第14話
さっきから人々の関心を端から掻っ攫ってる話題の人物、カーティスだったのかよ。若しかして、とは思っていたが、王弟殿下と歓談してるっていうからそう親しくないであろう彼とは人物像が一致せず、関係ないだろうと思っていたのに。流石に10年程第1王女の婚約者だったんだから面識くらいはあるだろうが、それでも2人の仲があんなに打解ける程とは思わなかったんだ。
周囲を見渡すと、見てくれが良くて憧れの王弟殿下と近い距離感のカーティスを、どの人も羨望の眼差しで見ている。それもその筈。王弟殿下の事は関わりないが、それでもこの日の為にどれだけ俺がカーティスを磨き上げる為に労力を注ぎ込んだ事か。ちょっとやそっと運動したり食事制限をしたりだとか、そういった並大抵の努力よりももっと壮絶な努力を自分達が重ねてきたのは、当事者である俺とカーティスが1番よく分かっていた。
だって見てみろよ、カーティスの今の姿。パサついていて元の色もあって伸び放題の老人のようだった髪の毛は、手入れを受けて艶めいている上に短く切り揃えられ、シルバーブロンドと形容するのに相応しく照明で光り輝いている。足は長くて背も高く、筋トレをさせたお陰でそこそこ体の厚みもあり逆三角形のシルエットだって美しい。腕は見栄えを損なわない程度に太く胸は筋肉が盛り上がっているのが分かって、それでいて腰はキュッと細く締まっていているもんだから好きな人からしたら堪らないだろう。あんなに酷かった猫背だってかなりキツく矯正したお陰で、もうかつての名残すらも感じられない。
グラスを傾け飲み物を飲んだり笑う時に手で品良く口元を隠したりする何気ない仕草その一つ一つが、とても優雅且つ繊細で見ているだけで惚れ惚れする。距離の離れたここからでは聞き取れないが、様子を見た限りでは会話の受け答えも確りできているようだ。王弟殿下と共に人の輪の中心で、自信溢れる態度で堂々と弁舌を奮っていた。男性陣は尊敬の、女性陣は羨望の眼差しをカーティスに注いでいる。成程、あの王弟殿下の隣でも見劣りしない立派な様子を見ればどこぞの王族に違いないと思われるのも納得だ。
オマケに身に付けている服や装身具は、全て俺がカーティスの為に方々頭を下げて頼み込み手配をした取っておきだ。目の超えた衣装持ちのお大尽方に厳しく鍛えられたこの俺が直々に、どこからどう見てもカーティスの魅力が最大限伝わるように注文して、ティモシーからの援助金を糸目をつけずに注ぎ込んで作成や入手をした。もっと時間や金に余裕があれば更にこだわりたい所だったが、身につける人間の素材がいいので今のままでも全く不足は感じられない。
そして極めつけは、カーティスのあの言葉に言い表せない程の美しい顏。厳しい生活の中で窶れ痩けていた頬は療養のお陰で少しシャープなくらいまでになり、それがまた男らし過ぎず女らし過ぎもしない、丁度いい雰囲気の絶妙な塩梅を保っている。淀んでいた紫の瞳はスッと透き通るような澄み切り具合で、白い肌は乙女も羨む素晴らしい白皙さ。キリリとなった柳眉に林檎の花のような淡い色合いの唇が、明眸皓歯を際立たせている。どんなミューズやオム・ファタールだって、きっと敵わない。そう思わせるだけの説得力のある、信じられない程の美しさである。
その他にも言い尽くせない沢山の魅力が彼にはあって、その全てがたった1人の男の体にギュッと詰め込まれているのだ。人々が視線を奪われ夢中になるのも無理はない。今のカーティスにはどこをどう取っても、およそ欠点や幻滅するような醜さ一切が見当たらないのだ。カーティスと関わりあった誰もが彼に好感を覚え、どうにか自分の名前と顔を知ってもらいたいと強く願うようになる。そして、そんな風に美しい花に引き寄せられた虫が、ここにも1人……。
「御機嫌よう、マイルズおじ様。王立魔法学院の卒業式である今日という栄えある日をご一緒に過ごせて、とても光栄ですわ」
王弟殿下やカーティスを取り囲む群衆の端っこに紛れて事の成り行きを見ていたら、そう話す鈴の鳴るような少女の声が聞こえてコツリ、と靴のヒールが磨き上げられた床を小さく叩く音がした。さり気なくそちらを見ると、案の定だ。そこには先程まで、どうにかこの国1番の少女であると自負して止まない自分にあちらから声をかけさせようとチラチラ貪欲に様子を伺っていた、リリアナ王女その人が居た。1級品の山より高いプライドが命じるがまま目下の者からのアプローチを待っていたが、どうやらカーティスの魅力には抗えず我慢し切れなくなって自分から話しかけてきたらしい。
