第18話

「お言葉ですが、リリアナ王女殿下。あなたが先程王弟殿下に意見を求められて答えた内容は、何もかもが間違っています」

「はぁ!? そんなわけないでしょう! 嘘をつかないで!」

「いいえ、嘘ではありません。これからその事をちゃんとご説明させていただきます。先ず第一に、王家直轄領の名前は、アデン領ではなくアデム領という名前です。アデンなんて地名は我が国には存在しません」

「えっ!?」

 驚いたリリアナ王女が素っ頓狂な声を出す。まさかそこから突っ込まれるとは思ってなかったんだろう。彼女自身もアデン領と復唱していたし、このままだと彼女は王族で時期女王になると言っておきながら、私は王家直轄領の地名すら把握していない馬鹿ですと宣言した事になる。リリアナ王女はオロオロと視線をさ迷わせて、それでも何とかそれらしい言い訳を捻り出す。

「あら、態と間違えて言っていたの? 気が付かなかったわ! 私はアデム領しか知らなくてその先入観があったから、アデン領と言い替えてるなんて気が付かなかったわ!」

「そうですか……。それでは何故、王弟殿下が去年の夏は冷夏だったと仰ったのを訂正されなかったんですか? 今年の夏は別に別に暑くもなければ寒くもない、普通の夏でしたよね? 公務の一環で視察に行かれた筈ですから、当然ご存知の筈では?」

「暑さ寒さの感じ方なんて、人それぞれの主観が混ざるものよ! ある人には暑くても、また別の人にとっては涼しく感じる事だって当然あるわ。私は暑さに強いから、去年の夏はとても涼しいものだったと感じたのよ! まさか、人の感性にまでケチつける気じゃないわよね?」

「では、アデム領の特産品は農作物や染色等ではなく林業と木工製品なんですが、その間違いはなぜ指摘されなかったのですか?」

「そ、れは……。ちょっとした勘違いを」

「ハギスは農作物などではなく料理の名前ですよね? 聞いていておかしいと思われなかったんですか? 先程仰っていた上がってきた報告とはなんの事だったのでしょう? ありもしない領地のなってもいない冷夏障害による税収減の見込みという報告ですか? それはあまりにもおかしいですよね? お読みになったという関連書類とは、なんに関連したものなのでしょう? まさかとは思いますがその正体不明の書類に、何かしらの承認印やサインをしたなんて仰いませんよね? 一国の王女の目を通した書類が不審なもので、それを適当に処理した事により国に不利益なんてあったら、とんでもない話になりますよ?」

 矢継ぎ早に繰り出されるカーティスからの鋭い当然の質問に、リリアナ王女はタジタジだ。答えに窮してたった一言の言葉も出ない。ここに来てようやく自らの不利を悟り、助けを求めて周囲を見渡す。しかし、見渡したところで頂戴するのは侮蔑をふんだんに込めた刺々しい視線のみ。これまでずっと他人の功績を盗んで作り上げた理想的なお姫様で居たリリアナ王女は、生まれて初めて敵意すら感じる態度を取られて、どうしていいか分からないようだった。その様子を流石に見るに見兼ねたらしい王弟殿下が、横合いから声をかける。

「……リリアナ、いい加減もういいだろう。流石に ここまで来てまだ君を妄信的に支持する人間は、少なくともこの場には1人も居ないのは、流石に理解できるね? 君が周囲と結託して、カーティス・コーエンに仕事を押し付け更にはその成果である功績を全て掠め取り自分のものにしていたと最初に聞いた時はまさかと思って半信半疑だったが、この様子を見るにどうやら本当だったようだな。残念だがこれから私は君の叔父ではなく、人々の上に立って導く王族の一員として、王宮に赴きそこで間違いを質して関係者にはするべき償いをさせるという責務を果たさせてもらうよ」

「お、叔父様! 違うんです! これは、そこのカーティスを始めとしたコーエン侯爵家の一味に嵌められたんです! 何かよからぬ事を企んでいると気がついたからこそカーティスを私の婚約者から下ろしたのに、まさかまだ私を貶める事を諦めていなかったなんて! 叔父様は賢い人ですから、カーティス達の企みになんか騙されませんよね!? そうでしょう!?」

「リリアナ、私が今日この場に居るのは何故だと思う? 事前に君の数々の蛮行や不正を告発する訴状をコーエン侯爵家から受け取っても、私は最初優秀と名高い姪に限ってそんな事ある訳ないと、その書状を信じなかった。しかし。一応の確認で独自に裏取りしても、その書状の内容に関する信憑性は崩れなかった。それどころかむしろ君の多くある功績に対して怪しい点ばかり浮かんでくる。その内君への疑惑は疑いようのないものにまでなってしまった。今回こうして人前で君を追求したのはね、君が言い逃れできないようにするのは勿論だが、一番の理由は君が国王の第1子として自らの過ちを人前で包み隠さずちゃんと認めて心を入れ替えるのなら、やり直す手助けくらいはしたいと思ったからだ。でも……。結局君は、今もこうして全てを他人のせいにして逃げようとしている。リリアナ、本当に残念だよ」

 成程、王弟殿下が何故ここに居るのかと思ったが、そんな理由があったのか。ティモシーからは何も聞いていないから、きっとコーエン侯爵夫妻や長男がカーティスの汚名を払拭しようと手を回したのだろう。そしてその結果がこの一連の流れらしい。人前での断罪は一見言い逃れできない状況に追い込む為のように見えるが、その実リリアナ王女がちゃんと心を入れ替えて謝罪をしていれば、これまでの自らの行いを反省をしているという絶好のアピールの場になり得たのだ。しかし、欲深いリリアナ王女は自分の嘘で塗り固めた素晴らしいイメージを捨てられなくて、反対に醜態を晒して後戻りできないところまで自らを追い込んでしまった。リリアナ王女は自分で自分を破滅へと導いたのである。

「先程カーティス君と少し話をさせてもらったが、彼の持っている情報の中には本来王族やその周辺の高官しか知ってはいけない国家機密も含まれていた。彼がどれだけの仕事を肩代わりさせられていたかはまだこれから詳しい調査が必要だが、一つ確かなのは果たすべき義務を他人に押付けて置いて自分は遊んでいるだけなんて事が許される程、国家君主の仕事は楽なものじゃないという事だ。今からこれだけの不正に手を染め国家機密ですらも自分が楽する為に、易々と権限のない他人に委ねる人間は、とてもじゃないが玉座に相応しいとは言えないな。勿論、今回の事件がリリアナやその周辺の人間だけで行われていただなんて、そんな事は言わない。少なくとも国王である兄上による黙認がなければできない多々不正もあったし、国王の目すらも掻い潜って不正をしていたというのなら、その事に気がつけない国王の政治的手腕にも問題がある。どう転ぶにせよ少しでも不正に絡んだ者は今の立ち位置にはいられない。その現実をよく肝に命じておく事だ」

 自らの愚かさが招いた辛い現実を突きつけられ、リリアナ王女はこれまで当たり前に思い描いていた誰からも尊敬される立派な女王になるという輝かしい未来を、永遠に閉ざされた。あまりに厳しいその事実を到底受け入れられなかったのだろう。リリアナ王女は先程までの威張り散らした態度はどこへやら。真っ青な顔でヘナヘナと力なくその場へとへたりこんだ。新たな婚約者候補のダスティンはそれを気遣うどころか見向きもしない。この隙に自分だけでも……と言わんばかりにそろーっと野次馬の中に溶け込んで気配を消そうとしている。しかし、それを目敏く察知した王弟殿下は許さなかった。

「ああ、そうだ。当然だが、一応言っておこう。今回の事件をリリアナの新たな婚約者の出身家門であるドーセット侯爵家は一切知りませんでした、関わりもありません。っていうのは通らないからな? ドーセットの人間がリリアナの周辺と結託し、裏で手を回していろいろと甘い汁を吸っていたという証拠は既に私の手の中にある。不運なタイミングで巻き込まれた被害者面をしようなんて馬鹿げた夢は、今のうちに捨てておくのが懸命だな。追って沙汰を決めるので、それまで一族は全員それぞれの家で蟄居していなさい。法の裁きを心して待つように」

 王弟殿下のこの言葉で、ダスティンもそこかしこに居たドーセット侯爵家に関わる人々も、一斉に動きを止めて顔を青褪めさせる。ある者はいきなり泣き崩れ、またある者は失神をして、物凄い騒ぎだ。まあ、カーティスを踏み躙っていい思いをしようとしたんだから、なんのお咎めもなしという方がおかしいのだから、当然だろう。粛々と受け入れてもらおうじゃないか。こうして、あれよあれよという間に、リリアナ王女達はここまでやってきた蛮行に対するそれ相応の罰が与えられる事となったのだった。

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