第19話

 やれやれ、怒涛の展開だったな。最初にリリアナ王女がダスティンと一緒に登場した時は自分の浅薄を呪ってどうしよう、と焦ったりもしたが無事杞憂に終わってよかった。それにしても誰だか知らないが、王弟殿下に伝手を持っていてカーティスを助ける為に殿下に助力を願った人は今回功労賞だな。復讐作戦に深く関与している俺が何も知らされていないんだからきっとかなりギリギリになってからの調整だったろうに、慌てる事なく王弟殿下と息を合わせてリリアナ王女を追求し追い詰めたカーティスもよく頑張ったと思う。とても立派だった。

 予想以上の完全勝利による満足感に酔いしれて、早速カーティスに走り寄っていっておめでとうと声をかけようと歩き出す。……が、途中で思い留まって足を止めた。だってカーティスの奴、今後の後始末についての真面目な相談でもしているのか、王弟殿下と真剣な顔で話をしていたんだ。ここで俺空気を読まずにがおめでとう! なんて言いながら割り込んだらきっと迷惑だ。お祝いの言葉は後に取っておくとして、一旦今は一先ずそこら辺をブラついて暇を潰しておこう、と俺はクルリと踵を返して歩き出す。

 たった今目の前で起こったスペクタクル感満載の急転直下の出来事に、人々は未だ興奮冷めやらぬ様だ。そりゃあそうだ。その善行や優秀さで国民人気の高い王位継承権第1位の王女様が、隠れて行っていた悪行や虚栄を全て看破されて化けの皮が剥がれたんだぞ? オマケにその断罪劇の中心に居たのは王家の名誉よりも正義を優先した誇り高き王弟殿下に、どうやらこれまで長く悪の王女に虐げられてきたらしい悲劇の貴公子だ。こりゃあ暫くの世間における話題の中心は決まったようなものだし、なんならここで話しを見聞きしていた者は、自分は当時その場に居合わせたのだと歴史の生き証人を名乗る事ができる。それだけの事だったのだから、人々が盛り上がるのも当然だった。

 そして、俺だってリリアナ王女が当然のものとは言え報いを受けて正義は勝つのだ! と、上機嫌になっている人間の1人だ。ここまでのカーティスの並々ならぬ苦労を知っているからこそ、その分爽快感は他の人達の比ではない。絶望するリリアナ王女達を見て、性格が悪いのは百も承知で愉快痛快と言ったところだった。そうして次号児とのものとは言え、他人の不幸を喜んでいたからだろうか。今しがた怒った事件に関して噂し合う人々の間を歩いていた俺が、寄りにもよって折角気分のいい時に1番会いたくない、その一行に出会ってしまったのは。

「どういう事なの、リリアナ王女殿下が断罪されるなんて! 何かの間違いでしょう? あの方が失脚したら、この間傘下の派閥に入れてもらう見返りとしてお渡ししたお金はどうなるのよ! どうせ直ぐリターンがあって回収できると思って、あのお金を工面する為に家屋敷を抵当に出しちゃったのよ!?」

「だから俺は反対だったんだ! いくら大金が必要だからって、屋敷をカタに借金までする必要はなかったんだよ! おい、ネイサン! この話を持ってきたのはお前だったな! 歴史と名誉あるターナー伯爵家を窮地に追い込みやがって、どう責任を取るつもりだ!?」

「知りませんよ、俺だってこんな事になるなんて思わなかったんですから! 誰が好き好んで自分が受け継ぐ予定の家の財産を減らすと思います? 俺も騙された被害者なんだ!」

「ちょっと! 確か私の結婚資金も注ぎ込んで投資したって言ってたわよね!? どうするのよ! 全部パァじゃない! これで家が時流に乗れて新しいドレスや宝石を沢山買えるようになるって言うし、あのリリアナ王女殿下の派閥に入れば良縁に恵まれるって言うから、私の結婚資金も差し出したのに! ちょっと、どうなるのよこれ!?」

 おうおう、こんな所でそんな大声で、リリアナ王女の一派に加えてもらう見返りにとんでもない学の裏金、それも身代を傾けるような額を注ぎ込んで今回の王女の破滅と共に自分達も道連れを喰らいそうな話をするなよな。悪い事をして落ち目になりました、なんて大声で吹聴したらあっという間に色んなところから付き合いを遠慮され、公的機関から徹底捜査を受ける事請け合いだ。そんな事も分からない程取り乱すなんて、間抜けだなぁ。まあ、そんな間抜けだからこそ裏金なんて献金したんだろうけど。

 それにしてもなんだか聞き覚えがあるような気がする声だ。いや、ハッキリと覚えがある! と言う程確証はないんだけど、それでも聞き覚えがある様な気がしてならない、微妙なレベルの心当たりというか……。何だろう、どっかで会話でもしたっけか? 一体どんな一団がリリアナ王女の破滅に巻き込まれているのか、僅かだけある聞き覚えも相まって気になり、声のした方を振り返る。同時に向こうもそちらを向いた俺に気がついて、俺達は同時に声を上げた。

「お前は! オリバー!」

「一家揃って何やってるんですか、父さん、母さん、兄さん、クリッシー……」

 そう、リリアナ王女への多額の裏金献金が無駄になって破産しそうになっている阿呆家族、それは頭の痛くなる事に俺の家族だったのだ。昔っから大金を求めるあまり儲け話に直ぐ飛びついて、資金運営のやり方に危ういところがある人達だとは思っていたが、とうとうやらかしたか。リリアナ王女は一応王族で人気も高いし、手堅い投資だとでも思って有り金全部どころか家屋敷を抵当に出してまで借金してまでそれも突っ込んだのだろう。身の丈というものを知らないのだうか?

「おい、丁度いいところに来たな、オリバー。命令だ。これまでお前を育てるのに使った金を、耳を揃えて全額返済しろ! 今直ぐにだ!」

 おいおい父さんマジかよ。いくら切羽詰ってるからって、こんな晴れの日に公衆の面前で子供相手に集るかよ、普通? 母さん達も名案だ! って顔しない。自分達がどれだけ落ち目かっていう周囲のへのアピールにしかならず、普通に愚作だから、それ。

「俺を育てるのに使った金って……どれだけ頑張っても、精々並の馬一頭分にもなりませんよ?」

「何を言っている! 金を出したくないからって、そんな見え透いた嘘をつくな!」

「嘘じゃありませんって。いつかこういう風に養育にかかった資金を払えって言われそうだったので、子供の頃から俺に使ってもらった金額はちゃんと記録してるんです」

 なまじ貴族の家なので出納について帳面にキッチリ付けてあるのがよかった。その帳面の助けも借り赤ん坊の頃まで遡って俺に使われた金額を導き出したら、途中で家にいられなくなったのもあって本当に並の馬一頭分くらいの金にしかならない。それを見て悲しいと思うより先に虚しさを感じたのだから、俺も大概だ。

「でも! お前を食わせてやったし、家に住まわせてやったし、色んな物を与えて不自由ない暮らしをさせてやったぞ!」

「食事は途中から残飯も出てこなくなりましたし、家も鍵をかけてまで締め出されましたし、兄さんや妹には学用品だろうが玩具だろうがなんでも与えられていても、俺には飴玉1個買って貰えた覚えがないのですが?」

「そんなの嘘だ!」

 いや、嘘じゃないから。公的機関に訴えるという発想がないくらい幼い頃から放任されていたので項的に訴えたりとかはしていないが、一応私的な証拠はある。こうやって揉めるのが嫌だから、ちゃんと日々された事を日記に書いて残してあるのだ。毎日マメに日記を書くような性格じゃなかったので大変だったが、面倒でも続けていてよかった。現に今、こんなにも揉めている。

「兄さんや妹と違って俺には何の価値も可愛げも見いだせなかったのは分かっています。途中からは連帯して虐めるのが楽しくなってきて、それぞれ競い合うようにして俺を爪弾きにしていたのも。今更それをどうこう言うつもりはありません。俺は俺なりにあなた達とは無関係のところで幸せでしたし。でも、だからこそ、今更擦り寄ってこられても困るんですよ」

「オリバー、あなたって子は家族が困ってる時に助けようって気持ちはない訳!? あなたがそんなんだから、家族の輪に入れないのよ! 私達は何も悪くないわ!」

 そもそも、気持ちの上だけの話をしてしまえば、もう家族とは思えなくなってるんだけどなぁ……。初めて家から追い出され、そのまましばらく帰らなかったのは俺が8つの時だ。いつまでも家に帰らない俺を心配した預かり先の人間が様子を見に行ったら、家族は俺の事など忘れて普通に日常を送っていたという。そんな振る舞いを幼い頃からされ続けて、彼等が自分の家族だと思えるような土壌が俺の心に醸成される訳もない。血が繋がってるのは事実と認識しているが、所詮それだけでしかなかった。

「今ここでお前が協力しなければ、お前の実家が無くなるかもしれないんだぞ!? それでもいいのか!?」

「このままだと私、支度金が用意できなくてどこにも嫁げなくなってしまうわ! 可愛い妹が困ってるのよ! 手を貸しなさいよ!」

 兄妹に次々罵られるが、悲しい程に可哀想とか助けなきゃとか、そういう気持ちどころかなんの感情も抱けない。だって俺には、彼等の事はどこまで行っても他人事の話としか思えないのだ。幼い頃からちゃんと兄妹として過ごしていたらまた何か違っただろうが、今日たまたま会ったのだって本当にいつぶりだっけ? あれ、最後に顔見たのがいつか思い出せない。くらいの薄い親交しかないしな。

「今日だって態々お前なんかの卒業式に来てやったのに!」

「いや、普通に嘘ですよね? さっき卒業式本番には居なかったのは確認済みですよ? どうせ卒業式の後のこの祝賀パーティーでの交流で繋がりを増やしたり進行を含めたりするのがメインの目的でしょう? 俺の卒業はあくまでもダシだ」

「そ、それは……!」

 図星かよ。ていうか、お前って言ってる時点で本当は俺をどう思ってるか、語るに落ちてるな。やれやれ、流石にもうこれ以上は付き合ってらんないな。溜息を着いてからその場を後にしようと、俺は彼らに背を向ける。そろそろカーティスの方も落ち着いた頃だろうし、あっちに戻ろう。

「待て! どこに行くの!? 逃げる気!?」

「このまま金を払わないのなら、お前を勘当してターナー伯爵家から籍を抜くぞ! そうしたら、お前は終わりだ! 貴族籍の維持もできなくなって、平民に落ちるんだぞ!?」

「おや、俺はまだ勘当されてなかったんですか、そっちの方に驚きです。どうせ貴族の身分に未練はありませんし、お好きにどうぞー。あ、後日お金を持っていくので、その時ちゃんと絶縁状書いてくださいね。それで晴れて俺達は無関係の他人になれる」

「このっ、言わせておけば……!」

 タダダッ! と後ろで床を蹴って暴れる音がする。キャアッと周囲で上がる悲鳴。何やってんだあの人達、とうんざりしながらも振り返った。すると、おやおやどうやら俺は、ちょっと家族を煽り過ぎたらしい。手に持った杖を振り上げてこちらに殴りかかってくる父さんの姿が視界に入った。あー、これ避けれるかな。家族は俺には触るのも嫌がって直接的暴力とだけは無縁だったし、こう来るとは思わなかった。あ、ヤバい。避けれないかも。そうして父さんの杖が勢いよく俺に迫って……パシン、と第三者の手で受け止められ、そのままビクとも動かなくなった。

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