第4話
「カーティスは本当に、本当にここまで良く頑張ってきたんだ。まだ甘えたい歳頃で家族と離れ、辛く厳しい環境にも1人で耐えて、一族に迷惑をかけたくない心配させたくないそんな一心で辛苦を全て飲み込んできた。その結果学園にも通えなかったし、遊ぶ事も息抜きも知らず、睡眠もろくに取れず身だしなみを最低限整える事もできず……。そこまで必死になって周囲に尽くし、婚約者を支え続けたカーティスに、あの糞王女リリアナはなんて言ったと思う? 『顔色は悪いし髪は伸び放題、流行のファッションも身につけず、必死になって机に齧り付いて本当に惨めね。あなたみたいなみっともない人、こんなにも素晴らしい私の婚約者に相応しくないわ。今回の事は私の心を繋ぎ止められなかったあなたが全部悪いのよ。これに懲りたら、これからは少しでもいいからもっと自分磨きの時間を作る事ね。まあ、あなたみたいな卑屈な木っ端者、いくら見た目に気を使ったって無駄でしょうけど!』って、そう言ったんだとよ。カーティスが身なりに気を使う余裕もないくらいボロボロなのも、明るかった性格が暗くなったのも、周囲を伺ってビクビク怯えるようになったのも、全部リリアナ王女の我儘が発端なのに! あっちが王族だからって、カーティスにここまで酷い事をしておいてあいつはなんのお咎めもなしなのか? それで、反対にこっちは立場が下だからって悪評を流されて責任まで押し付けられて……そんなの、あんまりじゃないか!」
きっと、今ティモシーの声が震えているのは、何も怒りだけのせいではないのだろう。大切な弟を蔑ろにされた悔しさや、弟の努力を当たり前のように享受しておきながらなかった事にされる苛立ち、そしてなにより弟君自身が自らを蔑ろに扱う事になれてしまった様子に対する悲しみ。その全てにティモシーは絶望し、許せずにいて、とても怒っているのだ。
「自分でも馬鹿な事をしようとしているってのは分かっている。……分かっていても、止められない。だって俺がここで諦めたら、カーティスがあんな奴らのせいで失った沢山のものは、どうなるんだよ……!」
ティモシーのその魂から絞り出したかのような苦しい呟きに、俺は胸を撃たれた。周囲に大切にされず多くのものを失っても、それを我が事のように憤ってくれる人が居る。それがどれだけ幸せな事なのか、1番身近な存在である筈の家族から見捨てられた俺だからこそ、その有難みが痛い程に分かる。だからこそ、ティモシーは勿論弟君も、どうにかして報われて欲しいと強く思ってしまった。
「……ティモシー、俺に一つ考えがあるんだが、聞いてくれるか?」
「考えって?」
「ティモシーは、自分を虐げてきた奴に対する一番の復讐ってなんだと思う?」
「……おい、まさかよく言われるように『相手の事なんて忘れて幸せになるのが一番の復讐』だなんて綺麗事言わないよな? 冗談じゃない、そんなんじゃカーティスに散々酷い事をしたあいつらは、なんの罰も受けずに野放しだ!」
「勿論俺もその言葉が理想論だけの綺麗事だって意見には同意だ。まあ先ずは俺の話を聞いて、賛成できるできないはそれから判断してくれ」
俺があくまでも落ち着いて要求すると、いきり立っていたティモシーも取り敢えず話を聞こうと思ったらしく、ムスッとした顔ながらも自らの席に戻る。弟君の方も、俺が何を言い出すのか興味があるのかそれともティモシーに続いて変な事を言い出さないのか不安なのか、長い髪の隙間から怖々こっちを見ている。2人分の視線を感じながら、俺は自分の思いついた作戦の詳細を語り始めた。
「最初に、この作戦には弟君の協力が必要不可欠だ。弟君の努力次第で、作戦の成功が決まってくる」
「……俺はカーティスにこれ以上無理をさせたくないんだが」
「まあ聞けって。作戦を実行するかどうかは全部聞いてから判断してくれ。先ず、弟君には婚約破棄のショックで寝込んでるって名目でも掲げて暫く表舞台には出ずに休んでもらう。と言っても裏でやる事は盛り沢山で、とてもじゃないがのんびり休憩なんてしてられない、何をやって欲しいかっていうと、弟君には俺も協力するから徹底的に自分磨きをやって欲しいんだ」
「はぁ? 自分磨き?」
さっきとは真逆で、今度は俺の言葉にティモシーが驚く番だった。それもまあ仕方がない。誰だって復讐する為にと自分磨きをしろなんて言われたら、驚くだろうから。その復習の相手が今回のように強大で、道のりが困難ならばこそ、尚更。俺の発言の真意は分からないながらも一応最後まで聞く気はあるらしいコーエン兄弟の前で、俺は更に説明を続ける。
「ある程度自分磨きができて別人に生まれ変わったら、そこでようやく世間に姿を見せる。そこに至るまでの期間に、きっとあの卑怯者のリリアナ王女とその取り巻きを始めとした王家一派は、それとなく弟君の悪評を世間にばら蒔いているだろう。けど、実際に世間に出てきた弟君が、噂とは全く違う立派な好青年だったとしたら? 見た目や立ち振る舞いは上々、執務の腕は言わずもがな。そんな素晴らしい弟君を実際に目にした人達が、まことしやかな嘘八百の噂を流した被害者面している王女達に不信感を持つのは、当たり前なのが分かるよな?」
「そうなったら自然とリリアナ王女や王家に対する不信感は芽生えるし、ある程度の信用失墜も望める……」
「その通り! だが、これだけじゃまだ弱い。だから、弟君にはある程度国内で自分は噂とは違う素晴らしい人間なんだって事実を広めて王家に対する疑心を醸成したら、思い切って国外に出てもらう。コーエン侯爵家は隣国に親戚が居たよな? 国交も盛んで噂もあちらからの広まりやすいし、あそこがいい。国内に居ると元婚約者の王女と顔を合わせなくちゃいけなくてお互いに気まずいから、とでも言って隣国に行って、そこからは弟君の得意分野だ! 仕事でも勉強でもなんでもいいから、思う存分に実力を発揮して活躍するんだ。無能な王家の事だから、どうせ弟君の後釜の仕事を押し付ける相手なんて見つけられない。だから、その頃には王女はこれまで通りの実力を発揮できなくなっていて、周りもおかしいと思い始めているだろう。そこに来て元婚約者の弟君が王家から離れた途端に八面六臂の活躍をしていると、隣国からの噂が流れてくる。後はもう、想像力豊かな人達が勝手にパズルを組み合わせて補完してくれるって訳さ」
うん、我ながらなかなかいい案だ。この作戦なら直接王家に手を出す訳じゃないから、当然罪にも問えない。更には前半で王家や王女に対する不信感を植え付ける事によって、それが作戦後半の真の実力者が誰か世間にそれとなく訴えかけるフェーズで、後押しとして生きてくるという訳だ。気の長い作戦だが、それでもダメージは確実に与えられる。この作戦を気に入ったのはティモシーも同じなようでら先程までの怒りで三角になっていた目をキラキラとさせて、嬉しそうに俺を見ていた。
「オリー! それって最高の作戦だ! それなら王家に復讐ができて、更にはあいつらの嘘がバレるし面子も丸潰れだ! 同時にカーティスの名誉も回復する! 弟がようやく実力に見合った正当な評価を得られる! ああ、オリー! こんな凄い作戦を考えつくなんて、お前ってば天才だな!」
「フッフッフッ、お褒めに預かり恐縮だぜ」
今考えられる限りでこれ以上なく素晴らしい作戦を立案できて、鼻高々の俺とキャッキャとはしゃぐティモシー。暗かった場の空気が、少しだけ明るくなった。後はなる早でこの作戦の細かい所を詰めて、早速実行するだけ。の、筈だったのだが……。その時横合いから、突然声がかかった。
「ちょ、ちょっと待って! そんなの無理だよ!」
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