっきから俺の言う事に従わず、家族と話を進めようとしているのか?
しかし、そうだとしてもあまりにも危険だ。俺の家族はあまりにも欲深く邪悪な人達だし、ただでさえそういう人種に虐待されてきてトラウマのあるカーティスに相手をさせたくない。いくら俺との特訓である程度力が着いたとはいえ、大切なカーティスに要らぬ苦労をかけたくなかった。でも……こちらを見る彼の目は、自分を信じてくれと言っているようだ。カーティスを案じてはいるが、それは彼が信用ならないからではなく辛い目にあって欲しくないからだ。決して彼を信じたくない訳ではない。……仕方ない、任せよう。渋々俺は、事の成り行きを見守る事にした。渋面をしながらも黙って身を引いた俺を見て、家族は嬉しそうに醜く顔を歪める。
「さて、ようやく邪魔者も黙ったところですし、取り引きを進めようじゃないか」
「では早速僕の方から資金を差し上げるにあたっての条件をお伝えしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論だとも!」
これでもう大金をせしめたも同然、とホクホクしている両親。ざまあみろ、と俺を見下した表情の兄。相変わらずカーティスをウットリと夢見る乙女の表情で見ている妹。ああ、色々と不安だ。本当にカーティスに任せてしまってよかったのだろうか? 彼だってそれなりに実力があるのは知っているが、相手が相手だしなぁ……。やっぱり心配だ。
「条件は幾つかあるのですが、その全てを飲んでいただけたら僕の方から5000万融資させていただきます。勿論、その際に必要な手続きや諸経費も、全てこちらが負担をしましょう」
「なんと! それは有難い! ですが……そこまで融通していただけるという事は、若しかしてその条件というのがとてつもなく難しかったり、達成するにしても大変なものだったりしませんか?」
「そう警戒されるのも無理ありません。ですが、安心してください。条件はどれもその気さえあれば直ぐに達成できるものばかりです。そうですね、例えば……。先ず1つの条件目は、オリバーさんと家族の縁を切って、金輪際一切関わらない事。オリバーさんと関わるのが一切駄目なんですから、当然彼に纏わる物事は勿論、周囲の人に接触するのも禁止です。先程見ていた限りあれだけオリバーさんの事を嫌っていらっしゃったんですから、簡単な条件ですよね?」
おい、カーティス。まさかとは思うが、この糞みたいな家族に俺と手を斬らせようとして、交渉に応じたのか? 何でそんな事を……。まさか、俺がお前の面倒を見たからそのことを恩義に感じて報いようとしてくれているのか? あれはお前の兄貴のティモシーに頼まれて、俺が自ら進んでやった事なんだから、気にする事なんてないのに。カーティスの思い遣りが悲しくて、思わず唇を噛む。
「オリバーとの縁を……ふむ、まあいいでしょう。そのような人間、最初から当家には居なかった……。そう思う事にします。このあと帰り次第早々に、必要書類を揃え届け出て、公的にもそのように取り計らいましょう」
「分かりました。では、2つ目の条件です。2つ目の条件は、先程上げた1つ目の条件と次にあげる3つ目の条件、どちらか1つでも遵守できなかった場合、融資させていただいた全額を即刻返していただきます。ある程度使ってしまって足りない場合は、所有している財産を売却したりどこからが借金してでも補填してもらいますので、そのおつもりで」
「な、それは流石に横暴なのでは……」
「この条件を飲んでいただけるのなら、融資金を1億にしてもいいですよ?」
「そ、それは……! 分かった! 2つ目の条件も受け入れる!」
1億という金額に色めき立って目の色を変える家族。これまで関わったこともないようなあまりの大金に、俺はめまいがしそうだ。今からでもカーティスを止めては駄目だろうか? 手切れ金を払うにしても、あまりにも高過ぎると思う。後でかかった費用を少しづつでもいいから返すつもりだったが、1億なんて額それこそ死ぬまでずっとかかるぞ……? 俺が頭の中で必死に算盤を弾いている間に、話題は3つ目の条件へと移っていく。
「そしてさいご……3つ目の条件。これが一番大切ですから、よく聞いてくださいね」
「おお、どんな条件だろうとも、遠慮なく言ってくれ!」
約束さえ守ればノーリスクで1億もの大金が転がり込んでくるのが確定とあって、家族の方は有頂天だ。今から何に使おう、あれに使おうとヒソヒソ話をしている。リリアナ王女の一派に多額の裏金を渡して全部パァになってしまったのをもう忘れたのだろうか? もっと慎重になればいいのに。
それにしても、カーティスは最後にどんな条件をつけるつもりなんだろうか。家族はこれまで通りどうせ簡単な条件で直ぐに達成できると決めてかかり、大金はもう手に入ったも同然と浮かれている。しかし、俺はそんな風に楽観視はできない。とは言え、カーティスがここで達成不可能な条件をつけるとは思えない。まだ契約成立する前なんだし、考えなしに難しい条件にしてしまったら、おそらく主目的の家族に俺と縁を切らせることができなくなるからな。
しかし、だからと言ってもうこれ以上に家族に要求しなくてはならない条件があるとも思えない。少なくとも、俺は思いつかない。でも、なにか必要性があるからこそ条件を提示しているのだろうし……。なにか俺では気がつかない落とし穴でもあるのか? 不安になって考え込む俺だったが、次にカーティスが上げた条件を聞いて、文字通りその場で驚きのあまり飛び上がる事となる。
「では、融資させていただく1億ですが……結納金として収めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます