第17話
「さて、これ以上続けても意味はなさそうだ。どうせ同じことの繰り返しで、無知が露呈するだけだろう。半ば自業自得とは言えこのような晒し者にする形をいつまでも続けるのは良くない」
「あら、ようやく母国語を思い出せたようですね、叔父様。ずっと訳の分からない事を喚いていらっしゃったから、あれだけ周囲から英邁だともてはやされておきながら、母国語も思い出せない程に鈍ってしまわれたのかと心配しておりましたのよ!」
フンッと侮辱的発言で叔父をけなし、その実未だに自分が恥を晒し続けている事に気が付かないリリアナ王女に、王弟殿下は哀れむような目を向ける。我が子世代の歳若い身内が愚かしさ故に馬鹿をやって自滅の道を突き進んでいたら、誰だってそんな顔をしたくなるものだと思う。しかし、どこまでも愚かなリリアナ王女はこの叔父からの哀れみの目を自分への侮辱と受け取ったらしい。いっそ恐ろしいまでの激しい怒りを顔に浮かべ、ワナワナと震えている。そのあまりの醜さに周囲の人々は各々眉を顰める。そうして蔑まれる姪を見るに見兼ねたらしい王弟殿下は、彼女に対して優しく声をかけた。
「リリアナ、そんな態度を取るもんじゃない。これから先、君の人生には乗り越えなくてはならない問題が山積しているし、悲しい事だがもう今までのような暮らしだって難しいだろう。そういった時に助けになってくれるのは周囲の人達の優しさだ。だが、残念ながら優しさのリソースは有限だ。他人の温情を頼りに生きていくなら、他人に助けてあげたいと思って貰えるよう自分も優しさを返せるようにならないと」
「あら言うに事欠いてお説教じみた言いがかりをつけるおつもり? 女王になるという輝かしい未来が待っている私の人生に問題が山積していて、これまでのような暮らしも送れなくなるですって? 言いがかりもここまで来ると、いっそ滑稽ですこと! そんな叔父様に都合のいい私を貶めるだけの勝手な妄想が、実現するとでも? 馬っ鹿みたい! もう少し現実に基づいて物事をお考えになったらどうかしら? 現実を見るべきで、哀れにも周囲の助けが必要なのは、叔父様、あなたの方よ!」
王弟殿下の最後の情けも、奢り昂ったリリアナ王女には届かない。自分が周囲からどう見られているかにも気が回らないまま、王弟殿下を激しく罵り醜態を晒し続けるばかりだ。その様子に王弟殿下はやれやれと悲しげな溜息を吐いてから、興奮状態のリリアナ王女でも分かるよう噛み砕いた説明を始める。
「ところでリリアナ。去年は冷夏のせいで王家直轄のアデン領における特産品である、ハギスの実が不作だったらしいね。残念な事だ。ハギスの実を染色に使った布は国内外問わず人気でいい収入源になるし、他国への親善の為の土産物としても喜ばれるのにね。リリアナ、君はこれをどう思う?」
「はぁ? いきなりなんです? そんなの、今は関係ないではありませんか?」
「おや。将来国を治める女王になるという豪語しておきながら。王家直轄領からの税収が減るかもしれないという事実に対して憂慮もなにもないのかい?」
「なっ、馬鹿にしないでください! 当然次期国家君主としてその報告は私の元に上がっていますし、関連書類もちゃんと読みました! 確かにアデン領での主残業であるハギスの栽培が今年は上手くいかなかったのは悩ましい事態ですが、天候不良が原因ならこればっかりは対処するにしても人の力では限界があります。過去を悔やむのもいいですが、大切なのはこれから収入源が減って経済的に冷え込む事が予測されるアデン領をどう支えるかでしょう。こういう時こそ、王家が積極的に介入して問題解決を計っていくべきです。先程叔父様は周囲に優しくできない人間は見捨てられても仕方がないというような事を仰っていましたが、私はそうは思いません。特に私のように恵まれた立場にいる人間は、相手の人間性がどうであろうとも常に困っている方には救いの手を差し伸べるべきだと、私は思いますので!」
