第12話
と、まあそんな感じで、なんやかんやガッツリ楽しんだその翌日から、カーティスは目に見えて変わった。お互い若さに任せて明け方近くまでヤリまくった訳だから、終わってから寝て昼に起きた時、賢者タイムじゃないけど謎のやっちまった感が俺には少なからずあった。あー……歳上の威厳も糞もなく楽しんじまったな……的なの。
正直、カーティスの手練手管がここまで凄いとは、予想すらしてなかった。だって童貞だし。なんなら多少舐めてすらいたと思う。それが、蓋を開けてみたらこれだ。お互いピロートークをする体力もなくなるまで、スッカラカンになる程徹底的にヤリ尽くした。2回目以降は童貞卒業のお題目もなく、単純に2人で獣みたいに盛っただけだ。別にお互い決まった相手など居ないので社会的に問題はないが……。いつも可愛がってた相手との行為にそこまでのめり込んでしまった気恥しさまではどうしようもない。
とは言え、勢いに任せてあんな事しなきゃよかった……みたいな後悔は一切ない。だってぶっちゃけ、マジで最高のセックスだったし。それに、あの経験を積んでからのカーティスの成長具合は目を見張るものがあった。学術的根拠は知らないが、童貞を捨てたら自信がつく、という言説は取り敢えずカーティスには有効だったのだ。それまでが適当だった訳じゃないがあの日からのカーティスの研鑽はそれこそ鬼気迫るものを感じる勢いで、全ての集大成である卒業式までにそれまでのオドオドしてしまう問題点の解決どころか、全体的に完璧以上の完成度まで仕上がったと思う。
一発ヤッて一皮剥けると、人間的にも一皮剥けるんだな! そんなやや下品よりな感想を抱く。この様子だと今度は俺の方が成長が必要だな。まあ、俺にはもう伸びしろなんてないけど。悲しい事に、最近では普段の様子からしてカーティスの方が落ち着きがあって、どっちが歳上だが分かりゃしない。俺達の関係性はヤった前と後で特に変化はなかったが、カーティス個人は成長という名の変化をしたと思う。自信がついたのか、以前より大人びているように見える。何と言うか、行動の節々に更に覚悟の度合いを感じるというか……。そうして毎日の何事にも真剣味が増したカーティスは、本当にいい男になった。この分なら悪評を払拭し自分の人生を取り戻せる日もそう遠くない筈だ。
そして、今日はいよいよ待ちに待った学園の卒業式の日だ。この日に向けて頑張ってきた訳だから、皆気合十分。何日も前から準備して、卒業生の主役でもある俺は自分よりも真剣にカーティスを飾り立てて彼直々にお小言を頂戴したりした。そうは言いつつもカーティスだって気合十分。ただでさえ俺の指導により見違えるように美しくなったのに、今日はいつもに増して輝いていた。今日でこれまで頑張ってきた事の多くの結果が出て、全てが決する。俺も気を引き締めないと。
「それにしても、ターナーお前ここ暫くどこ行ってたんだよ。急に学園に来なくなって、ビックリしたぞ」
「別に、単位はちゃんと取っててこうして卒業できんだからいいだろー」
「なあなあ、色っぽい未亡人のパトロンに卒業祝いの旅行連れてってもらってたって、本当? そんな噂が出回ってんだけど」
「何だそれ、誰だよ言い出したの? 嘘だよ嘘、大嘘!」
卒業式も終わり、その後にある父兄も参加できる祝いのパーティーへ出席するべく、会場に向かって久しぶりの友人達と会話をしながらそぞろ歩く。また俺の知らないところで俺のよからぬ噂が流れていたらしい。これ、絶対面白がって適当に話を創作して流布してる奴が居るよな? やれやれ、俺も人気者だねぇ。そのせいかまた遊び歩いていたのにあいつも卒業できるのかと、厳しい目を俺に向ける者もチラホラ。卒業できるのは、勉強をちゃんとしてたからだっつーの。家からの庇護がないなら、学園の卒業くらいはちゃんとしとかないとな。
目下の問題は、卒業後の進路がまだ定まっていない事かな? 元々呑気に構えてる内にいい時期になっちゃって、そろそろ決めんと流石にやばいな……と思ってたらそこにコーエン兄弟からの助力の要請だ。別にあの兄弟の手助けをした事は一切後悔していないが、それでも時間を食われてしまって卒業後の進路が決まらなかったのは事実。やれやれ、本格的にヒモ家業でも始めるか? ま、俺の愛嬌と伝手があれば、なんとでもなるか。最悪貴族籍を捨てて平民にでもなれば、どんな仕事でもさせてもらえるだろ。貴族の自分に執着はないし、それでいい。
「あ、そういえば聞いたか? コーエンの弟の話」
「ああ、不出来が過ぎてとうとうリリアナ王女殿下に捨てられたってやつ?」
「捨てられたっつうか、見放されたっつうか……」
「とうとう、って感じだよなー。気の毒ではあるけど、以前から実力が奮わなくてあんまり評判良くなかったし、改善の見込みもないなら仕方なかったんじゃない? 一応猶予はあったんだし、いつまでも将来王太女になるだろう王女の婚約者を無能のままにしとけないだろ」
「コーエンには申し訳ないけど、ようやくか、ってなるよな。むしろよくここまで王家は耐えたよ」
