第13話
は? 何で、彼女がここに……。
「まあ、リリアナ第1王女殿下だわ! マイルズ殿下だけでなく、彼女まで拝顔できるなんて夢見たい!」
「どうして王女がここに?」
「そういえば、ほぼ本決まりの新しい婚約者候補殿が今日卒業だって聞いたな。それで来たんだろう」
あー、確かにティモシーがリリアナ王女の新しい婚約者はダスティン・ドーセットだって言ってたな。あっちが俺を心底見下してて関わりが薄かったからあんまり意識してなかったけど、確かにあいつ同学年じゃん。てことは、リリアナ王女は対外的には新しい婚約を婚約者の卒業式に参列するっていう名目で、新しい婚約を周知する為に出てきたんだろうな。先に浮気があった結論ありきの出来レースとは言え、一応婚約破棄が決まってから相手を探しました、って時系列を誤魔化す辻褄合わせが必要だろうし。……ちょっと待て、それってまずくないか?
別にこの場でリリアナ王女が新しい婚約者をお披露目するのはいい。俺には特に関わりのない事だ。勝手にすればいいと思う。ただし、同じ時間同じ場所で、カーティスのお披露目をするとなれば、話が違ってくる。
今日の目的はあくまでも肩慣らしの前哨戦。これからリリアナ王女一派が流布したカーティスの悪評を全て払拭し、世間を彼の素晴らしい活躍で席巻して、名誉を回復するその足がかりとなる日だ。そこにリリアナ王女が居たら、いきなり敵の親玉が出てくる形になって明らかに話がおかしくなってしまう。まだカーティスが公の場でどう振る舞うか確りと立ち位置を決められていないのもあるし、リリアナ王女が今の自分に有利な世論を味方につけてそのまま押し切られてしまったら……。良くない予想に眉を顰めそうになる。
チラリ、と壁際に居るティモシーを見る。リリアナ王女が派手に登場したから向こうもこの事態を分かっているだろうに、遠くに居るせいで表情が読めず何を思っているのかも分からなかった。ていうか、今日カーティスがどうやって登場するかは全部俺が手配しておいたから! とか言うティモシーに後の展開丸投げにしちゃってるから、ぶっちゃけマジでどうしたらいいかわかんない。おい、カーティスお前大丈夫か? リリアナ王女が現れたせいで、どこかでフラッシュバックとかして苦しんでない? 俺はお前が心配だよ。
「ああ、本当にリリアナ王女殿下は、今日も変わらずお美しいわね。目の覚めるような淡いブルーのお召し物が素敵だわ」
「最近前の婚約者との婚約破棄せいで色々後始末に追われてしまって公務をお休みされたり、疲れが取れなくて受け答えに精細を欠いたりしてるって噂を聞いて心配ていたけれど……。あの様子を見るにお元気そうだ。よかったな」
「知性があって美しくて、おまけに出来損ないの元婚約者の成長を辛抱強く待って差し上げられる素晴らしい人格者。あんなに素敵な王女様がいらっしゃるなんて、この国の国民は皆幸せ者ね。将来リリアナ王女殿下をリリアナ女王陛下とお呼びする日が、今から待ち遠しいわ」
周囲で口々にリリアナ王女を誉めそやす人々の話し声が聞こえる。ついでに元婚約者のカーティスの事を貶す声も。見る目のない奴等め。何も知らない癖に、偉そうに。カーティスはとても優秀で我慢強い立派な奴だ。常人が彼と同じ環境に置かれたら、きっとあっという間に根を上げて自殺なりなんなりして逃げ出すに違いない。ただ、逆説的に言えばカーティスが素晴らしく有能だからこそ長年あの環境下に置かれていたと思うと……その有能さを素直にのが苦しくなるが。
そうこうしている間に、何だかんだ歓談タイムが始まる。人々は三々五々散らばって、そこかしこで話をし始めた。1番人気はやっぱりとうとう長年の悩みの種だった不出来な婚約者と婚約破棄して、新しく優秀な婿を取るという事で今1番話題の、リリアナ王女殿下。次いで人気の2番手は、同じく王族で国民人気の高いマイルズ殿下。とは言え、両者の周囲にできている人の輪の大きさには、そこまで差はないが。