キッチリ王弟殿下に当て擦りつつ、リリアナ王女は素晴らしいご高説を弁じ終える。この素晴らしい演説を聞けば、周囲の人々は自分をなんて素晴らしいお優しい心を持った王女様だろう! と褒め称えるに違いないと自信満々だ。そんな高尚な精神を持った姪の王女を虐めて、王弟殿下の人望は大ダメージを受けるだろう。彼女のそんな心の声が今にも聞こえてきそうだ。確かに言ってることは立派だし、当たり前の事しか言っていないが一応筋も通ってる。感銘を受けた人がリリアナ王女を再支持してもおかしくない。……しかし、実際は。
もうこの場での支持は確実に得られたと得意げに辺りを見渡したリリアナ王女だったが、しかし返ってきたのは暖かな応援などではなく、どこまでも寒々しい冷ややかな視線だ。面食らったリリアナ王女は慌てて周囲を見渡すが、誰も彼もが程度は違えど似たりよったりの侮蔑と嫌悪感を込めた視線を彼女に向けている。いつもなら偽の功績やそれによる下駄を履かされた支持によって、こんな薄っぺらな内容でもある程度それっぽくスピーチすれば、それだけで周りからワーキャー言われていたのだろう。しかし、今はその手は使えない。先程醜態を晒してしまった能登は別に、リリアナはある重大なミスを犯した。それは……。「リリアナ王女殿下。私があなたの元を追い出されてから、私にかけられた迷惑の後始末を理由に公務をあまりしなくなったと聞いてまさかとは思っていましたが……。あなたは本当に、ほんの少しでも自力で真面目に公務をこなし実力をつけて、それによって打ち立てた功績で周囲から求められる立派な王女になって見せようとは思わなかったんですね」
「なっ、口を慎みなさい! カーティス! あなたのその言い方だと、まるで私が自分の公務を誰かにやらせてばかりで、自分はなんの努力もせずに怠けているみたいじゃない!」
「正しく、その通りでしょうに」
「言いがかりは止めて! そんなの、何の根拠もない嘘よ! 本当だって言うのなら、証拠を見せなさいよ!」
「公務に関する処理は全て、あなたの配下にある文官しか居ない応急で処理されています。証拠なんて第三者が見つける前に、如何様にでも握り潰されてしまいます」
「ハハッ! 何よ、言うに事欠いてそんな幼稚な言い訳しか思いつかなかった訳? くだらない、それでよくこの私に怠けてるだなんて言いがかりつけられたわね! 安心しなさい。その暴言は、あなたの犯した罪状のリストに忘れず書き加えておいてあげる。王女に対して事実無根の憶測でしかない悪評を直接ぶつけたんだから、きっととんでもなく重い罰が下されるわ! 覚悟なさる事ね!」
「……ですが、直接の物的証拠はなくとも、先程リリアナ王女殿下が自白された内容は、この場に居合わせた多くの人々が一言一句漏らさず拝聴しております」
オホホホホ、と勝利を確信した高笑いをしていたリリアナ王女だったが、カーティスのこの言葉に笑うのを止めてピシリと固まる。彼女は慌ててこれまでの自分の発言を振り返っているようだったが、特に思い当たる節がなかったのだろう。考え事から戻る頃には落ち着きを取り戻して、その態度はまたあの傲岸不遜なものに戻っていた。
「そうやってカマをかけて、揺さぶるつもりね? その手には乗らないわよ。私がいつ、公務をサボっていますって白状したの? していないわよね? むしろ、叔父様から政治的な意見を求められて、それにちゃんと答えられたわ。どっこもおかしな所なんてないじゃない。そうでしょう?」
自信満々カーティスに語りかけるリリアナ王女。彼女には周囲からの見下している視線が分からないのだろうか? 自分の失態にすら気がつけない王女の愚かさに、誰しもが嫌悪感を顕にした表情を浮かべている。人々が背負う冷ややかな空気の中、呑気に自分にはなんの落ち度もないと言い切れるその自信は一体どこから来るのだろうか? このままだといつまで経っても自分のやらかしに気が付かなさそうなリリアナ王女に、うんざりした様子でを醸し出しながらもカーティスが仕方なく説明を始めた。
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