おーおー、好き勝手言っちゃって。お前ら、本当の事を知らないんだし悪気がないのも分かるけど、そんな事言えるのも今の内だけだぜ? 本当のカーティスを見たらきっと、度肝を抜かれるなんて驚きじゃ足りないぜ? 今は怪しまれないようにしてるのもあってティモシーとは別行動だけど、カーティスが現れたらさりげなく俺も合流して、こいつらの偏見を思いっ切りぶち壊してやろう。
そうこう話している間にパーティー会場となる学園にある一室に辿り着いた。友人達とペチャクチャ話しながら、ゾロゾロ入室する。卒業式に参加した父兄もホールに入り切らなくてしていない父兄も、三々五々集まる。人数も揃ってきたし、そろそろ始まるかな? 給仕に差し出された飲み物のグラスを受け取ったと同時に、照明が落とされ辺りが暗くなる。お、いよいよみたいだ。
「卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。皆様、本日は我が栄えある王立貴族学院の第132回卒業式にご参加いただき、誠に……」
司会の述べる開始の挨拶をそれとはなしに聞き流す。チラリと周囲を見渡すと、誰もが話を続ける司会を見ている。その群衆の中で、壁際に1人で立っていたある人物と目が合った。ティモシーだ。よろしくない噂の渦中にあるコーエン侯爵家の一員の彼は、周囲から遠巻きにされているらしい。名誉と歴史あるコーエン侯爵家の成員で弟はリリアナ王女の婚約者だからと以前はあれ程チヤホヤしてたのに、世間様も薄情なもんだ。きっと誰もが、コーエン侯爵家は終わりだと思っているんだろう。だか……それはどうかな?
「そして、本日は皆様の卒業をお祝いしようと、特別な来賓がいらっしゃっています。ご紹介しましょう、マイルズ・ウィミナンス殿下です!」
わっと盛り上がったので何かと思ったら、マイルズ王弟殿下か。マイルズ殿下は実力を伴った素晴らしい人格者として国内外で有名で、とても人気が高い王族だ。長子相続の決まりさえなければ、今頃彼が国王になっていただろう。そしてこの国は今よりもっと豊かに発展していただろう。特筆して悪くはないがよくもない現国王と比較して、影でそう言われている人物だ。
もっとも、マイルズ殿下自身は穏やかな性格で、王位簒奪を企てたり、願った事はない。むしろ自分が争いの火種になり国が荒れるのを嫌って、普段から家族を伴って積極的に国外に出て外交活動を続けている。自分は国に残って政治的地盤固めをするつもりはない、むしろ外交によって兄王の治世を支えたい、という意思表示である。マイルズ殿下という人気の高い傑物が身近に居たからこそ、見劣りしないようにリリアナ王女達もカーティスを利用してまで自分の実力を粉飾したんだろうな。だからって、あの子に対してした悪行の言い訳には一切ならないが。
「マイルズ殿下が国内の式典に出るなんて、珍しいな。それも、卒業式の方じゃなくてその後の祝賀パーティーに出るなんて。普通出るなら、正式な式典の卒業式の方に出るよな?」
「スケジュールの都合で時間的にこっちにだけ出る事にしたんじゃね? お忙しい人なんだしさ。このパーティーに出るのも、前々から目をつけてた将来側近にしたい将来有望な学生が卒業するから、とかじゃない?」
「マジ? 誰だろ、そいつ。羨ましー」
「馬鹿、あくまでもそうかもってだけの話だって」
マイルズ殿下のスピーチの最中も、こっそり小声でではあるものの無駄話を止めない友人達。その不真面目な態度を注意する人間は、少なくとも仲間内には居ない。そういう真面目なタイプは、そもそも俺みたいなやつなんかとはつるまないからな。
それにしても、スピーチ早く終わんないかなー。不敬だろうが、ぶっちゃけ俺マイルズ殿下に興味ないし。ああいう殿上人の有難いお話よりも、目下一番の関心事は他ならぬカーティスだ。一刻も早く可愛い大切な弟分を、周囲に見せびらかしてあの子がどんなに魅力的か自慢しまくりたい。メインディッシュをいつまでもお預けされてる気分だ。あー、待ち遠しい。
そんな俺の願いが天に届いたのか、それともマイルズ殿下が気を利かせたのか。マイルズ殿下のスピーチはそこまで長くないもので終わった。これさえ済めば、後は卒業生と父兄の歓談タイムという名の、貴族同士ではお決まりの情報戦の開始だ。アソコのお嬢さん、どこそこの家門に縁付いたんですって。アッチのご子息は王宮での文官採用試験に合格して……、みたいなやつ。このタイミングでカーティスが颯爽と洗われて、話題を掻っ攫う予定なのだ。
さあ、いよいよだ。ワクワクと期待に胸を膨らませ、その時を待つ。すると背後で、ガチャリ、と出入口の大扉が開く音がした。来たぞ! ニヤケそうになるのをなんとか抑え、なんでもない風を装ってゆっくり振り返る。振り返った視線の先で、扉を開けて立っていたのはカッコよく決めに決めた弟分、カーティス……ではなかった。
「皆様、御機嫌よう! 本日は遅くなってしまって申し訳ありませんわぁ」
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