同じ国の王族とは言え、2人は国王派の時期後継者と王弟派の筆頭で、バチバチの対立関係だ。継承権順位や血統から言えば王座の正当な後継者はリリアナ王女だが、優秀さや人気で言えば軍配はやや優勢な王弟殿下に上がる。王弟殿下が争いを好まず弁えているからこそ表立ったイザコザは起こっていないが、奇しくもこうして同じ1つの場所に対立派閥の後継者と筆頭が集えば、自ずと場は貴族社会における勢力の縮図のようになってしまう。
となると互いにいの一番に近寄ってくる人間模様も変わってくる訳で、見た限り王弟殿下の方には古くから続く大貴族や俺達の親世代の人間。リリアナ王女の方には最近家を興した新興貴族や若者が多く見えた。ふむ、数で言ったら今話題のリリアナ王女が少々勝っているかもしれないが、今の内に物珍しさで寄ってくる奴等の心をつかめなければ所詮水物の話題性は消えてしまう。支持基盤を固めるのには、古い家門の貴族家や要職に就いている事が多い年配の世代を集めた方が有利だろう。そう思うと、リリアナ王女の足下は案外脆いのかもしれない。
「ねぇちょっと、あなた。あそこにいらっしゃる、あの方を見て」
「まあ……あんな素敵な殿方、卒業生に居たかしら?」
ふと、近くで交わされる女性同士のヒソヒソ話が耳に入る。視線を向けると、2人はウットリとした表情で頬を染めながら遠くを見ていた。どうやら好みの男でも見つけたらしい。今日の卒業生は当然誰しもがめかしこんでいて見違えてるからな。その中に女性のハートを射抜く奴が居ても何らおかしい話ではない。そう思って、最初は特に気にしてはいなかったのだが……。
「おい。あそこに居る彼、どこの家の人間か知ってるか? 話しかける人間が多過ぎて近寄れないんだが、せめて後からでも繋がりを作る為に身元を知っておきたくて」
「あら、素敵な殿方だ事。それに、とてもセンスのいい着こなしだわ。どこの仕立てなのかしら」
「さっき少し話をしたけど、凄いんだ! 俺が隣国相手に貿易会社を営んでるって言ったら、身につけてる物とちょっとした日常会話の内容だけで、信じられない事に主に商ってる商品のラインナップをピタリと当てたんだ! オマケにこの国ではまだ出回っていない情報まで知ってた。どこの誰だか知らないが、あれはかなりの切れ者だぞ」
「見るからに高そうな服に、一目で分かる有名店謹製で一点物の装身具。極めつけはあの夢のようにハンサムなご尊顔。立ち振る舞いや言葉遣いからしても、彼はきっと外国の王族よ! どういう理由か知らないけど、きっと何か用があってこの国にお忍びで来て、このパーティーに参加してるんだわ。こうしちゃいられない、絶対にお近付きにならなくちゃ!」
「王族だって? ……あながち間違いとも思えないな。だって、ほら! 見てみろよ。さっきからずっとマイルズ殿下の隣に立って、笑顔で親密そうに話してる。どこぞの王族でないにしても、重要人物なのは絶対に間違いなさそうだ!」
最初は数人が噂していただけのその謎の人物に関するヒソヒソ話が、あっという間に漣のように周囲に伝播していってとうとうどの方向からもその人物に関する話題しか聞こえてこなくなった。しかもその噂の内容は、どれもこれも手放しに誉めそやすようなものばかり。王弟殿下とリリアナ王女で二分されていた会場中の注目が、徐々に一方へと偏っていく。ここまで来ると、流石に俺も無視してばかりはいられない。相手は一体どんな奴なのか。せめて顔だけでも拝んでやろうと視線を向けた先に居たのは……。
「は? カーティス?」
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