そんな王女の横にはやや不機嫌そうな表情をした維持の悪さが顔面ににじみでている若い男が1人。リリアナ王女の新たな婚約者、ダスティン・ドーセットだ。どうやら王女や10位の関心を一身に受ける謎の貴公子が、気に食わなくて仕方がないらしい。こいつ、昔っから気ぐらいと自己肯定感ばっかり高い気取り屋のナルシストだったもんな。明らかに自分よりも人としての魅力に優る男が目の前に現れて、分かりやすく機嫌を損ねている。彼を今のカーティスと比べたら磨き上げられた宝石と路傍の石なのは明らかなので、勝負にすらならないのを嫌々でも認めざるを得ず、面白くないのだろう。フフ、いい気味だ。
「おお、リリアナ。久しぶりだなぁ。いやはや、すっかり素敵なレディになったね。美しくなり過ぎて一瞬誰だか分からなかったよ」
「やだわ、おじ様ったら。相変わらずご冗談がお上手なんだから。褒めても何も出ませんよ?」
一見和やかな、久しぶりに会った叔父と姪の語らいだ。しかし、その実リリアナ王女は王弟殿下の隣に立って澄まし顔をしているカーティスに興味津々で、早く紹介して貰えないかと期待感を抑えきれず先程からチラチラと彼の方ばかり気にしている。王弟殿下もその事に気が付かない程鈍くはないし焦らすような趣味もない筈なのだが、何故だか今日はそんなリリアナ王女の態度に全く触れず、無視してなんでもないように会話を続けていた。
暫くそんな状態が続いたが、そう経たない内にリリアナ王女の方が我慢の限界に達したらしい。こういった場合本来なら相手の紹介を待たず……というのはあまり礼儀的によろしくないのだが、今のリリアナ王女にとって普段被っている礼節伴った完璧な王女、という仮面をかなぐり捨てでも話しかけたい程カーティスは魅力的に思えたみたいだ。彼女はあからさまにカーティスの方を向いて叔父に対して早く紹介しろとアピールし、それに乗って貰えないと分かると、とうとう自分から彼への紹介を要求してきた。
「……それで? そちらの殿方はどういった方なのかしら? 初めてお会いしたんですから、ご紹介してくださいな」
「ん? 初めてお会いした……?」
ここで王弟殿下が態とらしくない程度に辺りをキョロキョロと見渡す。当然その視界にはカーティスも写っているが、見事にスルーだ。カーティスはお澄まし顔のまま、何も言わずに我関せずで王弟殿下の隣から明後日の方を向いていた。
「済まない、リリアナ。君はとても優秀だから我が国の主要な貴族の顔と名前は全部頭に入っていると思っていたんだが……。どうやらそうではなかったみたいだね。一体どの方の名前が分からないんだい?」
「嫌だわ、叔父様。どうしてそんな意地悪を仰るんです? それとも彼が見えていないと、そんな面白くもないご冗談を仰るつもりですか? お疑いのようですが、私はちゃんと我が国の貴族の名前は全て把握しておりますわ。それが未来の君主の勤めですもの。でも、その私でも叔父様のお隣にいらっしゃるその殿方は見覚えがないわ。周囲に埋没されるような素朴な印象の方ではいらっしゃらないようですし、この私に見覚えがないのなら、どう考えてもこの国の方ではありませんよね?」
遠回しに自国の貴族社会に属する数少ない人間の顔と名前すらも覚えられないような頭の出来なのか、と聞かれてリリアナ王女はムッとしたらしい。僅かに口角が引き攣っている。やれやれ、今までずっとカーティスの功績を横取りして褒められてばかりだったせいで、貶されることに対する耐性が極端に低いらしい。確かに優しい気性の王弟殿下にしては珍しい嫌味だが、これくらいの些細な当て擦りは上流階級なら日常茶飯事だろうに。それでも何とか取り繕ってカーティスへの顔繋ぎを要求するところは、強欲というかなんというか。それだけ彼が魅力的なのだろう。しかし、リリアナ王女が何とか余裕ぶっていられたのも、続いて王弟殿下が口にした台詞を聞くまでだった。
「何を言ってるんだ、リリアナ。10年あまりも共に過した、ついこの間まで婚約していた自分の元婚約者の顔をもう忘れたのか?」
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