第15話
「な……何を仰るのかと思えば、そんな見え透いた嘘を。嫌だわ、そんな嘘をついてまで叔父様が何をなさりたいのか、私には皆目検討もつきませんわ」
「リリアナ。その様子だと、冗談でもなんでもなく本当に分からないのか?」
目の前の真実が到底信じられなかったらしく、タチの悪い嘘だと断じて笑ったリリアナ王女だったが、王弟殿下が困惑し切った様子で問い返せば一気に顔色が変わる。彼女は半信半疑、恐る恐ると言った様子でカーティスを伺うが、その視線の先に居る彼には彼女の知る昔の面影は一切残っていない。ここまで無関係を決め込んで明後日の方を向いていたカーティスだったが、ここに来てようやくリリアナ王女の方を向き、余所行きの完璧な笑みを浮かべる。
「お久しぶりですね、リリアナ王女殿下。我々の婚約が破棄されて以来ですから、大体2ヶ月ぶりくらいでしょうか?」
「そんな……あなた、本当にカーティスなの……?」
「ええ、そうですよ。色々あって自分でもかなり見違えた事は自覚していましたが、まさか元婚約者の殿下に気がついていただけないとは思いませんでした」
「そ、それは……」
言い訳でも言おうとしたらしいリリアナ王女だったが、中途半端なところで言葉は途切れ、そのまま口を閉ざす。そうだよな、まさか『私達が虐待していたせいでボロボロだった昔とは全然様子が違うから、気が付きませんでしたー』とか、馬鹿正直に言えないもんな。別に真実を全部言わずとも嘘なりなんなりで誤魔化す手だてはいくらでもあるだろうが、美しくなったカーティスの登場で動揺してしまってそこまで気が回らないようだった。
「そ、それで? カーティスはどうして今日ここに? 何か用事でもあったのかしら?」
おいおい、王女様。話を逸らすつもりなのかもしれないが、それは悪手だぞ。カーティスも仮にも長年リリアナ王女の婚約者だった訳で、長年多くの人間達の関心の待とだった。それは彼の家族についても言える事で、リリアナ王女殿下の
ところが。先程王弟殿下が仰った通り少なくとも世間一般では長年王家切っての才媛として持て囃されてきたリリアナ王女が、まるでその事を知らないような口ぶりだ。この情報は王女という立場にある人間としてどころか貴族社会に関わりがあるのなら当然知っているべき情報だし、ならば何故優秀と名高く貴族社会のどんな些細な情報もちゃんと把握している筈のリリアナ王女がその事を知らないのか。ひょっとして、散々迷惑をかけてきたらしい元婚約者に『例え身内に王女の元婚約者がいようとも、お前の家族はこの自分が気にかけるだけの価値すらない』というメッセージをそれとなく示す為に、知らないフリをしているとか? 上位の立場にある人間との婚約破棄で、家族までもが覚えが悪くなり出世栄達と縁遠くなるのは、それなりによく聞く話だ。
そうだとしたら、清廉潔白で誰にでも公平に接し、何があっても相手に自らの立場に任せた意趣返しなどは絶対にしないと言われていた、リリアナ王女のイメージにそぐわない選択だ。彼女の現実離れした清廉な理想像に好意を向けていた人々から少なからず幻滅され、心が離れるのは確実。よしんば嫌がらせなどではなく本当に忘れていただけだとしても、これだけ縁のある相手の情報を忘れるなんて。やっぱり最近どうも政務の出来が奮わないという噂は本当だったんだ……。と、頭の出来を心配されてしまうのは確実。どう捉えられてもその能力に疑問符をつけられ、人々から無条件に慕われている彼女にとって有利な状況に、多かれ少なかれ傷が着くのだ。
「実は今日どうしてもお会いしたい方が居て、兄の学院卒業に便乗する形で参上した次第です」
「まあ、どうしてもお会いしたい方が……」
「実はこうして張り切ってめかしこんだのも、その人と対峙した時に恥ずかしくないようにする為なんです」
そう言って照れ臭そうにはにかむカーティス。綻んだ美貌を見て、それを見ていた女性陣のみならず男性陣までドギマギと頬を染めた。そして、その中に明らかに別の意味も含めて頬を染めている人物が居る。リリアナ王女だ。どうやら彼女はカーティスの『めかしこんでまでどうしてもお会いしたい方』と言うのは、自分の事だと都合よく勘違いをしたらしい。自分から一方的且つ理不尽に婚約を解消しておいて、どうしてそんな都合のいい勘違いができるんだか。しかも隣には鬼の形相をした新しい婚約者が居るってのに。頭ん中お花畑にも程があるだろ。
「おい、カーティス・コーエン! 貴様はもうリリアナ王女殿下の婚約者から下ろされたんだ! それも、お前自身の怠惰による落ち度によってな! それなのに今更婚約者の座に返り咲こうと虚飾を取り繕ってまで彼女の目の前に現れやがって、見苦しいぞ自分の立場を弁えろ!」
「ちょっと、ダスティン。止めて頂戴。こんな所で突っかかって怒鳴るなんて、みっともない」
「しかし、リリアナ王女殿下! あいつの方が先に」
「カーティスは礼節を尽くした格好で、自分のお兄様の卒業祝賀パーティーに来ただけよ。それのどこが悪いの? まさか自分が気に食わないからなんて理由で、言いがかりをつけて彼を貶そうとしてるんじゃないでしょうね? なんて性根が歪んでいるのかしら! とてもじゃないけれど未来の王配に相応しいとは思えないわ。あなたがそういう態度なら、私達の婚約は考え直した方がいいのかしら?」
「そんな! 何を仰って……」
「別に私も鬼じゃないわ。あなたがちゃんと自分の立場を弁えた行動を取れるのなら、王配は無理でも側近候補くらいにはしてあげても宜しくてよ?」
おおう。リリアナ王女、メッチャ調子に乗っとる。カーティスの心は自分にあるものだと完全に決めつけて、それならやっぱりこっちがいいやと今の婚約者であるダスティンを捨てて再び乗り換えそうな口振りだ。1度ならず2度までも婚約破棄して乗り換えなんて、外聞が悪いとは思わないのだろうか? しかも3度目の婚約のお相手は1回自分が文をつけて一方的にフッた相手。全ての選択権は自分にあるというあまりにも思い上がった傲慢な考えが透けて見える行動だ。
しかも二代目婚約者のダスティンまでフッておきながら、側近候補にならしてやってもいいとキープを目論むんだから本当に碌な人間じゃない。表向きにはまだだったがカーティスから婚約者の座を略奪した時点で、裏では確実に内定していた筈の王女との婚約を本人に目の前で破棄され、ダスティンは物凄い顔色になっている。まさか婚約発表の足場固めの為の事前準備の為に2人揃って出た場で、婚約を白紙にされるなんて誰だって想像すらしないだろうから仕方がない。青天の霹靂ってやつだ。あまりにも哀れだが、正直自業自得だ。
この様子から見るにリリアナ王女はすっかりカーティスとの再婚約に乗り気なようだ。折角少なくない恨みを買ってまで乗り換えた婚約者をまた捨てて、1人目の婚約者との縁を求めるなんて正気とは思えない。結果的には双方から無駄に嫌われて、周囲には自己都合で直ぐ約束を反故にする信用のできない人間だ、と自分に関するマイナスのアピールをしただけになっている。事の仔細を把握していない野次馬達ですら、事前に聞いていた王女の新しい婚約者はダスティンにほぼ決まっているという噂や2人連れ立って会場入りした事実、そしてここまでのカーティスに向ける態度を見て、色々と察するものがあるようだった。
しかし、それ等全てのマイナス要素を補って余りある程リリアナ王女には今のカーティスが魅力的に見えていて、実際カーティスにはそれだけの魅力があった。周囲からの羨ましげな視線を心地よく全身に浴びながら、リリアナ王女はカーティスに向かって進み出る。そしてこれは自分にとって当然の権利だと言わんばかりの堂々とした態度で、カーティスに向かって片手を差し出しニッコリと幸せそうに微笑んだ。
「ようやく私の大切さが分かったみたいね、カーティス。失って始めて必死になる所はどうかと思うけど、こうしてちゃんと努力をして私に釣り合う所まで成長してくれたみたいだし、今回は不問にしてあげるわ。さあ、これから早速王城に行って、お父様達と一緒に私達の未来の話をしましょう?」
リリアナ王女は当然カーティスが彼女の手を取って、誓いのキスをしてから喜んで王城まで着いてくると信じて疑わなかったのだろう。そうでなきゃあんな態度を恥ずかしげもなくする筈がない。リリアナ王女が自分の方に歩いてくるのを黙ったまま無表情で見ていたカーティスは、ここでようやく口を開き、こう言った。
「えっと……まさかとは思いますけど、僕が会いたくて仕方がなかった相手が、自分だと思ってらっしゃるんですか? ……え、本気でですか?」
差し出されたリリアナ王女の手は一瞥もくれずに無視。堪えきれなかったらしい含み笑いの言葉と共に、無表情だったカーティスの顔に困惑と嘲りの表情が浮かぶ。本気で自分が求められてると思い込んでるの? うわー、思い上がりも甚だしい。痛い勘違いしちゃって、恥ずかしい人だなあ。カーティスの態度からは、そんな気持ちが読み取れた。
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